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第1話 イッチー
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ここは江九里高等学校。県立の普通科、一応進学校である。
焦げ茶色の髪を最近短かめに切った下村ミイナは、夕暮れの陽が入り込んでくる部室の中でひとり、コントローラーを握っている。彼女はその茶色がかった瞳で、目の前のディスプレイを親の仇かのように睨みつける。
画面には、斜め見下ろし型のアクションRPGが映し出されている。ランダムに生成されたダンジョンの中、敵を倒して進んでいくハック・アンド・スラッシュのゲームだ。コントローラーの指示に応え、プレイヤーキャラがエネミーに攻撃をしかける。ダメージ表示とともにエネミーはあっさりと消えた。
「うーん。一応、ちゃんと動くんだけどなぁ。あんまし面白くない……」
ミイナは、他に誰もいない部室で小さく呟く。
部室の外で、カラカラと引き戸が開く音。
ミイナは疲れ目をこすりながら、音がした方へ振り向く。今度は部室の入り口の引き戸が開かれ、童顔を気にしてその黒髪を伸ばしている星川史緒里が部室に入って来た。カバンを低い本棚の上に乗せて、ミイナの横に座る。
「もっさん、プログラミングは順調かい?」
下村の「も」の字を強調したあだ名。中学生の頃にそう呼ばれていたと教えたら、気に入った史緒里はその日からずっとこの呼び方をしてくるようになった。
「動作はするけど、ただ動くだけだからね。ちょっとやってみてよ」
ミイナはコントローラーを史緒里に渡す。
しばらくプレイした史緒里は、溜息混じりにコントローラーをテーブルの上に置いた。
「まあ、最初はこんなものじゃないかな。ここから色々と機能を追加するんだろう。しかし、ローポリゴンとはいえボクのモデリングは相変わらず完璧だね」
「史緒里ちゃんのグラフィックはね、とってもグッド。でも、あたしたちの目指してる、皆がスゴいって言ってくれるようなゲームになるのかな。よっぽどのオリジナル要素を加えないと、よくあるハクスラになっちゃうよ」
話していると、また部室の横にある生徒指導室の、廊下側の引き戸が開かれる音が聞こえた。ふたりは同時に部室側の戸を見る。ガラス窓に人影がにゅっと現れ、部室の戸がバンと勢い良く開け放たれる。
「下村! ちょっと聞いてよ!」
佐久羅高校、私立で偏差値の高い学校の制服を着た紫乃木一子が、テーブルにカバンを投げつけてパイプ椅子にドカッと腰を下ろした。艶のある長い黒髪が激しく揺れる。
「今日の体育、バドミントンだったんだけどさぁ!」
「イッチー、わざわざここまで授業の愚痴を言いに来たの? 違う学校だよ?」
ミイナが首を傾げて訊くと、一子は口を尖らせた。
「別に愚痴を言いに来たわけじゃないわよ。我が愛しの妹の様子を見に来たの!」
ミイナと史緒里は目を見合わせる。
「麗ちゃんなら、今日は図書委員会の仕事。部活には来ないよ」
「ええぇ……。まあ、いいわ。なら私の愚痴を聞きなさいよ」
「やだ。イッチーと違って、こっちは忙しいの。ようやくゲームが動くようになったから、これからどうやって面白くしていくか話し合わなきゃ」
「あのね、私はカ・ズ・コ。何よ、イッチーって」
「イッチーの方が可愛いじゃない。妹がゼロで、姉がイチ。いい感じ」
一子は溜息ひとつ吐いて、諦めたように数回、首を小さく縦に振った。
「はいはいもう何でもいいわ。じゃあ、私の愚痴を……」
「もっさん、イッチーにもアイデア出し、手伝ってもらえばいいんじゃないかな。前回のゲームコンテストで入賞したチームの一員なんだから」
