『ギブ・アンド・テイク（Give and take）』

１４ 大衆食堂゛和泉屋゛

　父・絢治の遺品整理と弔問客への香典返し、その他諸々の細かい仕事を済ませたあと、継母・ナツさんは父の後任の゛代表取締役社長゛にと打診されたそうだが自分はそんな器じゃないと断り、あれほど守る事に執着していた和泉家の家屋と敷地全部を売却して、地元・葛飾に大衆食堂をオープンした。
　
　あの２人（ナツさんと茉莉江）とは色々衝突もあったけど、最後の最後で分かり合え、時々お店・和泉屋に顔を出し、余裕がある時は手伝ったりもしている。
　
　

「いらっしゃいませ　――　って、何だ絢音なの」


　店内へ入ると、美波と咲夜は先に着いていた。


「やっほー。久しぶり」


　私ら３人のテーブルに、お冷を運んで来た銀色のトレーが私の後頭部を直撃した。


「っっ　――　ったいなぁ！！　何すんのよー」

「いらっしゃい、あや……」


　口角を上げたまま半眼でニュウと顔を突き出したナツさんに睨まれ、私は不貞腐れながらも返事を返す。


「どーも」


　フフン――と、私を一瞥してカウンターに戻るナツさんを見送って、咲夜がクックッと含み笑う。


「相変わらずだね、ナツさん」

「ったく……孫が生まれて余計に強くなったみたい」

「これぞ　”母は強し”　よ」

「彼女は、このご近所で最強だもん」


　この話は父が亡くなったあと聞いた事なんだが。
　
　ナツ統括、その昔レディースに入りバイクをブッ放して傍若無人の限りを尽くし、散々ご両親を泣かせていたそう。　　

　あー……人は見かけによらないって、ホントだ。
　
　
　そして父の死後、疎遠になっていた間、起こった出来事が茉莉江が調理師になった事と……。
　
　
「コラ、さくら！　遊びに行く前に宿題済ませちゃいなさい」


　厨房の方から飛び出して来た可愛らしい女の子（さくら）に向かって、厨房の中にいる茉莉江から声が飛んだ。　　


「えーっ。でも、お父さんはちゃんとやるなら帰ってからでもいいって言ったよ」


　厨房のカウンターからコックコート姿の茉莉江が顔を出し、その後ろには同じくコックコートを着た手嶌さんの姿も見える。
　
　そうです。どんな経緯でこういう関係に至ったか？　詳しくは分からないけど、手嶌さんと茉莉江が結婚しさくらちゃんが生まれた、というワケ。
　

「あー、嘘つくとさくらのお鼻ピノキオみたいに長～くなっちゃうからね」


　すると、後ろから手嶌さんが、
　
　
「なら、お母さんのお鼻は長～くなり過ぎて折れちゃうな」


　と、言ったので店内が明るい笑い声に包まれたが、茉莉江の不服気でわざとらしい咳払いでシーンとなる。　　

　さくらちゃんは６歳で幼稚園の年長さん。
　
　早生まれなのでもうすぐ小学校に入学となるが、茉莉江は祠堂の初等部にお受験させる気満々なのだ。
　
　幼稚園でのママ友に触発され、まるで競うように有名な知育教室や小学校お受験用の幼児クラスに通わせている。
　
　我々にとっては゛まだ６歳゛だが、茉莉江にとっては゛もう６歳゛なのだ。