ぷろせす!

おくむらなをし

文字の大きさ
上 下
2 / 22

第2話 麗ちゃん

しおりを挟む
 紫乃木しのきれいは生徒指導室の引き戸を開けようとして、中に先生と生徒1名ずつがいることに気付いた。当たり前だが、生徒指導中なのであろう。この部屋は進路相談にも使われるから、そういった話をしているのかも知れない。
 だが、この部屋に一度入り、すぐ左手にあるもう一つの引き戸を開けないと、文芸部に辿り着けない。パーティションでもあればいのだが、これまでずっと必要なかったという理由で置かれていない。そのため、生徒指導中だろうが何だろうが横切るかたちになる。

「し、失礼しまぁーす……」

 麗は小声でつぶやきながら生徒指導室の戸をひとひとり分開けて、スッと体を部屋に入れる。パイプ椅子に座りテーブルを挟んで対峙している先生と生徒が、ちらりと麗を見た。
 すぐに麗は文芸部の入り口の戸を静かに、そして注意深く開く。

「それじゃ既存のゲームと大差ないのよ!!」

 麗の姉である紫乃木しのき 一子かずこが大声を出した。引き戸がビリビリと細かく揺れ、生徒指導室にもそのままの音量で響いてくる。
 いかつい体格の先生が、麗をにらみつける。

「おい。静かにしろって言ってくれ。面談中だ」
「す、すいましぇーん……」

 若干噛み気味にこたえ、麗は部室の中へ体を滑らせるようにしてはいる。
 戸をそっと閉じて、口の前に人差し指を立て、一子に向きささやき声で伝える。

「お姉ちゃん……! 隣、面談中。静かに!」

 一子は大きく息をいて、はいはい、と小さくうなずいた。
 下村しもむらミイナが笑顔で麗に言う。

「麗ちゃん、普通の話し声なら大丈夫だよ。ほら、向こうの声も聴こえないでしょ」

 部室が静かになると、隣の生徒指導室の声はボソボソと小さく聴こえる程度だ。

「もう、お姉ちゃんが変なタイミングで大声出すからいけないんだよ。だいたい、別の学校の人なのに、なんで週3で来るの?」
「だから私はあなたが心配で……」
「それは1万回聞いたよ。ここに来なくたって、家に帰ってからけばいいじゃない」

 困り顔の一子に助け舟を出したのはミイナと同じ2年生の星川ほしかわ史緒里しおりだ。

「麗くん、イッチーはここが好きなんだよ。ボクたちと過ごすのが生き甲斐になったのさ。先週もさんざん授業の愚痴ぐちを聞かされたからね」

 一子は侮蔑ぶべつの表情で史緒里を見る。

「そんなわけないでしょ。文芸部って名乗りながらゲーム作ってる部活に、妹をさらわれた姉の気持ちが分かる? なんかおかしなことに巻き込まれてるんじゃないかって、じっくり調査中なの」
「だったらお姉ちゃん、もう来なくていいよ。わたしね、今とっても楽しく部活してるの。素敵な先輩ふたりと。はい、終わり」

 胸に下げた入校許可証をぴらぴらと見せながら、一子は得意気な笑みを浮かべる。

「残念でしたー。今日ついに、文芸部の顧問の高島先生にコレを貰ったのよね。入校許可証。正式な手続きをしてここに居る私を退出させる権利は、例え実の妹であろうと、麗には無いのよ」
「ぐぬぬ……。み、ミイナ先輩、なんとかしてくださいよ。先輩もお姉ちゃんがしょっちゅう来るとゲーム作りの邪魔ですよね?」
「そうでもないよ。さっきも、ゲームにダメ出ししてくれたし。なんだかんだ、色々とアドバイスくれそうなんだよね。それに、あたしはイッチーのこと好きだよ。面白いから」

 その言葉で、フニャっと照れたような表情に変わった一子。それを見て麗はさらにイライラする。

「なら、お姉ちゃんがいる時は、わたし部活に来ません! それでいいですか?」
「なんでよ! どうして……私の気持ちが分からないの?!」

 部室の入り口の戸が数回ノックされ、ドスの効いた太い声がした。

「おい! うるさいぞ。部室、使用禁止にされたくなかったら静かにしろ!」
『すいません!』

 ミイナと史緒里が同時に謝罪した。
 静かになった部室の中に、生徒指導室から内容の分からない程度の大きさの声が入ってくる。

 ミイナは、自分の横のパイプ椅子をぽんぽんと叩き、麗を手招きする。

「まあまあ、とりあえず座ってさ。これ見てよ。そこそこ動くようになったんだよ」

 麗は椅子に座り、ディスプレイを眺める。斜めに見下ろしたフィールド上に、3Dのプレイヤーキャラとエネミーキャラが配置されていて、ミイナの操作でプレイヤーキャラが歩き、動き回るエネミーに攻撃する。

