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最終章 今が繋がった道の先へ

85 探し物の行方

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 お父様は、エイドとエマに向かって、とてもつらそうに言った。
 
「結局……彼女はそれからすぐに、エイドとエマに看取られながら、亡くなってしまった……」

「亡くなった……」

 エマが呟くように言った。
 そして、お父様が辛そうに言った。

「エイ―マが亡くなって、エイドとエマの父である伯爵に連絡を取ろうとしたんだが……。
 伯爵はすでに命を絶っていた」

 父の言葉に、今度は祖父が口を開いた。

「実は、伯爵の話は、隣国で悲劇として残されていてな……。
 その話によると、伯爵は、侯爵令嬢との再婚を迫られ、君たちを失い、失意の中、自らの命を絶ったとされている。
 劇中では、伯爵は、失踪した妻の美しい髪を見せられて、彼女と子供たちは死んだと告げられた。
 伯爵は悲しみのあまり、そのまま自らの短剣で命を絶ったと言われている……」

「え……」

 私はあまりにひどい話に、思ず声を上げた。

「その話が本当なのかは、わからない。だが、実際、私が出会った時の、エイ―マの髪は肩くらいまでしかなかったし、伯爵が亡くなったと聞いてからは、エイ―マや、エイドやエマを探しに来る連中は、一切いなくなった……」

 私は、エイドとエマを見た。
 こんな話を聞かされた2人が心配で仕方なかった。

 エイドは、両手を祈るように組むと、お父様に真剣な顔で言った。

「つまり……俺たちの両親は……」

 お父様は、一度目をつぶって、それから息を吐きながら目を開けると、エイドを見ながら静かに答えた。

「……もう2人共、この世にはいない」

「……」

 誰一人何も、言えなかった。
 そんな重苦しい空気の中、お父様が、泣きそうな顔で言った。

「でも……エイ―マは……エイドとエマのことを愛していたよ。……どうしようもない人たちでは……なかった。愛する子供を守るために、全てを捨てられるような凄い女性だったよ……」

 お父様の言葉の後に、おばあ様が声を上げた。
 
「エイちゃん、エマちゃん、ごめんね。貴族に両親を殺されて、自分たちも殺されそうになったなんて、幼い頃に聞いたら、2人の心に傷を作ってしまいそうで……大人になるまでって……話さなかったの」

 エマが真っすぐにおばあ様を見た。

「……ありがとうございます。私は、この話を聞くのが、今でよかったと思います」

 エイドもお父様と、おばあ様を見ながら言った。

「俺も……今、聞けてよかった。……ありがとうございます」

 部屋中に沈黙が流れると、シャロンがエマのところに言って、エマの手を取った。

「エマ。つらかったら言ってね。僕がエマを抱っこするからね」

「シャロン様……」

 エマは、泣きそうな顔で笑うと、シャロンをじっと見つめた。

「じゃあ、シャロン様。今日は、私と一緒にたくさんたくさん、お勉強してくれますか?」

「うん!!」

 エマは、シャロンとぎゅっと、手を繋ぐと、みんなに「失礼致します」と言って、部屋を出た。
 今、エマはシャロンと一緒にいることが一番いい気がして、私たちは黙って2人を見送ったのだった。


☆==☆==


 それから、おじい様とおばあ様は、王都の知り合いに会うと言って、出掛けて、お父様は仕事に出掛けた。

 そして、私は、エイドと一緒に朝食のお皿を洗っていた。

 カシャカシャカシャカシャ。

 何を言ったらいいのかわからなくて、私は無言でエイドが洗ったお皿を拭いた。
 カシャカシャとエイドの食器を洗う音だけが辺りに響いていた。

 食器の後片付けが終わると、エイドが小声で言った。

「お嬢……馬に乗って花の丘にでも行きませんか?」

「行くわ!!」

 私は、思わず大きな声を出してしまった。
 すると、あまりに真剣な私の顔を見て、エイドが困ったように笑った。

「はは、そんなハッキリと返事してくれてありがとうございます。……では、行きますか?」

「ええ」

 こうして私は、エイドと一緒に家を出た。

「お嬢、さぁどうぞ」

「ええ」

 私はエイドに抱き上げられて、馬の背中に乗せてもらった。エイドは、いつものように、私を前に抱えるように馬を走らせてくれた。
 花の丘はそれほど遠くはない。
 だが、この時の私には、この道のりが、遠く感じたのだった。



