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第1話 試合を観なければ勝てるのでは?

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『ギガントパンサーズ、9回裏もノーアウト満塁のチャンスを活かせませんでした! 本日13残塁、これで開幕から5連敗です!』

 32インチのディスプレイを前に、サトルは呆然と立ち尽くす。贔屓ひいきのチームが3対2で負けた。12安打で2点……。

 缶に残ったビールを飲み干して、カラの缶を握り潰す。

「ハァ……。オープン戦は調子良かったのになぁ」

 彼の贔屓ひいきのプロ野球チームであるギガントパンサーズは、2年前にソシャゲの会社がテレビ制作会社から買い取り、オーナーになった新興チームだ。
 最初の年は圧倒的な弱さでリーグ最下位。昨年は大リーグから移籍した助っ人外国人が活躍して、途中まではトップ争いをしていたが、梅雨明けとともにケガ人が増えて負け始め、結局4位でシーズンを終えた。

 今年は、別のリーグとの大型トレードで四番バッター候補、伊月いつき清十郎せいじゅうろうを補強した。3月のオープン戦では、伊月選手がホームランを5本打ち、チームは暫定1位となった。
 そのため、サトルは伊月選手の名前入りのタオルや団扇うちわをネットで購入して、開幕戦は会社を17時30分に定時退社して颯爽さっそうと帰宅し、アパートの部屋の中、タオルを羽織り、正座をして観戦した。

 開幕戦から5試合、惜しい試合が続いた。
 3点取ればピッチャーが崩れて4点取られて負けた。ピッチャーが完全試合未遂をすれば、9回まで1点も取れずに、結局フォアボールからのサヨナラヒットで負けた。今日は、単打ヒットが出るも、満塁の状況でワザとかと思うほどに打てなかった。一方、相手チームは2安打だがスリーランホームランひとつで逆転勝ちだ。
 とにかく、全てが噛み合わない。ひと昔前に、噛み合わない会話のコントが流行ったが、そのコントくらい全く噛み合わない。コントは笑えるが、贔屓ひいきのチームが負けては笑えない。

 サトルは考える。

 バタフライ・エフェクトかも知れない。「風が吹けば桶屋が儲かる」の地球版だ。何か些細なことが影響して、贔屓ひいきのチームが負け続けている。きっとそうだ。

 ならば、自分はどうすれば良い? この5連敗中に、いつもしていたこと……。

「僕が観てると、負けるのか……?」

 サトルはひとつの天啓てんけいを授かった気がした。
 そう。観なければ、勝てるのかも。四番の伊月選手がホームランを打てなくなったのも、昨年活躍した元大リーガーが併殺ゲッツーだらけなのも、全て、サトルが試合を観ているからなのだ。

 彼は、静かに決意をする。

「明日は、試合を観ないぞ……!」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 日曜日、本来ならば、14時のプレイボールに向けて、午前中は集中力を高めるためにランニングをしている。自分がプレイするわけではないが、これは昨年から続けている儀式のようなものである。
 今日は野球を観ないと決めているので、図書館におもむく。たまには小説でも読んで、気を紛らわせようと思ったのだ。

 平日は社内SEというか、ヘルプデスクの仕事をしている。パソコンのことで他のフロアに手助けに行ったり、内線やグループウェアで質問を受けて答える、そんな業務だ。
 できれば、今日は仕事に関係することも、野球に関係することも、視界に入れたくない。サトルは小説の並ぶ棚をぐるりと回り、1冊のミステリーを手に取った。

 パラパラと内容を軽く確認してみる。
 ……球場での密室殺人……だと?

 サトルは何も見なかったことにして、本を棚に戻した。

 もう一度、棚を見て回ろうとした時、ラウンジで暇そうなおじいさんが、スポーツ新聞を広げていた。一面記事には、昨日のギガントパンサーズの「13残塁」「開幕5連敗」の文字がデカデカと掲載されていた。

 なんだかしょんぼりして、サトルは図書館をあとにした。

 ネパール人の働くインドカレー屋でナンとチキンカレーのセットを食べ、アパートへ帰った。
 まだ13時30分。やっぱり14時からの試合を観ようか。

 ……いやいや、バタフライ・エフェクトだ。観たら負ける。そんな気がする。

 サトルは、ディスプレイに接続した端末で、映画サブスクのサービス画面を呼び出す。リモコンを操作して、なるべく長く観られる、それでいて、野球とか仕事とか関係ない映画を探す。

「あー、この映画、まだ3作目観てないなー」

 独りでわざとらしくつぶやく。刻一刻こくいっこくと迫るプレイボールの時間のことを忘れるかのように、彼はその映画を再生した。

 そういえば、試合を観る時のためにビールを冷やしてたな、と思い出した。ビールを飲みながら映画鑑賞というのも悪くないな。映画の内容がバイオレンス・アクションなだけに、酔いながら何も考えずに観るのも良いのではないか。
 冷蔵庫から500mlのビール缶を取り出し、独りには十分すぎるほど広い二人掛けのソファにもたれてフタを開ける。プシュッと爽快な音がして、少し泡が出てくる。
 ひと口、ふた口と飲むと、喉をホップの香りが通り過ぎていく。幸せだ。

 映画は、最初の15分間が肝心だと思っている。いわゆる「つかみ」ってやつで、このシリーズは毎回キッチリと最初に豪快なアクションシーンで楽しませてくれる。今日のチョイスは大正解だ。

 ビールをちょこちょこ飲みながら、ゆったりと映画を楽しんでいると、スマホの通知音が再生された。少し驚いて、通知を確認する。

『4対2! 激アツの試合だよ!』

 サトルはスマホの電源を切った。

 ……しまった。大学時代のサークルの後輩で、女友達のアカネだ。彼女もギガントパンサーズのファンで、今日は彼氏とスタジアムに観戦に行くって言っていたな。

 というよりも、まだ試合開始から20分程度しか経っていないのに、なんでもうそんなに点が入っているんだろう。しかも、どっちがリードしてるんだ?

