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第1章 UnderWater

第10話 珈琲と過去

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 ゴーグル内に演習フィールドが形成されていく。
 広大な砂漠、突き抜ける青空。遠くにオアシスが見える。

『対戦フィールド生成完了。カーソルを配置します』

 割と嫌いなマスターAIの声が頭に響く。

 私のカーソルは、シルバーの全身タイツのような装備。ダサい。
 色違いで黒い全身タイツのカーソルが、少し離れた位置に表示された。

「古尾谷さん、このコインが地面に落ちたら試合開始ね」

 朝宮さんの比較的オクターブ高めの声がイヤフォンから流れる。

「分かった。いや、よく分からないけど。とりあえず、あなたを倒せばいいのね」
「私が古尾谷さんを倒すんです」

 朝宮さんのカーソルからコインが放たれる。
 回転して太陽の光を反射しながら、コインは重力に負けて地面に落ちた。

 私はパレットから使い慣れたリバルバー2丁を取り出す。
 相手が近いので、後ろに飛び退すさろうとする。
 すると、思ったのより3倍くらいの速さで距離が空く。

「なにこれ、超スピード!」

 ゴーグルの映像処理が少し乱れる。仕様を超えた速度が出ているということか。

 朝宮さんのカーソルが刀タイプの武器を両手で持ち、距離を詰めてくる。
 あっちのスピードはさらに速く、あっという間に距離を詰められる。

 私は両手のトリガーをタイミングよく交互に引き、リボルバーから光弾を発射する。
 黒いカーソルは体をひねりながら光弾を僅かにかわし、左右に揺れながら私の眼前に迫ってきた。
 刀を斜め下から振り上げてくる。
 バグとの戦いで身に付けた体を回転させる操作で、ぎりぎり刀の軌道を避ける。

「やるじゃない!」

 朝宮さんの高い声が大音量で流れる。
 さらに一歩、もう一歩と踏み出しながら刀を振り回してくる。
 私はステップを刻みながら後退し、間合いを保ちながら、アイテムパレットをスクロールする。

 相手が舐めプして間合いを詰めてくるなら、それを利用すれば。
 探していたアイテムが見つかった。
 こちらが後ろに下がるスピードを緩めると、黒いカーソルがさらに近付いてくる。

 私はパレットからアイテムを放り出し、目の前の宙に置く。
 
 黒いカーソルの顔が勢いよく、「ケーキ」に突っ込んだ。
 イヤフォンから朝宮さんの短い悲鳴が聞こえる。

 スピードを落として顔のケーキを払う隙に、左手のリボルバーから光を放ち、朝宮さんのカーソルの胸に当てる。
 黒いカーソルは光弾を受けて吹き飛んだ。

「ケーキに負けたあああ!!」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 日曜日の朝に決闘を申し込まれるという、なかなか経験できない、かつ、くだらないイベントを終えて、自室の窓を開ける。
 空には鈍色にびいろの雲が広がっている。

 忘れないように、カレンダーの今日の日付には赤丸が書いてある。
 歯磨きをしながらクローゼットに手を伸ばし、手に当たったチュニックを引っ張り出す。ついでに黒いスキニーも取る。
 うがいの後、着替えて髪をとかす。髪が肩にかかるので、そろそろ髪を切らなきゃと思う。

 ポーチにスマホと読みかけの文庫本と財布を突っ込み、アパートを出る。
 今日は仕事よりも仕事っぽい約束の日。
 月イチでしか行かない喫茶店へ向かう。私のアパートからそれほど離れた場所でないのはありがたい。

 見慣れた交差点、信号が青になったのを確認して歩き出すと、前方に最近知った顔が見えた。軽くキャップをかぶった朝宮さんが、ガードレールにもたれてこちらをにらんでいる。
 大人ぶったオレンジのジャケットワンピースは、余計に幼さを引き立てているように見える。

「セリトに会うんですよね」
「渋々ね。まさか、社長に聞いたの?」
「セリトが自分のことを話すわけない。現代の情報技術を駆使して調べただけです」

 そういえばこの童顔、スーパーハッカーだったっけ。怖いなぁ。

「で、私の進路を邪魔してどうするの? 朝の続きで喧嘩でもするの?」
「しませんよ。私はケーキに負けたのであって、古尾谷さんに負けたわけじゃないし」

 私は苦笑し、そのまま歩いていく。
 少し離れて、朝宮さんの足音がついてくる。
 少し早足で歩いてみる。
 やっぱり、同じスピードで追いかけてくる。
 走ったらどうだろうか。

「ちょっと待ってよ!」

 体力は無いらしい。普段からランニングしてる私を舐めるな。
 彼女を引き離して喫茶店の近くまで走り、少し息を整えて店内へ入る。

 社長は当たり前の顔をしていつもの席に座って本を読んでいる。
 私は言葉をかけることなく、向かいのソファーに腰を下ろす。
 ホットコーヒーでモーニングセットを注文する。

「私も同じので」

 そう言いながら、朝宮さんが私の横にどかっと座る。
 社長が呆気に取られたような顔をする。

希璃きり。今日は……大事な日だから」
「なにそれ、この人と会うのが大事なの? 会社でも会おうと思えば会えるじゃない」

 憮然ぶぜんとした表情で朝宮さんが詰め寄る。まあ確かに、その通りではある。私があの会社に入らなかったら、今どうしてたかな。

「古尾谷さやかさん。多分、希璃が勝手についてきたのだと思います。申し訳ありませんでした」

 別にどうだっていいんですのよ。と言いたかったが、社長の顔が少しピリっとしていたので、やめておくことにした。
 社長は、本と財布を持ち、レシートを奪ってさっさと店を出ていった。

 残された私と朝宮さんは、顔を見合わせる。

「名前、キリっていうんだね」
「気になるとこ、そこ?」
「いやー、今日は早く終わって良かったよ。もう死ぬなんて言わ……」

 私ははっとした。朝宮さんが顔を近付けてくる。

「何ですか。今の?!」

 彼女は私の腕をつかんで、半泣きの表情で叫ぶ。
 マスターがこちらをにらんでいる気がする。
 仕方がないので、彼女の手にそっと手を当て、微笑みながら答える。

「分かった、分かったよ。話すから、静かにね」

 別に内緒にするなんて約束はしてないし、彼女の誤解で付きまとわれるのも困るので、この際ちゃんと話してあげよう。
 ついでにあいつらにも聞かせて、面倒臭いことは一度で終わらせよう。
 私は智と長縄くんをSNSのグループ通話で呼び出す。

「なんだよ日曜日だぞ」
「ゲーム中なんで、早めに終わりますか」

 呑気な男2人の声がスマホから再生される。

「今から朝宮さんに私と社長のこと話すから、聞きたきゃ、そのまま聞いてて」
「古尾谷さん、僕ヘッドフォンするので、少し待ってください」

 長縄くんの表情は、なぜか電話越しでも分かる。智が無言なのは、くだらない話だったら許さないみたいな意思を示しているのか。

 社長がさっきまで座っていたソファーに移り、朝宮さんと向かい合う。
 朝宮さんはまだ目をうるませているが、さっきより随分と落ち着いたみたいだ。
 私は少し冷めてしまったコーヒーを飲み、それからゆっくりと話し出す。

「さて、じゃあ2年半前の話をしましょうか」
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