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第3話 絵
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隅田川にかかる橋を渡る。栄達から少し離れてトモとハルが横に並び、屋台や露店を眺めながら歩く。不意にハルのお腹が恥ずかしくなるほど大きな音を立てた。栄達はひとつ笑い、膝を曲げてハルに目線を合わせ問う。
「腹が減ったか? 朝はしっかり食べてきたのかな」
「朝は食べやした。そのあと膳を下げて洗って、洗濯して、昼の用意を手伝ってたら、もう腹がカラカラの空っぽなんでござりんす」
「ふぅむ、では……」
栄達は屋台を物色し始めた。ハルもその動きを真似て、屋台から出る鰹ぶしの出汁やら焼かれた芋やら甘味噌やらの混ぜこぜになった匂いに引き寄せられるように彷徨く。トモは人の往来から身を離すようにして、道脇でふたりの様子をじっと見守る。
「ハルよ、これを食べなさい」
手招きしてハルを呼び寄せ、栄達は汁粉の椀を渡す。小豆餡に砂糖を加えた温かい汁に、よく煮た切り餅を入れたものだ。それを受け取り、箸で中の餅を掬って口へ運び、にんまり顔を綻ばすハル。
「甘ぁい。幸せでありんす」
ハルは、食べる様をじいっと見つめる栄達に気付く。
「……食べたいんでござりんす?」
「いや、……美味そうに食べるなぁと思って……」
ふっと微笑み、ハルはもう一つの餅を掬って栄達の口に近付ける。ぱくっと頂いてむにむに噛んで、栄達の表情がぱあっと明るくなった。
「店主、もう一杯もらおう」
「へぇ、どうぞどうぞ!」
湯気の立つ汁粉の椀を受け取った栄達は、息を吹きかけながら食べ始めた。呆れ顔のトモが近寄ってチクリと忠言する。
「お父様は今朝、白米をおかわりして食べてたじゃありませんか。腰回りがきつくなられますよ」
「その時は……洋袴を買い換えようかな」
「一助さんのぼやきが今にも聴こえるようですわ。お母様も倹約、倹約と仰っていますのに」
文句を言われながらそそくさと汁粉を食べ終え、栄達は再び歩き出す。少し歩いたところで、ハルがトモの着物の袖にしがみついた。
「あちき、あっちの方は行きたくねぇでありんす」
ハルは少し前に大火があった場所を気にしているようだ。以前ハルが住み込みで働いていた茶屋は焼け落ちてしまったと聞いている。今その辺りではトンテンカンテンと建て直しの音が響いている。
栄達がハルの顔を覗き込んで宥める。
「ハル。私たちが向かうのはあちらではないよ。ここをまっすぐ行った所にある玅安先生の教室だ」
「きょうしつ……?」
「縁くんに聞いたが、ハルは随分と絵心があるそうじゃないか。一度、絵描きの玅安と引き合わせてみたいと思っていたんだよ」
縁は手配師で、親から口減らしとして売られたハルを芸妓修行のために茶屋へ入れた男だ。大火のあと彼女を水野家に寄越したのも縁の仕事だった。
栄達はふたりを先導する。トモの袖に引っ付いたままのハルは、火事のあった方を何度も睨みつけながらついて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな通りから一筋外れる。周りは煉瓦作りの建物が目立っているのに、それに反目するかのように江戸の風合いを残す一軒家へ辿り着いた。ところどころ剥げ落ちた黒色の木材で構えられた、小さな二階部分を乗せた幅広の木造家屋だ。
玄関は無く、道端にぽつんと引き木戸があって、鍵すらついていない。栄達はコンコンと手の甲で軽く戸を鳴らしてから、おもむろに開いた。
「御免するよ。玅安、いるかぁ?」
栄達の太い声が屋内に響き渡る。しばらくして、二階から気怠い感じの声が返り、薄い着物をはだけさせた無精髭の男が下りてきた。眉が一本太く一筆書きのように繋がっていて、鼻が高い。ボサボサの髪を適当に頭のてっぺんで束ねている。
「はいよっとぉ……おや、これはこれは。水野さんじゃねぇか」