 サトルは考えてみる。アカネがわざわざメッセージを寄越よこすということは、勝っている可能性が高い。タイミングからしても、2点を取られて意気消沈していたところに、4点取って逆転したことで興奮して、あの文章なのではないだろうか。

「……っと、イカンイカン。完全に映画を観忘れてた」

 リモコンを操作して、通知音がしたあたりまで映画のシーンを戻す。

 だが待てよ。20分で4点なら、まさか、伊月選手が満塁ホームランを打ったのではないか?
 可能性はある。今日はギガントパンサーズの本拠地での試合だから、推理が正しければ1回裏に4点を、短時間で取っているのだ。

 そこでサトルは思う。バタフライ・エフェクトは未来の結果を変えるものだろう。既に発生した過去、つまり、事実を確認するくらいなら良いのではないだろうか。ちょっとだけ、何があったか見てみるか。

 かたわらにあるノートパソコンを開き、ブラウザで検索サイトのトップページをスクロールする。

「4対3になってる……!」

 サトルはすぐにノートパソコンを閉じた。
 とりあえず、ギガントパンサーズが4点でリードしているのは分かった。だが、アカネの情報の後でもう1点取り返されてるじゃないか。
 確か、一瞬見えたのは「2回表」という表示だった。これは乱打戦になりそうだ。

 ……じゃなくて、映画、映画。

 サトルは映画を再生した。しかし、やはり試合の行方が気になる。映画の主人公が敵をショットガンで撃つのを観ながら、心はスタジアムに向いていた。

「俺は観ないぞ……。今日は、絶対に観ない」

 贔屓ひいきのチームの試合を最後まで観るために、月額高めのスポーツのサブスクにも入っているが、今日はとにかく観ないったら観ないのだ。

 集中するような内容の映画でもないが、ビールを飲みつつ映画に集中する。

 そして、ついに主人公は最後に、刀を振り回して変な日本語を喋る東洋人を倒した。シリーズはまだ続くようで、映画は思わせぶりなシーンで終わり、エンドロールが流れる。

 壁掛けのデジタル時計を見ると、16時40分になっていた。
 まだ油断は出来ない。最近の試合は3時間で終わらないこともザラだ。まだ野球の情報に触れるわけにはいかない。

 サトルはベランダに出る。アパートの3階から、それほど綺麗でもない街の景色を眺める。もう、遠くの空はオレンジ色が入り始めていた。これから一気に夕暮れになるのだろう。

 大きく伸びをしていると、カラカラと戸の開く音がした。隣の人もベランダに出てきたのだろうか。

 隣の部屋とこちらを隔てる薄い壁の横から、ひょっこりと金髪で長髪のお姉さんが顔を出した。顔立ちは整っているが、化粧をしていないからか、眉毛がほとんど見えない。片手にタバコを持ち、もう片方の腕はベランダの手すりに肘を乗せている。

「ねえアンタ、今日の試合、観てなかったの?」

 突然そうかれ、サトルはビクッと肩をすくめる。

「み、観てないですけど、なんで……ですか」

 彼女は、コロコロと笑い、笑顔のままで言う。

「だって、いっつもめちゃくちゃ叫んでんじゃん。アンタの声で試合の様子が分かるから、あたしは観てなかったんだ。今日はアンタが叫んでないから、気になって、試合観ちゃったよ」

 ……ということは、試合は終わった?

「まあ、知ってると思うけど、4対5でギガントパンサーズが負けたよね。先発を降ろすのが早すぎ。100球も投げてなかったのに、何考えてんだか」

 サトルはがっくりとベランダに膝をつく。
 どうやら、サトルが試合を観ているかどうかは関係なかったようだ。いや、待てよ。試合を観て叫ばなかったことで、隣のお姉さんが普段観ないのに今日に限って観てしまった。それがバタフライ・エフェクトを引き起こして、負けてしまったのではないか。
 ……つまり、観ていれば、勝っていた説。

「大丈夫? 贔屓ひいきのチームが負けたくらいでショック受けてたら、疲れない?」
「いや……。今日は壮大な実験をしたんですけどね。どうやら、僕は間違った行動をしていたみたいです」
「ああ、今年のギガントパンサーズを応援するのは、愚の骨頂かもね。ありゃ勝てないわ」

 なんとでも言ってくれたまえ。必ず、必ず勝てる方法を見つけてみせる。
 サトルは、拳を握り、沈みゆく夕日へ差し出して誓った。

「絶対に、勝ちパターンを見つけてやるからな。待ってろよ、ギガントパンサーズ!」

 隣のお姉さんが、腹を抱えて盛大に笑い転げていた。
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