ぷろせす!

おくむらなをし

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第2話 麗ちゃん

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 紫乃木しのきれいは生徒指導室の引き戸を開けようとして、中に先生と生徒1名ずつがいることに気付いた。当たり前だが、生徒指導中なのであろう。この部屋は進路相談にも使われるから、そういった話をしているのかも知れない。
 だが、この部屋に一度入り、すぐ左手にあるもう一つの引き戸を開けないと、文芸部に辿り着けない。パーティションでもあればいのだが、これまでずっと必要なかったという理由で置かれていない。そのため、生徒指導中だろうが何だろうが横切るかたちになる。

「し、失礼しまぁーす……」

 麗は小声でつぶやきながら生徒指導室の戸をひとひとり分開けて、スッと体を部屋に入れる。パイプ椅子に座りテーブルを挟んで対峙している先生と生徒が、ちらりと麗を見た。
 すぐに麗は文芸部の入り口の戸を静かに、そして注意深く開く。

「それじゃ既存のゲームと大差ないのよ!!」

 麗の姉である紫乃木しのき 一子かずこが大声を出した。引き戸がビリビリと細かく揺れ、生徒指導室にもそのままの音量で響いてくる。
 いかつい体格の先生が、麗をにらみつける。

「おい。静かにしろって言ってくれ。面談中だ」
「す、すいましぇーん……」

 若干噛み気味にこたえ、麗は部室の中へ体を滑らせるようにしてはいる。
 戸をそっと閉じて、口の前に人差し指を立て、一子に向きささやき声で伝える。

「お姉ちゃん……! 隣、面談中。静かに!」

 一子は大きく息をいて、はいはい、と小さくうなずいた。
 下村しもむらミイナが笑顔で麗に言う。

「麗ちゃん、普通の話し声なら大丈夫だよ。ほら、向こうの声も聴こえないでしょ」

 部室が静かになると、隣の生徒指導室の声はボソボソと小さく聴こえる程度だ。

「もう、お姉ちゃんが変なタイミングで大声出すからいけないんだよ。だいたい、別の学校の人なのに、なんで週3で来るの?」
「だから私はあなたが心配で……」
「それは1万回聞いたよ。ここに来なくたって、家に帰ってからけばいいじゃない」

 困り顔の一子に助け舟を出したのはミイナと同じ2年生の星川ほしかわ史緒里しおりだ。

「麗くん、イッチーはここが好きなんだよ。ボクたちと過ごすのが生き甲斐になったのさ。先週もさんざん授業の愚痴ぐちを聞かされたからね」

 一子は侮蔑ぶべつの表情で史緒里を見る。

「そんなわけないでしょ。文芸部って名乗りながらゲーム作ってる部活に、妹をさらわれた姉の気持ちが分かる? なんかおかしなことに巻き込まれてるんじゃないかって、じっくり調査中なの」
「だったらお姉ちゃん、もう来なくていいよ。わたしね、今とっても楽しく部活してるの。素敵な先輩ふたりと。はい、終わり」

 胸に下げた入校許可証をぴらぴらと見せながら、一子は得意気な笑みを浮かべる。

「残念でしたー。今日ついに、文芸部の顧問の高島先生にコレを貰ったのよね。入校許可証。正式な手続きをしてここに居る私を退出させる権利は、例え実の妹であろうと、麗には無いのよ」
「ぐぬぬ……。み、ミイナ先輩、なんとかしてくださいよ。先輩もお姉ちゃんがしょっちゅう来るとゲーム作りの邪魔ですよね?」
「そうでもないよ。さっきも、ゲームにダメ出ししてくれたし。なんだかんだ、色々とアドバイスくれそうなんだよね。それに、あたしはイッチーのこと好きだよ。面白いから」