玅安は、腹をポリポリ掻きながら大きく欠伸をした。
「相変わらず緊張感のない男だな。今日はお弟子さんは居ないのかね」
「今日は寝る日なんだぁ。いっぺぇ色の着いた夢を見て、その像をカンバスに落とすんだよ」
芸術家の言うことはほんの少しも分からないが、とにかく今日は暇な様子だ。栄達はハルを玅安の前に立たせた。
「この娘が描く絵を観てやってくれないか。縁くんの推薦だ」
「……あいつが人を褒めるなんて、天地でもひっくり返るんじゃねぇか。君、このカンバスに何か描いてみてくれ」
突然使い古された筆を渡され、机上のカンバスの前に立たされたハルは困惑顔で静止してしまう。
「あちき、何を描けば……」
「そうだなぁ。では、君は色の着いた夢を見るか?」
少し考えて、ハルは重い口を開いた。
「……今朝方、見やした。……焼けて、死んじまった友だちの……夢でありんす。綺麗な芸妓で、いつもあちきに笑いかけてくれた……」
「その像、描けるか?」
止めようとしたトモを、栄達が腕を掴んで引き留めた。
「……分かりやした。この色油を使えば良ござりんすね」
ハルはまず明るい色から筆につけ、カンバスへ色彩を落としていく。トモは、彼女の真剣な眼差しを見て驚いた。まるで何かが憑依しているかのようだ。別人の如き精緻な動作で徐々に色を変えながら、ハルはカンバスに人の顔を形作る。
やがて、顔は白塗り、紅を唇にさした人物像であると分かる。口元に笑みを浮かべ、優しい表情の大人びた女性。
描いていくうちにハルの目から大粒の涙が零れ、カンバスをひたひたと濡らしていった。彼女はそれでも描き続ける。そして髪、首元と描き上げたところで机に筆を置いて、トモへ駆け寄りしがみついた。
「アサちゃん、なんで死んじまったのさ! ずっと一緒だよって言ったじゃないか!」
トモは泣き噦るハルを抱いて、後ろ髪を撫でた。
玅安はカンバスを壁へ立て掛け、少し離れて観たり、上から、下からと角度を変えて観たりしている。栄達もカンバスを眺めながら玅安に訊ねる。
「どうだろうハルの絵は。本職からすると」
「……いやはや、凄いなぁ。うちの弟子のそれなんざ、この娘の絵と比べたら只の落描きだよ。誰の門下だ?」
「誰にも教わったことは無いらしい。本式に絵を描くのも初めてじゃないかな」
玅安は、驚きと喜びの入り混じった表情で栄達に掴みかかった。
「是非、おいらの弟子に寄越してくれ! この娘は間違いないぞ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りの鉄道馬車に揺られながら、肩にもたれ鼾をかくハルの手を握って、ぼんやりトモは流れゆく家々を眺めていた。
「ハルが道を覚えるまでは、一緒に行ってやってくれ。ひとりでは帰って来られんだろう」
「はい。週に一回だけでも、ひと月ふた月と通えば足が覚えるでしょう。根気よく連れて行きますね」
「学校には通わせられんが、読み書きも多少学んでおけば今後食いっぱぐれなかろう。どうにかしてやりたいな」
「それはわたしが教えます。……でも今日、ハルにとても辛い思いをさせてしまいました」
ハルの寝顔を見ると、目の周りが赤く腫れている。才を認めていただくためとはいえ、亡くなった友だちの絵を描かせることは、やはり止めるべきだった。花のような煌めく笑顔を失ったりはしないだろうかと、トモの胸の内は不安でいっぱいだ。
「うむ……玅安には、できるだけ楽しい気分になる絵を描かせてやってくれるよう頼んでおいた。あいつに言わせれば、ハルは純粋過ぎるくらい心の澄み切った娘らしい。心の内にある辛い思い出も悲しみも、濁らせずそのままカンバスに落としてしまう。その危うさや不安定さもまた魅力だと……」
「ハルの悲しい顔を、もう見たくありません。友だちとして支えになっていきたい。そう思いますわ」
「うむ、だが下女でもあるからな。他の女中や丁稚への気遣いも怠るでないぞ」
「わたしは常々、お父様のやり方を見て心得ております」
