86 / 97
最終章 今が繋がった道の先へ
85 探し物の行方
しおりを挟むお父様は、エイドとエマに向かって、とてもつらそうに言った。
「結局……彼女はそれからすぐに、エイドとエマに看取られながら、亡くなってしまった……」
「亡くなった……」
エマが呟くように言った。
そして、お父様が辛そうに言った。
「エイ―マが亡くなって、エイドとエマの父である伯爵に連絡を取ろうとしたんだが……。
伯爵はすでに命を絶っていた」
父の言葉に、今度は祖父が口を開いた。
「実は、伯爵の話は、隣国で悲劇として残されていてな……。
その話によると、伯爵は、侯爵令嬢との再婚を迫られ、君たちを失い、失意の中、自らの命を絶ったとされている。
劇中では、伯爵は、失踪した妻の美しい髪を見せられて、彼女と子供たちは死んだと告げられた。
伯爵は悲しみのあまり、そのまま自らの短剣で命を絶ったと言われている……」
「え……」
私はあまりにひどい話に、思ず声を上げた。
「その話が本当なのかは、わからない。だが、実際、私が出会った時の、エイ―マの髪は肩くらいまでしかなかったし、伯爵が亡くなったと聞いてからは、エイ―マや、エイドやエマを探しに来る連中は、一切いなくなった……」
私は、エイドとエマを見た。
こんな話を聞かされた2人が心配で仕方なかった。
エイドは、両手を祈るように組むと、お父様に真剣な顔で言った。
「つまり……俺たちの両親は……」
お父様は、一度目をつぶって、それから息を吐きながら目を開けると、エイドを見ながら静かに答えた。
「……もう2人共、この世にはいない」
「……」
誰一人何も、言えなかった。
そんな重苦しい空気の中、お父様が、泣きそうな顔で言った。
「でも……エイ―マは……エイドとエマのことを愛していたよ。……どうしようもない人たちでは……なかった。愛する子供を守るために、全てを捨てられるような凄い女性だったよ……」
お父様の言葉の後に、おばあ様が声を上げた。
「エイちゃん、エマちゃん、ごめんね。貴族に両親を殺されて、自分たちも殺されそうになったなんて、幼い頃に聞いたら、2人の心に傷を作ってしまいそうで……大人になるまでって……話さなかったの」
エマが真っすぐにおばあ様を見た。
「……ありがとうございます。私は、この話を聞くのが、今でよかったと思います」
エイドもお父様と、おばあ様を見ながら言った。
「俺も……今、聞けてよかった。……ありがとうございます」
部屋中に沈黙が流れると、シャロンがエマのところに言って、エマの手を取った。
「エマ。つらかったら言ってね。僕がエマを抱っこするからね」
「シャロン様……」
エマは、泣きそうな顔で笑うと、シャロンをじっと見つめた。
「じゃあ、シャロン様。今日は、私と一緒にたくさんたくさん、お勉強してくれますか?」
「うん!!」
エマは、シャロンとぎゅっと、手を繋ぐと、みんなに「失礼致します」と言って、部屋を出た。
今、エマはシャロンと一緒にいることが一番いい気がして、私たちは黙って2人を見送ったのだった。
☆==☆==
それから、おじい様とおばあ様は、王都の知り合いに会うと言って、出掛けて、お父様は仕事に出掛けた。
そして、私は、エイドと一緒に朝食のお皿を洗っていた。
カシャカシャカシャカシャ。
何を言ったらいいのかわからなくて、私は無言でエイドが洗ったお皿を拭いた。
カシャカシャとエイドの食器を洗う音だけが辺りに響いていた。
食器の後片付けが終わると、エイドが小声で言った。
「お嬢……馬に乗って花の丘にでも行きませんか?」
「行くわ!!」
私は、思わず大きな声を出してしまった。
すると、あまりに真剣な私の顔を見て、エイドが困ったように笑った。
「はは、そんなハッキリと返事してくれてありがとうございます。……では、行きますか?」
「ええ」
こうして私は、エイドと一緒に家を出た。
「お嬢、さぁどうぞ」
「ええ」
私はエイドに抱き上げられて、馬の背中に乗せてもらった。エイドは、いつものように、私を前に抱えるように馬を走らせてくれた。
花の丘はそれほど遠くはない。
だが、この時の私には、この道のりが、遠く感じたのだった。
☆==☆==
花の丘に着くと、エイドが木に馬を繋いた。
ここは少しだけ高台になっていて、様々な種類の花が咲く場所だった。
この場所のことを、私たちは『花の丘』と呼んでいるのだ。
「ふぁ~~ここに来るのも久しぶりですね」
エイドが空に手を伸ばしながら言った。
「そうね……」
小さい頃は、ここに咲く花をお茶にするためによく取りに来ていた。
でも、学院が始まってからは、ほとんど来なくなっていた。
目を閉じると、鳥の鳴き声が聞こえ、風が渡って行くのを感じた。
「昔、お嬢と一緒に読んだ『幸福の鳥を探しに行く』って話、覚えてますか?」
私は、目を開けると、急いでエイドを見ながら返事をした。
「ええ」
その話は、幼い頃に、エイドやエマに、何度も読んでもらった。男の子と女の子は、幸福の鳥を探すために旅にでたが、その幸福の鳥は、その子たちの家の中にいた、という話だったはずだ。
エイドは、私を正面から見て、困ったように言った。
「俺、ずっと怖かったんだと思います。本当のことを知るのが……。だからずっと逃げて……。