 その言葉で、フニャっと照れたような表情に変わった一子。それを見て麗はさらにイライラする。

「なら、お姉ちゃんがいる時は、わたし部活に来ません! それでいいですか?」
「なんでよ! どうして……私の気持ちが分からないの?!」

 部室の入り口の戸が数回ノックされ、ドスの効いた太い声がした。

「おい! うるさいぞ。部室、使用禁止にされたくなかったら静かにしろ!」
『すいません!』

 ミイナと史緒里が同時に謝罪した。
 静かになった部室の中に、生徒指導室から内容の分からない程度の大きさの声が入ってくる。

 ミイナは、自分の横のパイプ椅子をぽんぽんと叩き、麗を手招きする。

「まあまあ、とりあえず座ってさ。これ見てよ。そこそこ動くようになったんだよ」

 麗は椅子に座り、ディスプレイを眺める。斜めに見下ろしたフィールド上に、3Dのプレイヤーキャラとエネミーキャラが配置されていて、ミイナの操作でプレイヤーキャラが歩き、動き回るエネミーに攻撃する。

「先週は攻撃したらそのままダメージ表示が出て、敵が消えるだけだったのに、攻撃で吹き飛んでいくようになったんですね」
輝羅きら……えっと、3年生の先輩にアドバイスを貰って手直ししたの。せっかく3Dなんだから、ひとつひとつの行動にリアクションとか、慣性をつけてあげると見栄えが良くなるって言われてさ」
「あっ、だから攻撃すると、反動でプレイヤーキャラも少し後ろに下がるんですね。凄い進化じゃないですか」

 いつの間にかふたりの後ろに回っていた一子が腕を組んで鼻を鳴らす。

「さっき私もそれを見てたんだけど。そういう実装をするよりも、先に他のゲームとの差別化をしたほういと思うのよね。このまま作っててもよくあるハクスラにしかならないんだから」
「ってイッチーは言うのよ。それにはあたしも同意なんだけど、そのとんがったアイデアというか、他のゲームとの差別化のためのアイデアが出てこなくて困ってるわけ」

 麗も腕を組んで、眉間に皺を寄せ考える。確かに、目指すべきはユーザーがあっと驚くようなシステムだ。文芸部に入ったのは、今までに誰も見たことのないような面白いゲームを作ってみたいと思ったからだ。まあ、そもそもこの学校の文芸部がゲームを作っていると麗に教えたのは一子なのだが。

「ミイナ先輩、わたしに時間をください。スペシャルなアイデア、考えてみます」
「スペシャルかぁ。うん、じゃあ1週間後に聞くよ。図書委員会の仕事もあるでしょ」
「分かりました。……お姉ちゃん。そういうわけだから、今週はもうここに来ないように」
「……約束は出来ないわね。なんたって入校許可証があるんだもの」

 麗は思った。姉の一子は少し頭がおかしくなってしまったのかも知れないと。よく考えてみると、先輩ふたりも、一子がここにいることを受け入れている時点でちょっと……。いやいや、きっと先輩たちは優しいのだ。おかしくなってしまった一子を可哀想に想ってくれているのだろう、と。

「ミイナ先輩、史緒里先輩、本当にありがとうございます」

 史緒里が首をかしげる。

「何かお礼を言われるようなこと、したかな?」

 麗はいつまでも、ふたりに頭を下げていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 部活動の時間が終わり、麗と一子は一緒に帰路についた。

「お姉ちゃん、なんかアイデアある? そっちのゲーム研究部でボツになったのでもいいけど」
「この前も下村に言ったけど、同じゲームコンテストに応募するかも知れないんだから、教えないわよ。そういう意味では。麗もライバルになるんだから」
「ちぇっ。いいですよーだ。自分で考えるもん」

 麗は足早に歩く。そのあとをついて行く一子は、はたと足を止めた。足音が止まったことに気付いた麗は振り返る。

「どうしたの? お姉ちゃん」
「……ヒントなら、ひとつだけあげるわ。ゲームのアイデアはね、ゲームからは得られないの。色んな種類の情報に触れなさい。読んだことのないジャンルの本、観たことのないジャンルの映画。行ったことのない場所。自分が触れたことの無い刺激に触れることで、アイデアは生まれやすくなるのよ」

 しっかりと言葉を受け止めた麗は、笑顔になる。

「よかった。お姉ちゃん、頭おかしくなったんじゃなかったんだね」
「え?! どういうこと?」

 走って近付いて来る一子を振り切るように、駆け足で逃げる麗。
 夕陽に照らされて、ふたりの影が長く伸びていた。
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