「あ、そうだったね。イッチーさぁ、ハクスラで面白いアイデアないかな。今までに無い、プレイヤーがあっと驚くようなシステムにしたいんだ」
「そんなのあったら、私のトコのゲーム研究部で採用するわよ。悪いけど、敵にホイホイ渡せるようなアイデアは、無いっ!」
まあそうでしょうね、と悪戯な笑みを浮かべて舌を出すミイナ。
「ねぇ、だから私の愚痴を……」
「そういえば昨日、麗ちゃんも愚痴ってたよ。お姉ちゃんはシスコン過ぎる。違う学校なのに、週に2、3回も様子を見に来るんだから、って」
「歩いて10分なんだからいいじゃない。それに、こっちのゲーム研究部は、ゲーム作り休止中だし」
「あれ? そうなんだ。次のコンテストには応募しないの?」
「今は新入生にプログラミングとか、ゲームの作り方を教えてるの。そうね、6月か7月になったら本格的に再始動するわ。それまで、プロデューサーの私は暇なの。充電期間ってやつね」
佐久羅高校のゲーム研究部は部員が20名ほどいるらしい。対して、こちらは部員3名。ギリギリ部活として認められる人数しかいない。
「下村のトコはまず部活の名前が狂ってるのよ。文芸部って。なんで文芸部がゲーム作ってるのって話よ」
「ああ、それ、1年前にあたしも同じこと思ったよ。おかしいよねぇ」
「ボクも最初は意味が分からなかったけど、人間、慣れるもんだね」
ミイナと史緒里が同時に笑うと、一子は醒めた目でふたりを眺める。
「もう感覚がバグってるのね、可哀想に。っじゃなくて、私の愚痴を聞いてってばぁあぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミイナは家に帰って夕食後、風呂から上がり、続きのプログラミングをする。今日はイッチーこと一子に邪魔されて、部活中にあまり作業を進められなかった。3Dのキャラクターと障害物をフィールドに配置して、ゲームを再生する。エネミーの思考ルーチンが間違っているのか、延々と壁に向かって歩き続けてしまうヤツを発見。
「あー、多分プレイヤーキャラの位置とエネミーの位置の差分がうまくとれてないんだな」
プログラミングをしていると、独り言が多くなる。自分の頭の中のイメージをアルゴリズムと計算式で現実に落とし込んでいく。そう、プログラミングは内なる自分との戦いなのだ。
グッと拳を突き上げて格好をつけていると、スマホから通知音が再生された。
画面には、「北川輝羅」の名前と、その下には顔写真が丸アイコンの中に収まって表示されていた。ミイナは通知をタップしてメッセージアプリを開く。
『ゲーム作りは順調? 私の受験勉強は順調。気分転換に、今度の休みケーキを食べに行かない?』
同じ高校の1年先輩である輝羅とミイナの関係はちょっと複雑だ。そのへんは前作「process(0)」を読めば分かる。
「なんで第1話からいきなり前作の宣伝してるのよ。メタ発言はもう懲りたと思ってたよ」
などと独り言の多いミイナだが、とりあえず気を取り直して輝羅のメッセージに返信する。
『いいね! ゲームのアイデアで詰まってるから、助言お願いします!』
すぐに輝羅からGoodのスタンプが返ってきた。
2年生に進級したばかりの4月、文芸部の部員は5人だったが、3年生の3人がそれぞれの目標や夢を追いかけるために部から遠ざかった。ミイナと史緒里のふたりきりになって、新歓にも参加せずこのまま廃部になるかと思っていたら、どこからか文芸部でゲーム作りをしていると聞きつけ、1年生の紫乃木麗が入部してきた。
そのやる気に感化され、1か月でハクスラRPGのプロトタイプを作り上げてみたものの、凡百の出来に困り果てているのだった。ここからどこをどうすれば、遊ぶ人たちがアガるゲームになるのだろうか。
これは、ミイナがゲーム作りに命を捧げる、学園青春ラブコメディである!
