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第九章 幸福の足音

79 お披露目式(2)

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 馬車の中で、私は2人にじっと見つめられていた。
 今日はドレスを着ているので、私が真ん中に1人で座り、前にゲオルグとエイドが座っているのだ。

「あの……どうしたの? 2人とも」

 無言で見つめられて、私は居心地が悪くて、2人に尋ねた。
 2人は、はっとすると、エイドは微笑み、ゲオルグは困った顔をした。
 そして、ゲオルグ口を開いた。

「すまない。女性を黙って見つめるなど、失礼だったな。悪気はなかったんだ。ただ、あまりにも美しすぎて、視線が動かせなかったんだ」

「え?」

 私は思わず、頬が熱くなるのを感じた。
 
「悪かった。ところで……やはり、ノイーズ公爵にあの話をするのか?」

 ゲオルグが、片眉を寄せて迷うように尋ねた。

「ええ。機会があれば……こんな時でもなければ、私がノイーズ公爵家の方にお会いすることは、ないから」

 私は、ぎゅっと手を握りながら答えた。

「では、その時は側にいよう」

 ゲオルグが力強く言った言葉を頼もしく思った。

「ありがとう、ゲオルグ」

「いや、いい。もうすぐ着くな……」

 ゲオルグがそう言った瞬間、エイドが鋭い顔をした。
 それを不審に思ったゲオルグが、窓の外に視線を向けると、ゲオルグも顔を曇らせた。

 私の位置からは、2人が何を見ているのかわかなかったが、エイドが、急いで右側だけ馬車のカーテンを閉めた。
 車内にエイドとゲオルグの殺気が漂っていた。

「なぜ……」

 ゲオルグが怒りを含んだ声を出した。

「わかりません」

 エイドも警戒しながら答えた。

「とりあえず、私が対応しよう。私はこの家の人間だ。エイド、絶対にシャルロッテの側を離れるな」

 ゲオルグの言葉にエイドが頷いた。

「はい。では、そちらはゲオルグが、対応をお願い致します」

「ああ」

 2人の尋常ではない緊張感に私は、不安になった。
 でも、きっと2人に理由を聞いては困らせる、直感でそう思った。
 もし、私が知っていた方がいいことだったら。2人は絶対に教えてくれる。
 その2人が理由を言わないのだ。私は、今は無理に聞かないことにした。

 馬車が到着すると、ゲオルグは、執事に私の案内を任せると、どこかへ足早に歩いて行ってしまった。私はその後ろ姿を見送ったのだった。

 それから、わたしたちはランゲ侯爵家の執事に、控室まで案内してもらった。

「この辺りには、本日のご来賓の方々の控室がございます。シャルロッテ様の控室の場所はここから少し離れているのですが、どなたかにお会いする場合のためにご案内致しました」

 始まる前にあいさつをした方が良いのだろうか?
 この辺りは、後でランゲ侯爵と相談した方がいいかもしれない。

「ありがとうございます」

「それでは、シャルロッテ様。控室はこちらでございます」

「はい」

 私が来賓控室前の廊下を歩いていると、とても美しい女性が向こうから歩いて来た。
 執事が頭を下げたので、私も頭を下げた。
 すると女性は立ち止まって、声をかけてきた。

「あなた……もしかして、今日の主役のウェーバー子爵令嬢さん?」

 私は顔を上げて、急いであいさつをした。

「はい。シャルロッテ・ウェーバーと、申します」

 すると女性は妖艶に微笑んだ。
 絶対に高位貴族の方だが、お会いしたことがないので、誰なのかわからない。
 私が戸惑っていると、エイドがにっこりと微笑んだ。

「お初にお目にかかります。ですが、お噂はお伺いしております。本当にお美しいですね、ノイーズ様」

 エイドが、咄嗟に助け船を出してくれた。
 ノイーズ様と言うと、ノイーズ公爵家。つまりこの方は、ノイーズ公爵令嬢のビアンカ様だ。
 年はエカテリーナより、2つ上だと聞いているが、かなり雰囲気のある大人っぽい女性だった。
 
「ありがとう、よく言われるわ。
 ふふふ、でも下手なお世辞で主を助けるなんて、なかなかの忠犬ね……。
 ねぇ、お嬢さん、少しお話しない?」

 どうやら、ビアンカ様とエイドは面識が無いようだった。
 エイドはハワード様の家で、主要な方々の特徴は、お聞きしたと言っていたが、相手を予測して……私が恥をかく前に助けてくれたようだ。

