ぷろせす!

おくむらなをし

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第14話 プロセス

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 「こんな感じでドカーンと巨大化するんです。ボス戦だけでも派手にしたいなと思って」

 れいがノートにイメージ図を描きながらミイナに説明している。

「じゃあ、カメラは引いて、マップが広めに映るようにしたらそれっぽくなるかな。これが熱海の景色を観て思いついたアイデアなんだね」

 ふたりの会話を、一子かずこは指を一定のリズムでデスクにタップさせながら聴いている。そして軽く息をいて言う。

「あと2か月しかないのにそんな曖昧な実装の仕方じゃダメよ。麗はその動作をサッサと仕様書に落としなさい」
「えー? まずはミイナ先輩に相談しないと。勝手に仕様追加して実装出来なかったらどうするの」
「出来るかどうか判断するのはプロデューサー。プログラマーは仕様書通りに作るだけ。その時点で出来ないなんて言葉は存在しないわ。現に私は後輩たちに仕様書だけ渡してあとは放置してるんだから」
「それはそれでどうなの……。どう思います? ミイナ先輩」

 あんまりちゃんと聞いていなかったミイナは、頭をポリポリ掻きながらエヘヘと苦笑いした。

「まあ、逆に言えば2か月あるわけで。麗ちゃんとイッチーが作った仕様書の範囲は実装がほとんど終わりそうだし、追加分は先に相談して欲しい、かな」

 麗は一子に向かってどうだ! と言わんばかりの悪戯いたずらな笑みを見せる。

「くっ……。ま、まあいいけど。それより下村、パーティクルの追加は出来そう?」
「うーん。イマイチ上手くいかないから、そこだけすっ飛ばしてるんだよ。今度、輝羅きらに教えてもらおうかなって」

 一子の顔色が変わり、麗を押しけてミイナに顔を近付ける。

「わ、私も……」
「分かってるよ。一緒に行こう。ついでにお祭りも行けたら行きたいなぁ」
「お祭り! 行く!」

 そこでガラガラと引き戸がひらかれる。部室の騒がしい様子に引きつり気味の笑みを浮かべながら史緒里しおりが入ってきた。

「いやぁ、ホワイトボードが無くなると本当に出入りが楽だね」

 一子がハッとして、かつてホワイトボードがあった空間をにらむ。

「そうか! なんか寂しいと思ってた。いつの間にかボードが無くなってたんだ!」
「夏休み直前に生徒会が持ってったみたい。っていうか、この前イッチーが来た時にはもう無かったけど……」
「ほらぁ。だから最初かららなかったんだよ、お姉ちゃ……お姉ちゃん?!」

 席を立ちどこかへ向かおうとする一子の腕を、麗が両手で掴んで引き止める。

「離しなさい! ホワイトボードを取り戻すんだから!」
「もうこれ以上恥を上塗りするのはやめて! どんだけアレにこだわってるの!」

 大騒ぎの姉妹を眺めて、苦笑しながら史緒里は肩をすくめた。

「もっさん、作業しようか」
「うん」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 部活が終わって、ミイナと史緒里はブランコを漕いでいた。夕方でもまだそこそこ明るい公園に、キイキイと鉄のこすれ合う音が響く。

「あのふたり、ちゃんと仲良く帰ってるかなぁ」
「仲がいからあれだけワイワイ出来るのさ。一緒に並んで帰っていったじゃないか。ずっと喋りながら」
「そういうものかな……。そういえば史緒里ちゃん、去年はじめて会った時は進路とか夢とか結構キビシイこと言ってたのに、最近はまったりしてるよね。あたしが悪影響を与えてたりして?」
「影響はなくもないと思うけど。前にも言ったろ、ボクはあの場所が気に入ってる。いや、あの場所というより、もっさんのそばにいるのが好きなんだ」

 ミイナはブランコを止めた。

「それって、告白?」

 史緒里もブランコを止めようとするが、上手くいかずギクシャクして落ちそうになる。

「わわ……! 危ない、危ない。……別にそういう意味じゃなくて。ほら、誰にだって安らげる場所は必要だと思わない? 例えばもっさんにとっての輝羅みたいに」
「輝羅があたしの……。どうなんだろう、最近あんまり会ってないから分かんないや。でも、何かあった時に最初に頼りたくなるってのはあるかも」
紫乃木しのき姉妹にとっては、お互いの存在がそれなんじゃないかな。彼女たちを見てるとなんだか安心するんだ。ボクも弟が大きくなったら、あんな風に感情を丸出しにして話をしたいよ」

 ミイナは徐々に暮れゆく夏の空を眺める。カラスがどこかへと飛び去って行った。

「あのゲーム、もう少し面白くならないかな。プレイヤー目線で遊んでみると、春田さんに言われた通りで何回もやりたいとは思えないんだよね」
「うーん……。今から根本的なところを直すわけにもいかないだろうし、また何か追加するかい?」
「さてさて、どうしようか。こういう時に、すぐ誰かに頼ろうとするのがダメなんだろうな」

 ブランコから降りて、ミイナは史緒里に微笑みかける。

「おかしいな……。遊んだひとみんながビックリするような凄いゲームを作りたいはずなのに、ゲーム作りが進めば進むほどそこから遠ざかっていくような気がするんだ」

 その目には涙がまっていた。史緒里はミイナの顔を真剣な眼差しで見つめる。

「も……ミイナ、悔しいの?」
「うん。悔しい。とっても悔しい。もっとやれることがあるはずなのに、ずっと考えてるのに、なんにも降ってこない。このままじゃ麗ちゃんのせいになっちゃう。あたし……全然ダメだ」

 史緒里はミイナを抱き寄せた。

「そんなことない。ミイナは頑張ってるよ。ずっとそばで見てた。苦手な数学だって中学校の範囲からやり直したし、今だって分からないなりに本を読みながらプログラミングしてるじゃないか。ゲームとしてはきちんと動いてるんだ。誰もミイナのことダメだなんて思ってないよ」
「でも、このままじゃきっと一次選考すら突破できない。史緒里ちゃんも賞を狙えないし、麗ちゃんだってガッカリして部活辞めちゃうかも」

 ミイナの肩をつかんで、史緒里はしっかりと向き合う。

「そんなことで辞めるなら、そこまでの子だったってだけさ。ボクはミイナについていくよ。絶対に離れないから。今回がダメでもまた次の作品に挑戦しよう。何度だってやり直そう」
「史緒里ちゃん……。今日はやけにおしゃべりだね」

 ミイナは笑う。

「でも、ありがと。そうだよね、ここで終わりじゃない。あたしたちのプロセスは何度フリーズしたって再起動出来る。やり直せるんだ」

 公園にふたりの影が伸びる。ミイナの頬を濡らすひとすじの涙は、夕暮れの陽射しを受けてキラキラと輝いていた。
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