栄達は満足そうに頷いた。
満席の鉄道馬車は昼下がりの町を、土煙を上げながら進んでいく。ハルはまた今朝と同じ夢の中にいるのか、頬にひとすじの涙を流していた。
「腹が減ったか? 朝はしっかり食べてきたのかな」
「朝は食べやした。そのあと膳を下げて洗って、洗濯して、昼の用意を手伝ってたら、もう腹がカラカラの空っぽなんでござりんす」
「ふぅむ、では……」
栄達は屋台を物色し始めた。ハルもその動きを真似て、屋台から出る鰹ぶしの出汁やら焼かれた芋やら甘味噌やらの混ぜこぜになった匂いに引き寄せられるように彷徨く。トモは人の往来から身を離すようにして、道脇でふたりの様子をじっと見守る。
「ハルよ、これを食べなさい」
手招きしてハルを呼び寄せ、栄達は汁粉の椀を渡す。小豆餡に砂糖を加えた温かい汁に、よく煮た切り餅を入れたものだ。それを受け取り、箸で中の餅を掬って口へ運び、にんまり顔を綻ばすハル。
「甘ぁい。幸せでありんす」
ハルは、食べる様をじいっと見つめる栄達に気付く。
「……食べたいんでござりんす?」
「いや、……美味そうに食べるなぁと思って……」
ふっと微笑み、ハルはもう一つの餅を掬って栄達の口に近付ける。ぱくっと頂いてむにむに噛んで、栄達の表情がぱあっと明るくなった。
「店主、もう一杯もらおう」
「へぇ、どうぞどうぞ!」
湯気の立つ汁粉の椀を受け取った栄達は、息を吹きかけながら食べ始めた。呆れ顔のトモが近寄ってチクリと忠言する。
「お父様は今朝、白米をおかわりして食べてたじゃありませんか。腰回りがきつくなられますよ」
「その時は……洋袴を買い換えようかな」
「一助さんのぼやきが今にも聴こえるようですわ。お母様も倹約、倹約と仰っていますのに」
文句を言われながらそそくさと汁粉を食べ終え、栄達は再び歩き出す。少し歩いたところで、ハルがトモの着物の袖にしがみついた。
「あちき、あっちの方は行きたくねぇでありんす」
ハルは少し前に大火があった場所を気にしているようだ。以前ハルが住み込みで働いていた茶屋は焼け落ちてしまったと聞いている。今その辺りではトンテンカンテンと建て直しの音が響いている。
栄達がハルの顔を覗き込んで宥める。
「ハル。私たちが向かうのはあちらではないよ。ここをまっすぐ行った所にある玅安先生の教室だ」
「きょうしつ……?」
「縁くんに聞いたが、ハルは随分と絵心があるそうじゃないか。一度、絵描きの玅安と引き合わせてみたいと思っていたんだよ」
縁は手配師で、親から口減らしとして売られたハルを芸妓修行のために茶屋へ入れた男だ。大火のあと彼女を水野家に寄越したのも縁の仕事だった。
栄達はふたりを先導する。トモの袖に引っ付いたままのハルは、火事のあった方を何度も睨みつけながらついて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな通りから一筋外れる。周りは煉瓦作りの建物が目立っているのに、それに反目するかのように江戸の風合いを残す一軒家へ辿り着いた。ところどころ剥げ落ちた黒色の木材で構えられた、小さな二階部分を乗せた幅広の木造家屋だ。
玄関は無く、道端にぽつんと引き木戸があって、鍵すらついていない。栄達はコンコンと手の甲で軽く戸を鳴らしてから、おもむろに開いた。
「御免するよ。玅安、いるかぁ?」
栄達の太い声が屋内に響き渡る。しばらくして、二階から気怠い感じの声が返り、薄い着物をはだけさせた無精髭の男が下りてきた。眉が一本太く一筆書きのように繋がっていて、鼻が高い。ボサボサの髪を適当に頭のてっぺんで束ねている。
「はいよっとぉ……おや、これはこれは。水野さんじゃねぇか」
玅安は、腹をポリポリ掻きながら大きく欠伸をした。
「相変わらず緊張感のない男だな。今日はお弟子さんは居ないのかね」
「今日は寝る日なんだぁ。いっぺぇ色の着いた夢を見て、その像をカンバスに落とすんだよ」
芸術家の言うことはほんの少しも分からないが、とにかく今日は暇な様子だ。栄達はハルを玅安の前に立たせた。