☆==☆==




 花の丘に着くと、エイドが木に馬を繋いた。

 ここは少しだけ高台になっていて、様々な種類の花が咲く場所だった。
 この場所のことを、私たちは『花の丘』と呼んでいるのだ。

「ふぁ~~ここに来るのも久しぶりですね」

 エイドが空に手を伸ばしながら言った。

「そうね……」

 小さい頃は、ここに咲く花をお茶にするためによく取りに来ていた。
 でも、学院が始まってからは、ほとんど来なくなっていた。

 目を閉じると、鳥の鳴き声が聞こえ、風が渡って行くのを感じた。

「昔、お嬢と一緒に読んだ『幸福の鳥を探しに行く』って話、覚えてますか?」

 私は、目を開けると、急いでエイドを見ながら返事をした。
 
「ええ」 

 その話は、幼い頃に、エイドやエマに、何度も読んでもらった。男の子と女の子は、幸福の鳥を探すために旅にでたが、その幸福の鳥は、その子たちの家の中にいた、という話だったはずだ。

 エイドは、私を正面から見て、困ったように言った。

「俺、ずっと怖かったんだと思います。本当のことを知るのが……。だからずっと逃げて……。
 でも、お嬢が真剣に母親を探そうって言ってくれて、ようやく、気持ちが決まったんです」

 そして、エイドは私を見て、柔らかく笑った。

「ありがとうございます。お嬢」

「エイド……」

 まるで、エイドの瞳に吸い込まれてしまいそうなほど、エイドの瞳から目を離せなかった。




「『愛してる』……」




「え?」

 エイドが呟いた言葉に、私は目を大きく開けた。
 
「お嬢、俺は……『愛してる』って言葉の意味が、ずっとわからなかったんです。あと『好き』って言葉も……どちらの言葉も、口にしたら消えてしまいそうで、ずっと怖かった……」

 私はそれを聞いて、胸が痛くなった。
 それは私も同じだったからだ。
 ハンスに幼い頃からずっと言われた言葉だが、ハンスは簡単に私を手放した。

 『愛してる』も『好き』も簡単に私の手から零れ落ちて消えてしまったのだ。
 だから、私も『愛してる』とか、『好き』だとか、いつか消えてしまう呪文になる気がして、怖いと思っていた。

 エイドは私から目を離すと、隣に立って、花の丘から見える景色を見ながら言った。


「でも、先程、旦那様から、母親の話を聞いて……気づいたんです。
 『愛してる』も『好き』気が付いたら、すでに自分の中に、あるものなのかなって」

「すでにある?」

「ええ」

 エイドは、先ほどと変わらず景色を見ながら、嬉しそうに笑った。
 その横顔は、壮絶に美しいと思った。

「誰かのことが大切だと、守りたいと、側にいたいと、その想いが、もうすでに――『愛してる』っていうことなのかって思いました」

「大切、守りたい、側にいたい……?」

「ええ。だから『愛してる』なんて感情を無理に探す必要も、知ろうとする必要もない。
 すでに今、持っている感情が『愛してる』とか『好き』なんだと思いました」

「今、持っている感情?」

 私は、そう言われて、はっとした。
 ハンスに婚約破棄をされた時、私は、ハンスに対して『好きでした……』と思ったのだ。
 つまり、私はすでに、婚約破棄を受け入れた時には、ハンスへの想いを過去にしていたのだ。


――では、今は?

 過去の感情ではなく、今の感情は――?


 私は、先ほどのエイドの言葉を思い出した。

『誰かのことが大切だと、守りたいと、側にいたいと、その想いが、もうすでに――『愛してる』っていうことなのかって思いました』

 大切だと。
 守りたいと。
 側にいたいと……。

 私はその感情をすでに持っている……。

「お嬢?」

 そんなことを考えていると、エイドに話かけられた。
 じっと、エイドを見つめると、エイドと目が合ったので、私はエイドを見つめたまま言った。

「ありがとう、エイド……私も……私も前に進めそう……」

 突然、エイドが泣きそうな顔をして、呟いた。

「お嬢……今だけ、抱きしめてもいいですか?」

 私は、首を縦に振ることで返事をした。
 すると、身体中にあたたさを感じた。幼い頃から、私は何度このあたたさに救われてきたのだろうか? 
 私は、そのまましばらく、エイドの胸の中にいたのだった。



☆==☆==



 カツカツカツカツ。

 王宮内の廊下に、甲冑の音が響き渡った。

 
 廊下を足早に進む男のただならぬ様子に、皆は自然に道を開けた。


コンコンコンコン!!


「陛下、ナーゲルです」

 騎士団長であるナーゲル伯爵が、謁見の間の扉を開いた。

「どうぞ、騎士団長、陛下がお待ちです」

「ああ」

 護衛の騎士が、謁見の間の扉を開けると、騎士団長は陛下の前まで歩いて行き、跪いた。

「お呼びでしょうか? 陛下」

「ああ、待っていたぞ、騎士団長」

 顔を上げた騎士団長の目の前には、眉間にシワを寄せた国王陛下とサフィールが立っていたのだった。




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