Emotion

川上風花

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1本の缶コーヒー

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 自分ではそう意識してるつもりなかったけど、
 かなり気を張っていたんだろう ――
 
 定時が来た途端、グッと疲れが押し寄せた。
 
 

「―― もー、ヘトヘトだよぉ……」

 自分にしか聞こえない程度の声で呟きながら、
 エレベーターホール脇の自販機コーナーへ
 ヨロヨロと歩いて行く ――。
 
 各フロアーのエレベーター脇に
 こんな自販機コーナーが設けられている他、
 最上階の展望フロアーにはそこでちょっとした
 チープディナーも出来るか? 
 と思える程の色々な自販機が揃っている。
 
    
「―― 大丈夫かぁ?」


 突然、後ろから声をかけられた。
  
 振り返ると同時に、
 ボスから缶コーヒーを手渡された。
  
 いつも私が飲んでる銘柄のヤツ……。
 
 あ ―― 何気なにげに嬉しい。 

  
「ま、だいじょぶです」

「あんまし根詰め過ぎてると、
 そのうちパンクしちまうぞ。適度に力を抜け。
 無理すんなよ~」
 
 
 キラキラ笑顔が飛び込んできた。
  
 勤務中のあまり愛想がない時とのギャップが……
 タイミング良すぎて……眩しすぎて……心臓が、
 ドッキン ドッキン 騒ぎ出す……。
  
 こんな時、こんなの反則だよ……。
  
 立ち去っていくボスの後ろ姿を缶コーヒー握りしめ、
 思わずじっと見つめてしまっていた。
  
  
 ***  ***  ***
 
 
「―― さっき、各務社長から缶コーヒー貰ってた
 でしょ」


 席へ戻ると早速、長谷川麻紀はせがわ まき
 ”待ってました!”とばかりに、声をかけてきた。
  
 彼女、コスモグループ本社大阪支部から研修で来ている。

 年はタメだけど入社したのは私より2年早いので一応先輩。
  
  
「うん、貰ったけど」

「クールビューティ・各務から缶コーヒーって
 凄すぎっ! もしや、コスモ企画で初のお気に入り
 確定なんとちゃう?」
 
「んな、大げさな……彼は私のあまりに余裕なさに
 呆れて、見るに見かねただけだよ」
 
「意外と悠里のその超鈍感、ドジっ子ぶりにヤラれた
 のかもよ~」


 やけに楽しそうに、麻紀ちゃんは続ける。
  
  
「けど、くれぐれも気を付けなさいよ? 
 社長狙ってる女子はかなりいるんやから」
 
 
 出たっ! これが社内スキャンダルってやつ?
  
  
「アハハハ ―― 私はこんなだから心配ないよ」

「ううん! 悠里って、そこいらの女子より
 ずっと可愛いし女子力あるし。絶対各務社長の
 射程範囲だと思うよ」


 麻紀ちゃんの言葉を頭の中にとどめていたのは
 ほんの束の間。
 
 すぐに私は目の前の仕事に忙殺され
 いっぱい・いっぱいになっていった。
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