「この娘が描く絵を観てやってくれないか。縁くんの推薦だ」
「……あいつが人を褒めるなんて、天地でもひっくり返るんじゃねぇか。君、このカンバスに何か描いてみてくれ」
突然使い古された筆を渡され、机上のカンバスの前に立たされたハルは困惑顔で静止してしまう。
「あちき、何を描けば……」
「そうだなぁ。では、君は色の着いた夢を見るか?」
少し考えて、ハルは重い口を開いた。
「……今朝方、見やした。……焼けて、死んじまった友だちの……夢でありんす。綺麗な芸妓で、いつもあちきに笑いかけてくれた……」
「その像、描けるか?」
止めようとしたトモを、栄達が腕を掴んで引き留めた。
「……分かりやした。この色油を使えば良ござりんすね」
ハルはまず明るい色から筆につけ、カンバスへ色彩を落としていく。トモは、彼女の真剣な眼差しを見て驚いた。まるで何かが憑依しているかのようだ。別人の如き精緻な動作で徐々に色を変えながら、ハルはカンバスに人の顔を形作る。
やがて、顔は白塗り、紅を唇にさした人物像であると分かる。口元に笑みを浮かべ、優しい表情の大人びた女性。
描いていくうちにハルの目から大粒の涙が零れ、カンバスをひたひたと濡らしていった。彼女はそれでも描き続ける。そして髪、首元と描き上げたところで机に筆を置いて、トモへ駆け寄りしがみついた。
「アサちゃん、なんで死んじまったのさ! ずっと一緒だよって言ったじゃないか!」
トモは泣き噦るハルを抱いて、後ろ髪を撫でた。
玅安はカンバスを壁へ立て掛け、少し離れて観たり、上から、下からと角度を変えて観たりしている。栄達もカンバスを眺めながら玅安に訊ねる。
「どうだろうハルの絵は。本職からすると」
「……いやはや、凄いなぁ。うちの弟子のそれなんざ、この娘の絵と比べたら只の落描きだよ。誰の門下だ?」
「誰にも教わったことは無いらしい。本式に絵を描くのも初めてじゃないかな」
玅安は、驚きと喜びの入り混じった表情で栄達に掴みかかった。
「是非、おいらの弟子に寄越してくれ! この娘は間違いないぞ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りの鉄道馬車に揺られながら、肩にもたれ鼾をかくハルの手を握って、ぼんやりトモは流れゆく家々を眺めていた。
「ハルが道を覚えるまでは、一緒に行ってやってくれ。ひとりでは帰って来られんだろう」
「はい。週に一回だけでも、ひと月ふた月と通えば足が覚えるでしょう。根気よく連れて行きますね」
「学校には通わせられんが、読み書きも多少学んでおけば今後食いっぱぐれなかろう。どうにかしてやりたいな」
「それはわたしが教えます。……でも今日、ハルにとても辛い思いをさせてしまいました」
ハルの寝顔を見ると、目の周りが赤く腫れている。才を認めていただくためとはいえ、亡くなった友だちの絵を描かせることは、やはり止めるべきだった。花のような煌めく笑顔を失ったりはしないだろうかと、トモの胸の内は不安でいっぱいだ。
「うむ……玅安には、できるだけ楽しい気分になる絵を描かせてやってくれるよう頼んでおいた。あいつに言わせれば、ハルは純粋過ぎるくらい心の澄み切った娘らしい。心の内にある辛い思い出も悲しみも、濁らせずそのままカンバスに落としてしまう。その危うさや不安定さもまた魅力だと……」
「ハルの悲しい顔を、もう見たくありません。友だちとして支えになっていきたい。そう思いますわ」
「うむ、だが下女でもあるからな。他の女中や丁稚への気遣いも怠るでないぞ」
「わたしは常々、お父様のやり方を見て心得ております」
栄達は満足そうに頷いた。
満席の鉄道馬車は昼下がりの町を、土煙を上げながら進んでいく。ハルはまた今朝と同じ夢の中にいるのか、頬にひとすじの涙を流していた。
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