でも、お嬢が真剣に母親を探そうって言ってくれて、ようやく、気持ちが決まったんです」
そして、エイドは私を見て、柔らかく笑った。
「ありがとうございます。お嬢」
「エイド……」
まるで、エイドの瞳に吸い込まれてしまいそうなほど、エイドの瞳から目を離せなかった。
「『愛してる』……」
「え?」
エイドが呟いた言葉に、私は目を大きく開けた。
「お嬢、俺は……『愛してる』って言葉の意味が、ずっとわからなかったんです。あと『好き』って言葉も……どちらの言葉も、口にしたら消えてしまいそうで、ずっと怖かった……」
私はそれを聞いて、胸が痛くなった。
それは私も同じだったからだ。
ハンスに幼い頃からずっと言われた言葉だが、ハンスは簡単に私を手放した。
『愛してる』も『好き』も簡単に私の手から零れ落ちて消えてしまったのだ。
だから、私も『愛してる』とか、『好き』だとか、いつか消えてしまう呪文になる気がして、怖いと思っていた。
エイドは私から目を離すと、隣に立って、花の丘から見える景色を見ながら言った。
「でも、先程、旦那様から、母親の話を聞いて……気づいたんです。
『愛してる』も『好き』気が付いたら、すでに自分の中に、あるものなのかなって」
「すでにある?」
「ええ」
エイドは、先ほどと変わらず景色を見ながら、嬉しそうに笑った。
その横顔は、壮絶に美しいと思った。
「誰かのことが大切だと、守りたいと、側にいたいと、その想いが、もうすでに――『愛してる』っていうことなのかって思いました」
「大切、守りたい、側にいたい……?」
「ええ。だから『愛してる』なんて感情を無理に探す必要も、知ろうとする必要もない。
すでに今、持っている感情が『愛してる』とか『好き』なんだと思いました」
「今、持っている感情?」
私は、そう言われて、はっとした。
ハンスに婚約破棄をされた時、私は、ハンスに対して『好きでした……』と思ったのだ。
つまり、私はすでに、婚約破棄を受け入れた時には、ハンスへの想いを過去にしていたのだ。
――では、今は?
過去の感情ではなく、今の感情は――?
私は、先ほどのエイドの言葉を思い出した。
『誰かのことが大切だと、守りたいと、側にいたいと、その想いが、もうすでに――『愛してる』っていうことなのかって思いました』
大切だと。
守りたいと。
側にいたいと……。
私はその感情をすでに持っている……。
「お嬢?」
そんなことを考えていると、エイドに話かけられた。
じっと、エイドを見つめると、エイドと目が合ったので、私はエイドを見つめたまま言った。
「ありがとう、エイド……私も……私も前に進めそう……」
突然、エイドが泣きそうな顔をして、呟いた。
「お嬢……今だけ、抱きしめてもいいですか?」
私は、首を縦に振ることで返事をした。
すると、身体中にあたたさを感じた。幼い頃から、私は何度このあたたさに救われてきたのだろうか?
私は、そのまましばらく、エイドの胸の中にいたのだった。
☆==☆==
カツカツカツカツ。
王宮内の廊下に、甲冑の音が響き渡った。
廊下を足早に進む男のただならぬ様子に、皆は自然に道を開けた。
コンコンコンコン!!
「陛下、ナーゲルです」
騎士団長であるナーゲル伯爵が、謁見の間の扉を開いた。
「どうぞ、騎士団長、陛下がお待ちです」
「ああ」
護衛の騎士が、謁見の間の扉を開けると、騎士団長は陛下の前まで歩いて行き、跪いた。
「お呼びでしょうか? 陛下」
「ああ、待っていたぞ、騎士団長」
顔を上げた騎士団長の目の前には、眉間にシワを寄せた国王陛下とサフィールが立っていたのだった。
57
お気に入りに追加
2,315
あなたにおすすめの小説
あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?
りこりー
恋愛
公爵令嬢であるオリヴィア・ブリ―ゲルには幼い頃からずっと慕っていた婚約者がいた。
彼の名はジークヴァルト・ハイノ・ヴィルフェルト。
この国の第一王子であり、王太子。
二人は幼い頃から仲が良かった。
しかしオリヴィアは体調を崩してしまう。
過保護な両親に説得され、オリヴィアは暫くの間領地で休養を取ることになった。
ジークと会えなくなり寂しい思いをしてしまうが我慢した。
二か月後、オリヴィアは王都にあるタウンハウスに戻って来る。
学園に復帰すると、大好きだったジークの傍には男爵令嬢の姿があって……。
***** *****
短編の練習作品です。
上手く纏められるか不安ですが、読んで下さりありがとうございます!
エールありがとうございます。励みになります!
hot入り、ありがとうございます!
***** *****
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました
四折 柊
恋愛
セリーナは結婚式の前日に婚約者に「他に愛する人がいる」と告げられた。うすうす気づいていたがその言葉に深く傷つく。それでも彼が好きで結婚を止めたいとは思わなかった。(身勝手な言い分が出てきます。不快な気持ちになりそうでしたらブラウザバックでお願いします。)矛盾や違和感はスルーしてお読みいただけると助かります。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる