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第六章 選ばれた新たな未来

50 変化した日常

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 ハンスとお別れしてから、私は、学院を2日ほど休んだ。

 婚約破棄を告げられた次の日は、目が腫れていた。
 その日は、とても人前に出れる顔ではなかったので、一日中、目を冷やしながら、ぼんやりと過ごした。
 
そして、次の日は、どうしても学院に足が向かなくて、弟のシャロンに絵本を読んだり、エマとチェスをしたり、エイドと一緒にお菓子を作ったりした。

 そして、婚約破棄を告げられて3日目。
 私は、エイドに送ってもらって、馬車で学院に向かった。これまでは、ハンスが迎えに来てくれていたので、エイドと一緒に学院に行くのは、初めてだった。

「お嬢~~、中に入らないんですか? 折角の個室タイプの馬車なのに……」

「ここで、景色を見ながら風に吹かれていたいの、久しぶりの外が、落ち着かなくて……」

「ふっ、親子ですね~~」

「親子?」

 私が首を傾けると、エイドが小さく笑った後に言った。

「いえ、別に。お嬢、明日は、俺の秘書用の服を買いに行きますからね。エカテリーナ様とのお約束は、明日以外にして下さいね」

「……?  私、エカテリーナと約束する予定はいないけど……」

「いえ、たぶん約束が入ると思いますよ?」

 エイドは私を見て、ニヤリと笑ったのだった。


「ちょっと~~~~シャルロッテ~~大丈夫なの?!」

 教室に入った途端、学年が上のはずのエカテリーナが、私の教室の中から飛び出してきた。

「え、ええ」

「明日、時間ある?」

 エカテリーナが真剣な顔で、私を見て言った。
 私はようやく、先程のエイドの言葉を理解した。

「明日は、ちょっと……」

「じゃあ、今日は? 放課後時間あるかしら?」

「ええ」

「じゃあ、また迎えに来るわ~~」

 エカテリーナは、すぐに教室から出て行った。
 私が教室に佇んでいると、同じクラスの令嬢に「おはようございます。もう体調はよろしいのですか?」と話しかけられ「ええ。ご心配おかけしました」といつもと変わらない会話をしたのだった。

 そう、ハンスとの婚約を破棄したからと言って、何かが変わるわけではなく、皆はいつも通りだった。
――ハンスと一緒に生きるという未来が消えたとしても、今の私の日常には変化がない。それが、少しだけ寂しく思えた。

「おはよう。シャルロッテ」

「おはよう。ゲオルグ」

 私は、振り向いて、いつものようにあいさつをすると、ゲオルグが私のおでこにおでこを付けた。
 
「え? え? 何??」

 こんなことをされたのは、初めてで戸惑っていると、ゲオルグが優しく微笑んだ。

「体調は良くなったようだな」

 これまで、あいさつはしても、必要最低限の関わりしかしてこなかったゲオルグの態度がいきなり変わって、私は戸惑ってしまった。

「あの……ゲオルグ……こんなこと……あなたこそ、大丈夫?」

 これまでの態度と全く違うゲオルグに思わず心の声が出てしまった。

「何も問題はない。もう我慢しなくてもいいしな」

 ゲオルグが、私の手を取った。

「行こう、シャルロッテ、授業が始まる」

「え? ええ?」

 私は、これまでと全く態度が変わってしまったゲオルグに戸惑いながらも、ゲオルグの手をとって席に座ったのだった。




☆==☆==


 同日、同時刻。学院の馬車乗り場付近にて。

 エカテリーナは、シャルロッテに約束を取り付けた後に、馬車乗り場の近くで、ある人物を待っていた。その人物は、エカテリーナを見るなり、手を大きく振りながら近づいてきた。


「エカテリーナ♡ もしかして、私を待っていてくれたの~~~♪」

「サフィール王子殿下、声が大きいですわ。話がございますの」

 エカテリーナの言葉に、サフィールが口の端を上げて、目を細めた。

「じゃあ、個人サロンでも行こうか?」

「ええ」

 学院には、高位貴族が仕事をしたり、人に聞かせたくない話をするための個人サロンがある。
 2人はそこに向かった。まだ、朝ということもあり、この辺りには、誰もいなかった。
 サロンに入ると、サフィールがカギをかけて、ソファーに座った。

