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第4話 球場へ行こう!(後編)

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「あれ。コーヒー、めちゃくちゃ美味うまいな」

 サトルは、ホットコーヒーをすすり、その味に驚いた。スタジアムでコーヒーを飲むのは初めてだが、映画館のコーヒーみたいな薄味かと思っていたら、凄くまろやかで深みのある味わいだ。
 アカネがなぜか、自慢気じまんげに答える。

「ここのコーヒーはですね、っかいブランドもんのコーヒーを、豆からいてるらしいですよ」
「へー。あとでもう1杯買ってこようかな」

 雑談をしていると、投球練習が終わり、試合が再開された。1回裏、2対1。本拠地でギガントパンサーズは1点を追う展開だ。
 敵チームのエースである千藤せんどう投手は、ワンアウト、1塁に足の速い走者を置いた状態での緊急登板。怪我をした先発の園原そのはら投手からマウンドを引き継いだ。

 ランナーをじっと見て、セットポジションから、クイックで投げる。

 四番バッターの伊月いつき選手は、前回の対戦でも3連続三振したくらい、千藤投手を苦手としている。
 初球、2球目とポンポンとチェンジアップとカーブでツーストライクを取られ、あっという間に追い込まれた。ストレート待ちを見破られているかのように、バットがピクッと動くだけで前に出ない。

 伊月選手は首をかしげて、タイミングが合わないことに戸惑っている様子だ。

「バックネット裏って、選手の表情まで分かるから臨場感がエグいな」
「そうですね。それより、ホームラン打ってくれないかな。前に観に来た時はいきなり満塁ホームランで大盛り上がりしましたからねぇ」

 そんなに上手くいくわけないと思いながら、サトルもせめて長打で追いついてくれるよう願う。そういえば、これは誰に願っているのだろうか。野球の神様って、いるのかな。だとしたら、もうちょっとギガントパンサーズを勝たせてくれても良いのでは。

 そして3球目。アウトコースにストレートがきた。伊月選手はバットを振り抜きボールに当てるが、芯から外れたのか鈍い音が聞こえてきた。
 何回か跳ねてショートに転がったボールを上手くさばかれて、併殺ゲッツーになってしまった。

「あちゃー。やっぱり苦手投手なんですね。全然タイミングが合ってない」

 アカネが残念そうな声を出した。

「千藤投手の調子がいなら、このあとは厳しいかもな。何回まで投げるんだろ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 両チームとも、凡打の山をきずいていく。
 6回まで、たまに単打ヒットが出て、バントで走者は2塁に送られたりするものの、3塁を踏むことはなく、淡々と試合が進んでいった。

 ラッキーセブンで、敵チームの攻撃の前にチアガールのダンスが披露される。

「うわ、チアガール、めちゃくちゃ可愛いな」
「テレビで観てるとピンとこないけど、実際に見ると、小顔でスタイルも良くて、ダンスも上手くてプロって感じですよね」
「僕は、あんなに笑顔でいたら顔がっちゃうな。普段ほとんど笑わないから」
「ホントだ。先輩のちゃんとした笑顔って、ほとんど見たことないかも……だからモテないのか」
「もう心の声でもなくズバッと言うじゃん」

 アカネは、にこりとして席を立つ。

「お花摘みに行ってきまーす」

 逃げるように、そそくさと歩いて行った。
 サトルは、コーヒーを飲み切った。アカネが戻ってきたら、またコーヒーを買いに行こう。

 敵チームの攻撃は二番からの好打順だ。先発の投手は、そろそろ表情に疲れが見えてきている。なんだか嫌な予感がする。

 先頭打者をフォアボールで歩かせたところでお役御免、中継ぎで一番頼りになる岡崎おかざき投手に交代した。ここから右バッターが続くので、右の投手を出してきた、というところだろうか。

 1塁の走者は俊足で、盗塁も有り得るだろう。リードが少し大きいように見える。
 2度の牽制けんせいあと、クイックで投球動作に入った瞬間、やはり盗塁を仕掛けてきた。

 アウトコースに外れたボールを、キャッチャーが素早く2塁に投げ返す。
 少し上にれたため、タッチが間に合わず盗塁を許してしまった。

「トイレ、めっちゃ混んでました。……ってピンチじゃないですか!」
「ノーアウト2塁、なんだか点が入っちゃいそうな展開だね。ちょっとコーヒー買ってくるよ。ジュースとか、いる?」
「まだ残ってるから大丈夫です。それよりも、この状態で席を立つんですか?」
「まあ、岡崎投手なら抑えてくれるでしょ」

 軽い感じで言って、サトルはフードショップに向かう。やはり敵チームの攻撃の時の方が混んでいるようで、7回だというのに、さっきよりも長い時間並ぶことになった。

 少しソワソワしながら順番を待ち、ホットコーヒーを買って席に戻る。

「げっ、1点取られてんじゃん」
「だーかーらー、先輩は間が悪いんですよ。サードがトンネルしたの、先輩のせいですからね」

 アカネの解説によると、痛烈な当たりを3塁手がり損ねたらしい。これで、3対1と点差が広がってしまった。

「厳しいよなぁ。こっから3点取らないと勝てないのか」

 7回表は、その後の1、3塁のピンチを三振と内野フライ、また三振で切り抜けた。しかしこの1点は大きい。ギガントパンサーズの今シーズンの打力を考えると、ランナーのいる状態で四番の伊月選手と助っ人外国人モーガンに回せばワンチャン……というところだ。

