ぷろせす!

おくむらなをし

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第10話 相談イートイン

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 日曜日、ミイナと一子かずこはパン屋のイートインコーナーにいた。

「春田さん、もうすぐ着くらしいよ」

 スマホを置いて、ミイナは食べかけのペペロンチーノをフォークでくるくると巻き取りすくい上げた。一子もカルボナーラを満足気な表情で口に運んでいる。
 エプロンをけた金髪の店員が、笑顔でふたりの席に近付いて来る。

「ミイナちゃん、そういえば今日はあの子と一緒じゃないのね」
「今日は部活で作ってるゲームの相談です。春田さんに」
「春田っち最近、ライターだっけ? 本業が忙しいらしいよ。よく相談に乗るつもりになったねぇ」

 一子が小さく「どなた?」とささやく。

「こちら、久美くみさん。ここの……なんて言うのかな」

 ミイナが言葉を選んでいると、入り口のほうから軽い感じの声がした。

「店主のツレ、っていうのはどうかな」

 赤い縁の眼鏡めがねに黒のビジネスカジュアルなスタイル。春田がイートインコーナーにもうひと席用意された椅子に座り、ハンドタオルで汗を拭く。

「いやぁ、暑かったよ。取材が長引いちゃって遅くなった。ゴメンな」
「春田っち、何か食べる?」
「そうだな……。冷製パスタってあるんだっけ」
「トマトので良ければ」
「それにしよう。あ、下村さんとお連れのかた、ここはおごるから何か食べたかったら追加で注文してよ」

 ミイナと一子は目を見合わせ、まだ食べ終わっていないパスタを見下ろして首を横に振った。

「久美ちゃん、あとでふたりにコーヒー。……コーヒー飲めるよね?」
「はい。イッチーも飲めたよね」
「もちろんよ。私は下村より大人だからね」
「同学年でしょ。ここのコーヒーはすごく美味しいの。びっくりすると思う」

 春田は目を細めてふたりのやり取りを眺め、ふと気付いたように言う。

「そうか、北川さんはもうゲームを作ってないんだな」
輝羅きらは良い会社に入るために、偏差値の高い大学を目指して猛勉強してます。ゲーム会社に就職したいそうです」
「個人では出来ることに限界があるからね。それはナイスな判断だ」
「あたしは……。この子と、あとふたりと一緒に、遊ぶ人たちが驚くようなゲームを作りたいと思ってます。それで、春田さんに今の状態を見てもらって、何かアドバイスをもらえたら嬉しい、かなって」
「よし、元ゲームデザイナーとして厳しい目で見てやろう。パスタ食べ終わってからね」

 春田がウインクすると、一子は背筋にひんやりとしたものを感じた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 コントローラーをテーブルの上にコトッと置き、春田は眉間にしわを寄せて両腕を頭の後ろで組んだ。

「なるほどなぁ。1分ごとに色んな仕掛けが発動すると。……でも、これだとレベルデザインが難しくなるんじゃないかな。最初のステージよりも次のステージのほうが簡単だったよ。普通はだんだん難しくなるよね」

 春田は懸命に何かを考えるような表情で、コーヒーをすすった。
 一子が軽くうなずいて答える。

「それは私も同意見です。だから、今は完全にランダムですけど、もっとたくさんのイベントを実装したら、ステージごとに発動するイベントを絞っていこうと思います」
「うん。是非そうして欲しいな。あとは、1分ごとっていうのに慣れると、その前の10秒くらいはどうしても構えちゃうね。それがだんだんストレスになってくるかも。時間もある程度ランダムにしたら? それか、敵を倒した数で発動するとか」

 ミイナがもう一度ノートパソコンに入れた試作ゲームを再生する。デバッグのために画面上で秒数のカウントをしているせいもあり、確かに1分ごとのイベントの発動前に操作を止めて待ってしまう。

「イベントによっては敵の動きが鈍くなるから、それを期待しちゃうとどうしても手が止まりますね。あたしたちはプレイヤーの気持ちになって操作してなかったから、気付きませんでした……」
「まあ、それは課題にするとして。そもそもハクスラの部分が面白くないね。あまりにも平凡だ。敵はこっちに向かってくるだけだし、範囲攻撃が出来ないから爽快感も無い。ちまちまと敵を潰していくだけの作業だよ」
「平凡……、爽快感、かぁ。やっぱりつまらないですよね、コレ」

