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乙女の春
しおりを挟む自宅に帰れば、幼なじみの姫川 清華
が自分を待っていた。
(わ ―― 今日は千客万来)
「やぁ、お待たせしてしまって」
「ううん。穂の華お姉様が新しい桐沢医院の工事の
進み具合を見に行くっておっしゃるから、お伴して
来ただけなの」
清華は小学校3年の全校遠足で代々木公園に
行くまで電車に乗った事もないという程の、
箱入りお嬢様だ。
もちろん、その小学校を含め中学・高校・大学は
全て女子校だった。
その上、家族まで末娘の清華にベタベタ溺愛中の
父親・姫川氏以外は全て女性なので、男に関する
免疫も当然全くない。
そんな清華と倫太朗を、双方の家族達は結婚
させようと画策している。
だけど当の本人達にその気は全然ない。
互いを”兄と妹と同じ”ようにしか認識していない
からだ。
でも、100%純粋培養の箱入りお嬢様にも、
最近 ”乙女の春”が訪れているようで ……
「あ、そうそう、大事な事を言い忘れるとこだったわ」
「んー?」
「実は……倫ちゃんにひとつお願いがあるの」
「うん。俺に出来る事なら何でも言って。力になるよ」
清華からの”お願い”とは ――
「―― ほ~う……口裏合わせ、ねぇ……遂に、
きーちゃんにもそうゆう事をしたいって人が
現れたか」
清華は顔を耳まで真っ赤にして俯いた。
「で、当日は俺と一緒だって事にすればいいだけ
なの?」
「問題はそこなのよ」
「え ――?」
「……実は彼、今仕事の研修で海外に単身赴任
してるの。それで、帰国出来るのが**日の
夜の便で2日後にはとんぼ返りしなきゃいけないの」
「あぁ、なるほど……夜便で帰国じゃ、そう長く一緒に
いられないね」
「だからね……今回だけ、千早さんにも協力して
貰えないかなぁ、って」
「うん……頼んでみるのはいいけど、姉ちゃんの事だ
きっと根掘り葉掘り色んなこと聞かれるよ」
「そのくらいは大丈夫。こう見えても私、けんたろう
さんと出逢ってかなり強くなったのよ」
「へぇ~、彼の名前、けんたろうって言うんだぁ。
偶然だな、うちの兄貴と一緒だなんて」
清華はつい弾みで口を滑らせてしまったのか?
気まずそうな表情になった。
そして倫太朗は名前だけでなく、
研修で海外単身赴任中という所も同じだと、
清華が帰ってから気付いたが……
この時は倫太朗もまさか、
清華の言う”けんたろうさん”が長兄・絢太朗の事だ
とは考えもしなかったのだ。
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