「先週は攻撃したらそのままダメージ表示が出て、敵が消えるだけだったのに、攻撃で吹き飛んでいくようになったんですね」
輝羅きら……えっと、3年生の先輩にアドバイスを貰って手直ししたの。せっかく3Dなんだから、ひとつひとつの行動にリアクションとか、慣性をつけてあげると見栄えが良くなるって言われてさ」
「あっ、だから攻撃すると、反動でプレイヤーキャラも少し後ろに下がるんですね。凄い進化じゃないですか」

 いつの間にかふたりの後ろに回っていた一子が腕を組んで鼻を鳴らす。

「さっき私もそれを見てたんだけど。そういう実装をするよりも、先に他のゲームとの差別化をしたほういと思うのよね。このまま作っててもよくあるハクスラにしかならないんだから」
「ってイッチーは言うのよ。それにはあたしも同意なんだけど、そのとんがったアイデアというか、他のゲームとの差別化のためのアイデアが出てこなくて困ってるわけ」

 麗も腕を組んで、眉間に皺を寄せ考える。確かに、目指すべきはユーザーがあっと驚くようなシステムだ。文芸部に入ったのは、今までに誰も見たことのないような面白いゲームを作ってみたいと思ったからだ。まあ、そもそもこの学校の文芸部がゲームを作っていると麗に教えたのは一子なのだが。

「ミイナ先輩、わたしに時間をください。スペシャルなアイデア、考えてみます」
「スペシャルかぁ。うん、じゃあ1週間後に聞くよ。図書委員会の仕事もあるでしょ」
「分かりました。……お姉ちゃん。そういうわけだから、今週はもうここに来ないように」
「……約束は出来ないわね。なんたって入校許可証があるんだもの」

 麗は思った。姉の一子は少し頭がおかしくなってしまったのかも知れないと。よく考えてみると、先輩ふたりも、一子がここにいることを受け入れている時点でちょっと……。いやいや、きっと先輩たちは優しいのだ。おかしくなってしまった一子を可哀想に想ってくれているのだろう、と。

「ミイナ先輩、史緒里先輩、本当にありがとうございます」

 史緒里が首をかしげる。

「何かお礼を言われるようなこと、したかな?」

 麗はいつまでも、ふたりに頭を下げていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 部活動の時間が終わり、麗と一子は一緒に帰路についた。

「お姉ちゃん、なんかアイデアある? そっちのゲーム研究部でボツになったのでもいいけど」
「この前も下村に言ったけど、同じゲームコンテストに応募するかも知れないんだから、教えないわよ。そういう意味では。麗もライバルになるんだから」
「ちぇっ。いいですよーだ。自分で考えるもん」

 麗は足早に歩く。そのあとをついて行く一子は、はたと足を止めた。足音が止まったことに気付いた麗は振り返る。

「どうしたの? お姉ちゃん」
「……ヒントなら、ひとつだけあげるわ。ゲームのアイデアはね、ゲームからは得られないの。色んな種類の情報に触れなさい。読んだことのないジャンルの本、観たことのないジャンルの映画。行ったことのない場所。自分が触れたことの無い刺激に触れることで、アイデアは生まれやすくなるのよ」

 しっかりと言葉を受け止めた麗は、笑顔になる。

「よかった。お姉ちゃん、頭おかしくなったんじゃなかったんだね」
「え?! どういうこと?」

 走って近付いて来る一子を振り切るように、駆け足で逃げる麗。
 夕陽に照らされて、ふたりの影が長く伸びていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

process(0)

おくむらなをし
現代文学
下村ミイナは、高校1年生。 進路希望調査票を紙飛行機にして飛ばしたら、担任の高島先生の後頭部に刺さった。 生徒指導室でお叱りを受け、帰ろうとして開けるドアを間違えたことで、 彼女の人生は大きく捻じ曲がるのであった。 ◇この物語はフィクションです。全30話、完結済み。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

処理中です...