 7回裏は四番の伊月選手からの打順だが、155キロのストレートを投げる千藤投手の前に、あっさりと三者凡退。

 まるでダイジェストを見せられているようなテンポで、8回も両チームがランナーすら出せず。9回の表には、予想外のピッチャーがマウンドに上がる。

「えっ。ここで守護神ですか?」
「前回登板が、唯一の勝ちゲームの時だったから、調整登板なんじゃないかな。9回裏に追いついて延長戦になるとは思ってないんだろ」
「ハァ……もう諦めてるんですかね。1人でも塁に出れば伊月選手に回るのに」
「どうかなぁ。逆に、1点もやらないで、サヨナラに賭けてるのかも」

 そう言っているサトルも、なかば諦めの心境だったりする。しかし野球は最後の一球まで分からないスポーツだ。とにかく、9回表をしっかり抑えて欲しいと思いつつ、美味しいコーヒーをすする。

 2アウト、次のバッターの千藤投手のところで、代打が告げられた。9回裏は敵チームのストッパー、高速スライダーを持つ左腕が出てくるようだ。
 代打は平凡なライトフライに倒れ、ついに9回裏だ。

「千藤投手より打ちやすいんじゃないですか? 特に、伊月選手は」
「そうだけど、今、あの投手は防御率0点台で、まだ今シーズン負けなしだよ」

 それでもアカネは、大声で声援を送る。
 その声が届いたのかどうか分からないが、先頭バッターはセンター前ヒットで出塁した。

 次のバッターはエンドランで内野ゴロ、進塁打にはなったが、ワンアウト2塁で、三番打者。このバッターが出れば、試合は面白くなる。

 アカネもサトルも、声を出して、気持ちをグラウンドへ届ける。
 際どいコースがボール判定され、ストレートのフォアボール。1、2塁で、ホームランが出れば逆転サヨナラの場面となった。

「ちょっと、先輩! これはあるんじゃないですか?!」
「打ってくれー。頼むぞ、一昨年おととしのホームラン王!」

 四番の伊月選手が3塁コーチを見ながら、ゆっくりと打席に入る。小細工無しの勝負だ。

 初球、アウトコースのストレートをタイミング良く弾き返し、スタジアムがどよめくも、ポール近くまで飛んだ打球はファウルとなった。

 2球目、決め球のスライダーをここで惜しげもなく使ってくる。フルスイングのバットは空を切る。そして、ランナー2人は盗塁を仕掛けており、変化球を落としたキャッチャーは投げられず、ワンアウト2、3塁となった。

「エンドランかぁ。思い切ったことするよな」
「なんかもう、やぶれかぶれって感じですね。でも大チャンスですよ。ヒットで同点になるかも」

 キャッチャーのサインにうなずいた投手が、投球動作に入る。
 サトルも、アカネも、手を組んで何かに祈りながら、しっかりとボールの行方ゆくえを見つめる。

 投手の手から離れたボールは、真っ直ぐの軌道で、伊月選手の振り抜いたバットにぶつかっていく。

 弾き返されたボールは、大きな弧を描いて高々と舞い上がり……。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 駅の改札で、アカネは振り返り、サトルに手を振る。

「今日は、急に呼び出してすいませんでした。あと、駅が逆方向なのに、送ってもらってありがとうございました」
「いやいや、楽しかったよ、ホントに。こちらこそ、ありがとうございました」

 ICカードを改札機にかざし、少し歩いて、アカネはもう一度振り返る。

「今度は勝ち試合が観れるといいですね。やっぱり、悔しいです」

 サトルは、ぎこちなく微笑みながら返す。

「そうだな。どんだけ弱くても3割くらいは勝てるらしいから、そのうち勝てるんじゃないかな」
「さっき言ってた、バタフライなんとかっていうので、どうにかしてくださいね。じゃあ、また」

 そう言って、アカネはホームの人混みの中に消えて行った。

 サトルは、トボトボと歩きながら、溜息をいた。
 負けて悔しいのは同じだ。最後……伊月選手の打球は、ホームランかと思ったが、角度がつきすぎてライトフライになった。そしてライトは強肩。それほど浅いフライではなかったが、3塁ランナーのタッチアップが少し遅れて、あえなくホームでタッチアウト。

 贔屓ひいきのチーム、ギガントパンサーズは1勝14敗1引き分け。
 最悪のチーム状況は、改善されるのか。そして、サトルは新しいバタフライ・エフェクトを考え出せるのか。

「やっぱりスポーツバーかな……。また、ミカさんを誘ってみるか」

 サトルの独り言は、街灯と街灯の間の夜の闇にむなしく吸い込まれていった。
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