「来て、エカテリーナ」

「ええ」

 エカテリーナは、サフィール王子殿下の隣に座った。

「話ってなぁに♡」

 サフィール王子殿下が、首を傾けながら尋ねた。きっともう、内容はわかっているという顔だったが、エカテリーナは、溜息をつきながら言った。

「サフィール王子殿下、もしかして、シャルロッテの婚約破棄は……」

 エカテリーナが口を開くと、サフィールは、エカテリーナの髪を少し取ると髪にキスをしながら言った。

「今は、2人っきりだけど?」

 するとエカテリーナは、小さく息を吐いた。

「ねぇ、サフィール。シャルロッテの婚約破棄、あなたの仕業じゃないわよね?」

 すると、サフィールは、小さく笑いながら言った。

「直接的には違うかな?」

「……直接的には? 一体、何をしたの?」

 エカテリーナが思わず声を上げた。
 すると、サフィールは、エカテリーナの頭を抱き寄せた。

「教えてもいいけど……ご褒美が欲しいな。私のしたことは、結果的に皆が幸福なることだし」

 エカテリーナは、大きな溜息をつくと、目を閉じた。すると、唇に柔らかさを感じた。
 口をこじ開けようとするのを、阻止して、目を開けた。

「約束、聞かせて下さい」

「はぁ~~。残念。いいよ」

 サフィールは、エカテリーナから顔を離すと、どこか遠くを見るように言った。

「実は、ホフマン伯爵子息の宝石を見る目がないことは、だいぶ前からわかっていたんだ」

「え?」

「幼い時、王家は、ホフマン伯爵家を継ぐであろう若者に、『星祭りの腕輪』を作らせたんだ」

「あの、大切な星祭りの腕輪を、幼い子に作らせるの??」

「実際に作るのは、職人で、デザインだけね。それに宝石のセンスは、ある程度生まれ持った物なのだよ。鑑定士なら努力でできるかもしれないけど、宝石の仕分けは、それだけじゃ無理なんだ。
 現ホフマン伯爵、つまり彼の父のセンスは悪くなかったんだけどね~~~。残念だけど、ホフマン伯爵子息殿は、信じられないくらいセンスがなかったんだよ。壊滅的にね」

「もしかして、それが、シャルロッテの婚約者のハンス様?」

「そう♡ でも……同時に出されたシャルロッテ嬢の腕輪は、私や、父上だけではなく、あの宝石にうるさかった今は亡きおじい様が、息を飲むほどの出来栄えだったんだ。見た瞬間に天才的だと誰もが思った」

「前国王陛下が息を飲むほどの才能……」

「あれほど、才能に違いがあるんだ。いずれ必ず、あの2人はぶつかる。ぶつかった時、潰されるのは、どうしたって、シャルロッテ嬢だ。あれほどの才能があっても、彼女は当主にはなれない。
 それなら、ゲオルグもあの子のことが好きみたいだったしさ、君の家なら宝石の流通権限が渡っても問題ない。研究の資金もなかっただろ?! だから君の家に資金が流れるのも丁度よかったんだ。
 本当なら、ゲオルグの婚約者として、ランゲ侯爵家に入るシナリオを用意してたんだけどな~~。あの、ホフマン伯爵子息に潰されちゃった♡」

「それで、あなたは何をしたの?」

「大したことはしてないよ。ホフマン伯爵子息の得意なことを聞いたからね。それを伸ばしてあげようと思ったんだ。それに、彼は両親の愛情に飢えていたようだったからね、情に厚くて、面倒見のいい人物に預ければ、家業を捨てると思ったんだ~~♡
 (センスのない)腕輪を見て、(宝石を捨て)剣を伸ばすための最高の師を紹介しただけだよ♪」 

 エカテリーナは、溜息をついてこめかみを押さえると、サフィールがエカテリーナを抱き寄せて、エカテリーナの押さえていたこめかみにキスをした。
 エカテリーナは、サフィールの頬を両手で包んだ。

「本当に素直じゃないわね!! そんな悪の親玉みたいな言い方しないで、『ゲオルグにもシャルロッテにも、ハンス様にも取返しのできない過ちを犯してほしくなかった』って、素直に言えばいいでしょ? 本当に天邪鬼なんだから!!」

すると、サフィールの顔が真っ赤になった。

「ちょっと、エカテリーナ、離して?」

「いいこと? いくら王と言えども、素直になれる時は素直になりなさい」

「……ふふふ、エカテリーナには、敵わないな。わかった……君の大切な人達が……傷つくのを見たくなかったんだ」

 サフィールが子供のようにシュンと落ち込こみながら言うと、エカテリーナも微笑んで、サフィールの頬を挟んだまま、サフィールの唇にキスをした。

「え? エカテリーナ?!」

「教室に戻るわ。ありがとう……サフィール、愛してるわ」

 サロンを出て行くエカテリーナの背中を見ながら、サフィールは真っ赤な顔で両手で、顔を覆った。

「不意打ちは狡い……王家の仮面が剥がれるだろ……私の方が、絶対に愛してるし……」




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