 もしかして、万が一、お名前を間違えても、私の代わりに、自分が処分を受ける気だったのかもしれない。私は、エイドの行動に、胸が詰まりながらも頷いた。

「はい」

 ビアンカ様が歩き出したので、隣を歩くエイドに視線を向けると、エイドが力強く頷いたので、私も頷き返し、先を歩く、ノイーズ公爵令嬢のビアンカ様に着いて行ったのだった。


☆==☆==

 カツカツ。

 その頃、ゲオルグは足早に、屋敷の入り口を出て、門付近に向かった。
 そして、1人の騎士の前に立つと、殺気を含んだ瞳を向けながら尋ねた。

「ハンス・ホフマン。なぜ、お前が……!!
 こんなところで何をしている?
 彼女には、近づくなと言ったはずだが?」

 そう、ゲオルグの目の前に立っていたのは、シャルロッテの元婚約者であるハンス・ナーゲルだった。
 ハンスは姿勢を正して、深く礼をすると、はっきりと答えた。

「本日は任務のため、ここに偶然派遣されました。ですが、屋敷の外の警備に回ります。会場内には入りませんので、ご容赦下さい。また……現在私は、ホフマンの名は名乗っておりません」

 ハンスの言葉にゲオルグが怪訝そうに眉を寄せながら言った。

「警備? 騎士? なぜ学生のお前が……騎士に変装して潜り込んだのではないのか?」

 ハンスは胸元の階級章を提示した。この階級章は決して詐称することは許されない。
 だから、例え忍び込むとしても、階級章などは着けないだろう。
 ハンスは、ゲオルグを真っすぐに見た。

「貴族学院は、すでに辞めました。現在は、王国騎士団第3部隊の副部隊長を任せられております」

「騎士団だと?」

 ゲオルグが片眉を寄せながら言った。
 ハンスは務めて冷静に答えた。

「はい。ランゲ侯爵子息殿。任務ですので、ご容赦下さい。会場のホールには決して入りません。私は庭を担当致します」

 あれからハンスは、学院を辞め、騎士団部内の試験を受けた。
 そして、彼は短期間で、次々と騎士団内の試験に合格し、すでに第3部隊の副部隊長を任せられているのだ。
 
 運命とは残酷なもので、かつてこのパーティーの招待状を奪い取って、ホフマン伯爵家から廃嫡されたハンスは、任務でこのパーティーに来ることになったのだった。

 このパーティーは王族をはじめ、公爵家をはじめとする高位貴族が多く出席する。
 そんなパーティーの警備を騎士団に任せるのは、当たり前のことでもあった。
 だが、まさかその騎士の中にハンスがいるとは、さすがのゲオルグも予測出来なかったのだった。

 ゲオルグは、ハンスから視線を逸らした。

「そうか……では、警備を頼む。――だが、怪し動きをすれば、容赦はしない」

「はい。心得ております。……ランゲ侯爵子息様」

 ハンスはそう答えると、じっとゲオルグを見た。

「なんだ?」

 ゲオルグが怪訝そうな瞳を向けると、つらそうな顔で言った。 

「お手数……お掛け致しました」

 ゲオルグは、ハンスに背を向けると、小声で言った。

「……一度は、彼女の隣に立ったのだろ? 彼女に恥じぬ騎士になるのだな」

 その言葉を聞いたハンスは、はっとして泣きそうな顔で力強く言った。

「そのつもりです」

「そうか」

 ゲオルグは、急いでその場を後にした。
 本当は、『お前は帰れ』と言った方が良かったのかもしれない。
 そうすべきだったのかもしれない。

 だがゲオルグは、ハンスの焦ったような、つらそうにそれでも真っすぐに自分を見るその姿を、昔の自分と重ねてしまった。

 念のために、この警備を責任者である騎士を呼んで、ハンスを絶対に会場内に入れないことを約束させ、シャルロッテの元に戻ったのだった。

☆==☆==

 ゲオルグが、シャルロッテの控室に向かおうとすると、シャルロッテの案内を任せた執事に呼び止められた。

「あの、ゲオルグ様……」

「どうした?」

「実は……」

 執事に耳元で事情を聞いたゲオルグは顔を青くした。

「何? シャルロッテが、ノイーズ公爵家のビアンカ嬢に連れて行かれた? どこにだ?」

「ノイーズ公爵家の控え室にございます」

 執事の言葉にゲオルグは自分の手を握りしめた。

「くっ!! 女性の控室に、主賓でもなく、呼ばれてもいない私が入る訳にはいかない!!
 エイド……シャルロッテを守れよ……!!」

 ゲオルグは、ギリッと奥歯を噛んだのだった。






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