 ミイナのがっかりした顔に、春田は少し焦り気味で返す。

「いやいや、まだ途中なんでしょ? グラフィックは素晴らしいし、一応ゲームとしての体裁ていさいは整ってるんだから、あとはプレイヤーが気持ち良く遊べるようにすればいんだよ。自分がゲームを遊んでる時に、どんな場面で楽しい気分になるのか思い出してさ」

 一子はコーヒーカップを持ち上げ、くちをつけた。その瞬間、ぱあっと笑顔に変わる。

美味おいしーい! 私の知ってるコーヒーじゃないわ」
「でしょ。ここのコーヒー……あっ、そうか。そういうことなんだ」

 ミイナはパチンと両手を合わせる。

「あたしたちも、遊ぶ人たちをい意味で裏切らなきゃいけないんだ。想像を越える体験を提供しないと」

 春田はニヤリと笑みを浮かべ、コーヒーを飲み干した。

「前にも言ったけど、色んなゲームがある中で選ばれるっていうのは大変なことだ。それに、個人が作ったゲームに期待することって、完成度や安定感なんかじゃない。ガツンと衝撃を与えるつもりで作らないと、プレイヤーの心には刺さらないよ」
「衝撃、ですか。インパクトで勝負するべきだと」
「私の部が去年コンテストで入賞した作品は、その完成度で勝負したんだけど。今年、後輩たちに作らせてるゲームも、コンテストを研究して受けの良さそうなパズルにしたわ。文芸部はいちばちかのとがった作品でいくってこと?」
「あくまで個人的な感想だから、強制するつもりはないよ。今回はきちんと完成させて、次で勝負するのもアリだろうし。けど少なくとも今は、もう一度遊ぼうとは思わないな」

 春田の言葉に、ミイナと一子は同じような姿勢で腕を組み、悩み始めた。
 いつの間にか近くにいた久美が仁王立ちで春田に詰め寄る。

「ちょっと春田っち。店の中で女子たちになんて顔させてるのよ」
「僕はただ、正直な意見を伝えただけだよ。ねぇ、参考になったよね?」

 ミイナと一子は同時に溜息をいた。

「あれ?」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 店の外に出ると、夕方なのに気温は高止まりしていて、すぐに汗がにじんでくる。

「いやぁ、やっぱり外は暑いな」
「春田さん、今日は忙しい中ありがとうございました」

 ミイナが頭を下げると、つられて一子もこうべを垂れた。

「楽しかったよ。ガッツリ仕様変更したらまたプレイさせて欲しいな。若い人たちの成長を見たいからさ。あと、高島によろしく言っておいてくれ」
「はい、また連絡します。次はビックリさせますよ」
「……その意気だ。そのギラギラした顔、いいねっ」

 春田は指で銃のような形を作り、ウインクする。一子の背筋がゾワゾワした。

 ふたりは手を振って春田と別れ、帰路につく。

「衝撃、ねぇ」

 歩きながらミイナがボソッとつぶやくと、一子は鼻を鳴らした。

「まだ多少時間の余裕はあるから、みんなで考えましょう。このままじゃダメだってのは分かってたけど、第三者にあらためて指摘されるとなんだかイラッとするものね」
「あ、やっぱりイライラしてたんだ。そんな気がしたよ」
「当たり前。私は文芸部の一員なんだから」

 ミイナが立ち止まり、一子の顔をのぞき込んで微笑む。

「イッチー、ありがとう」

 一子は少し耳を赤くして、ミイナの横を通り過ぎた。

「さあ、れいにもバリバリ働いてもらうわよ! 夏休みに入ったら……」
「入ったら?」
「そういえば、北川さんも誘って遊びに行くとか言ってなかったっけ」
「あー、そうだねぇ……」
「あ! 下村、忘れてたな?!」

 ミイナは舌を出してさっさと逃げる。暑い空気を切り裂いて、ふたりの追いかけっこはしばらく続くのであった。
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