「いや、ラブはないでしょ……あと命も捧げないから」
……というわけなのであるッ!
焦げ茶色の髪を最近短かめに切った下村ミイナは、夕暮れの陽が入り込んでくる部室の中でひとり、コントローラーを握っている。彼女はその茶色がかった瞳で、目の前のディスプレイを親の仇かのように睨みつける。
画面には、斜め見下ろし型のアクションRPGが映し出されている。ランダムに生成されたダンジョンの中、敵を倒して進んでいくハック・アンド・スラッシュのゲームだ。コントローラーの指示に応え、プレイヤーキャラがエネミーに攻撃をしかける。ダメージ表示とともにエネミーはあっさりと消えた。
「うーん。一応、ちゃんと動くんだけどなぁ。あんまし面白くない……」
ミイナは、他に誰もいない部室で小さく呟く。
部室の外で、カラカラと引き戸が開く音。
ミイナは疲れ目をこすりながら、音がした方へ振り向く。今度は部室の入り口の引き戸が開かれ、童顔を気にしてその黒髪を伸ばしている星川史緒里が部室に入って来た。カバンを低い本棚の上に乗せて、ミイナの横に座る。
「もっさん、プログラミングは順調かい?」
下村の「も」の字を強調したあだ名。中学生の頃にそう呼ばれていたと教えたら、気に入った史緒里はその日からずっとこの呼び方をしてくるようになった。
「動作はするけど、ただ動くだけだからね。ちょっとやってみてよ」
ミイナはコントローラーを史緒里に渡す。
しばらくプレイした史緒里は、溜息混じりにコントローラーをテーブルの上に置いた。
「まあ、最初はこんなものじゃないかな。ここから色々と機能を追加するんだろう。しかし、ローポリゴンとはいえボクのモデリングは相変わらず完璧だね」
「史緒里ちゃんのグラフィックはね、とってもグッド。でも、あたしたちの目指してる、皆がスゴいって言ってくれるようなゲームになるのかな。よっぽどのオリジナル要素を加えないと、よくあるハクスラになっちゃうよ」
話していると、また部室の横にある生徒指導室の、廊下側の引き戸が開かれる音が聞こえた。ふたりは同時に部室側の戸を見る。ガラス窓に人影がにゅっと現れ、部室の戸がバンと勢い良く開け放たれる。
「下村! ちょっと聞いてよ!」
佐久羅高校、私立で偏差値の高い学校の制服を着た紫乃木一子が、テーブルにカバンを投げつけてパイプ椅子にドカッと腰を下ろした。艶のある長い黒髪が激しく揺れる。
「今日の体育、バドミントンだったんだけどさぁ!」
「イッチー、わざわざここまで授業の愚痴を言いに来たの? 違う学校だよ?」
ミイナが首を傾げて訊くと、一子は口を尖らせた。
「別に愚痴を言いに来たわけじゃないわよ。我が愛しの妹の様子を見に来たの!」
ミイナと史緒里は目を見合わせる。
「麗ちゃんなら、今日は図書委員会の仕事。部活には来ないよ」
「ええぇ……。まあ、いいわ。なら私の愚痴を聞きなさいよ」
「やだ。イッチーと違って、こっちは忙しいの。ようやくゲームが動くようになったから、これからどうやって面白くしていくか話し合わなきゃ」
「あのね、私はカ・ズ・コ。何よ、イッチーって」
「イッチーの方が可愛いじゃない。妹がゼロで、姉がイチ。いい感じ」
一子は溜息ひとつ吐いて、諦めたように数回、首を小さく縦に振った。
「はいはいもう何でもいいわ。じゃあ、私の愚痴を……」
「もっさん、イッチーにもアイデア出し、手伝ってもらえばいいんじゃないかな。前回のゲームコンテストで入賞したチームの一員なんだから」
「あ、そうだったね。イッチーさぁ、ハクスラで面白いアイデアないかな。今までに無い、プレイヤーがあっと驚くようなシステムにしたいんだ」
「そんなのあったら、私のトコのゲーム研究部で採用するわよ。悪いけど、敵にホイホイ渡せるようなアイデアは、無いっ!」
まあそうでしょうね、と悪戯な笑みを浮かべて舌を出すミイナ。
「ねぇ、だから私の愚痴を……」
「そういえば昨日、麗ちゃんも愚痴ってたよ。お姉ちゃんはシスコン過ぎる。違う学校なのに、週に2、3回も様子を見に来るんだから、って」
「歩いて10分なんだからいいじゃない。それに、こっちのゲーム研究部は、ゲーム作り休止中だし」
「あれ? そうなんだ。次のコンテストには応募しないの?」
「今は新入生にプログラミングとか、ゲームの作り方を教えてるの。そうね、6月か7月になったら本格的に再始動するわ。それまで、プロデューサーの私は暇なの。充電期間ってやつね」
佐久羅高校のゲーム研究部は部員が20名ほどいるらしい。対して、こちらは部員3名。ギリギリ部活として認められる人数しかいない。
「下村のトコはまず部活の名前が狂ってるのよ。文芸部って。なんで文芸部がゲーム作ってるのって話よ」
「ああ、それ、1年前にあたしも同じこと思ったよ。おかしいよねぇ」
「ボクも最初は意味が分からなかったけど、人間、慣れるもんだね」
ミイナと史緒里が同時に笑うと、一子は醒めた目でふたりを眺める。
「もう感覚がバグってるのね、可哀想に。っじゃなくて、私の愚痴を聞いてってばぁあぁぁぁ!!」
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ミイナは家に帰って夕食後、風呂から上がり、続きのプログラミングをする。今日はイッチーこと一子に邪魔されて、部活中にあまり作業を進められなかった。3Dのキャラクターと障害物をフィールドに配置して、ゲームを再生する。エネミーの思考ルーチンが間違っているのか、延々と壁に向かって歩き続けてしまうヤツを発見。
「あー、多分プレイヤーキャラの位置とエネミーの位置の差分がうまくとれてないんだな」
プログラミングをしていると、独り言が多くなる。自分の頭の中のイメージをアルゴリズムと計算式で現実に落とし込んでいく。そう、プログラミングは内なる自分との戦いなのだ。
グッと拳を突き上げて格好をつけていると、スマホから通知音が再生された。
画面には、「北川輝羅」の名前と、その下には顔写真が丸アイコンの中に収まって表示されていた。ミイナは通知をタップしてメッセージアプリを開く。
『ゲーム作りは順調? 私の受験勉強は順調。気分転換に、今度の休みケーキを食べに行かない?』
同じ高校の1年先輩である輝羅とミイナの関係はちょっと複雑だ。そのへんは前作「process(0)」を読めば分かる。
「なんで第1話からいきなり前作の宣伝してるのよ。メタ発言はもう懲りたと思ってたよ」
などと独り言の多いミイナだが、とりあえず気を取り直して輝羅のメッセージに返信する。
『いいね! ゲームのアイデアで詰まってるから、助言お願いします!』
すぐに輝羅からGoodのスタンプが返ってきた。
2年生に進級したばかりの4月、文芸部の部員は5人だったが、3年生の3人がそれぞれの目標や夢を追いかけるために部から遠ざかった。ミイナと史緒里のふたりきりになって、新歓にも参加せずこのまま廃部になるかと思っていたら、どこからか文芸部でゲーム作りをしていると聞きつけ、1年生の紫乃木麗が入部してきた。
そのやる気に感化され、1か月でハクスラRPGのプロトタイプを作り上げてみたものの、凡百の出来に困り果てているのだった。ここからどこをどうすれば、遊ぶ人たちがアガるゲームになるのだろうか。
これは、ミイナがゲーム作りに命を捧げる、学園青春ラブコメディである!
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