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第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ
246 客人(3)
しおりを挟むその後、しばらくみんなで食堂で待っていると、レオンの「賊の首領を連れて来た。入るぞ」という声と共に扉が開いた。
部屋にはレオンとレイヴィンと共に綺麗な女性が入って来た。
赤い短めの前髪はとても可愛らしく、肩より少し上で綺麗に整えられた髪はつやつやとしていた。
そして仕立ての良い男性物の服をベルトや紐で自分の身体に合わせており、センス良く着こなしていた。
可愛らしい方だわ……もしかしてこの方が首領?
私が驚いていると、隣でラウルが「ええ!?」と声を上げながら目をこすっていた。
女性は優雅に頭を下げると、レイヴィンが困ったように言った。
「クローディア様、私の姉のヒルマです。どうやら今回の賊の騒動……首謀者は私の姉だったようです。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」
「ええ~~~!? レイヴィンのお姉さんが賊の首領!?」
私は思わず声を上げた。
そういえば、レイヴィンも盗賊団の首領だったが、ガルドに壊滅させられたと聞いた……
レイヴィンのご家族って何者なの!?
私たちは驚きながらも賊の首領だというレイヴィンのお姉様から話を聞くことにしたのだった。
ヒルマは、顔を上げるとフィルガルド殿下を見ながら言った。
「まずは、ハイマの王太子殿下にお礼を……エル―ル国に薬草を譲って頂き、本当に感謝しております。エル―ル国には母方の祖父母が暮らしており、あの薬草のおかげで命を繋ぐことができました」
私は公務の内容は全く知らないが、どうやらフィルガルド殿下は、エル―ル国に薬草を送っていたようだった。
フィルガルド殿下は、レイヴィンのお姉さんのヒルマさんに顔を上げるように言った後に、いつもの優しい笑顔で言った。
「そうですか、命を救えたとお聞きして安心いたしました。エル―ル国の薬草については、クローディアのおかげです。私も何とか薬草を渡したいと尽力しましたが、私の力だけではどうしようもなかった……」
私は思わずフィルガルド殿下の顔を見た。
え? 今、フィルガルド殿下……私のおかげでって言った??
公務、特に外交に関して私、いや、クローディアの記憶では我儘三昧で他国の令嬢に暴言を吐くわ、フィルガルド殿下を独占するわ……酷い態度ばかり取っていたように記憶している。
そして私は重大なことを思い出した。
エル―ル国の令嬢に暴言を吐いて……――フィルガルド殿下が謝罪した。
そう、私の暴言でフィルガルド殿下はエル―ル国の令嬢に謝罪し、何かを贈っている。
私は宝石だと勝手に思っていたが……
本気で困惑していると、ヒルマが私を見ながら微笑んだ。
「そうでしたか……ハイマの王太子妃殿下、祖父母を救って下さったこと感謝しております」
感謝をされても私の頭の中は何がなんだかわからない。
え?
どういうこと??
確かに私の中にクローディアの記憶がある。
あれ……――待って。
そして私は重大なことに気がづいた。
私が持っているのは、クローディアの行動と……――フィルガルド殿下が好きだという感情の記憶。
クローディアがフィルガルド殿下の腕にずっとべったり引っ付いていたとか、令嬢に暴言を吐いたとか、学園で同級生を威嚇して殿下に近づけないようにしていたとか……全ては彼女の行い。
では……――クローディアは何を考えてそんなことをしたの?
私は嫉妬に狂っていたと思っていた。
周りもみんな言っていた。
クローディアは――恋に狂っていたと……
だから私もそうだと思っていた。
疑いもしなかった。
でももし、クローディアの行動に嫉妬以外に彼女の考えがあったのだとしたら?
背中に汗が流れた。
それともこれはただの偶然なのだろうか……?
わからなくて、胸の中に霧がかかったように不安になる。
私がヒルマの言葉に動揺していると、フィルガルド殿下がヒルマに優しく語り掛けていた。
「ヒルマ嬢、あなたの話を聞かせて下さい。なぜ我々を襲ったのですか?」
レイヴィンのお姉さんは、真剣な顔をフィルガルド殿下を見ながら言った。
「ハイマの王太子殿下、あなた様を死なせたくないと思いました。今やハイマは……いえ、あなた様は皆の希望なのです。船を失えばイドレ国に行くのをあきらめるかと……――イドレ国に行くのは危険です。どうか思い留まって下さい」
船を失う?
確かに船の襲い方に違和感はあった。
シーズルス領で襲われた時は、船の中央に火を射かけられた。だが今回は船の後方。後方は金属での補強もしてあり、火で攻めるのは効率が悪い。
脅しとか船の損傷のみを狙っていたというのもうなずける。
フィルガルド殿下は真剣な顔でヒルマさんに尋ねた。
「我々はイドレ国の国王に招待を受けています」
フィルガルド殿下の言葉に、彼女はとても驚きながら言った。
「え? 招待!? 皇帝に宣戦布告をするための乗り込むのではないのですか?」
イドレ国の皇帝に宣戦布告!?
え? 何がどうこじれてそうなったの??
ヒルマは唇を噛みながら言った。
「いえ……例え招待されていると言ってもわかりません。騙すのはイドレ国の常套手段です。それに国境付近でイドレ国皇帝の片腕のランヴェルトの姿が目撃されています。あの男は危険です」
フィルガルド殿下は「ランヴェルト……」と呟きながらブラッドを見た。ブラッドはフィルガルド殿下を見て頷いた。フィルガルド殿下はそれだけで何かを汲み取ったようで、今度はヒルマさんを見ながら言った。
「船を襲った理由はわかりました。ではこの町について教えて下さい」
その後、ヒルマさんはこの町のことを教えてくれた。
町が水賊に何度も襲われて、この町に常駐している兵たちも壊滅状態。
ヒルマさんたちは偶然通りかかり、町の人を守るために森の中に集落を作って、町の人々を保護しているようだった。
そして、ラウルとレオンが捕えた兵や、森の中に隠れている人々と話をして裏付けを取ることになった。
「ハイマの王太子殿下はやはり素晴らしい方ですね。素性もわからない私のような者の言葉も真摯に耳を傾けて下さる……――あなた様のような方が王になるハイマは本当に羨ましい……」
ヒルマは切なそうにフィルガルド殿下を見ていた。
彼女は国を失い絶望したはずだ。それでも懸命に生きて、今はただ通りすがったという町の民を助けるために剣を振っていると言っていた。
――フィルガルド殿下が王になるハイマが羨ましい。
なぜだろう、その言葉は涙がでるほど嬉しくて、共感するのに……切なさで胸が締め付けられそうになる。
ヒルマさんは当面の間、レイヴィンが監視し、彼の部屋から出ないということで今日は解散することになった。
ヒルマさんやレオンやレイヴィンやラウルが退出して食堂が一気に静かになった。
彼女の話を聞いて私は心が乱れてしまって放心状態のように椅子から立てずにぼんやりとしていた。
「クローディア」
フィルガルド殿下に名前を呼ばれて顔を向けると、鮮やかな翡翠のような瞳に見つめられて動けなくなった。
殿下は私の手を取ると先ほどのヒルマさんに見せていた柔らかな笑顔を崩してつらそうな顔で言った。
「クローディア。話があります……――どうか……」
――話があります。
フィルガルド殿下と真剣に向き合ってようやく気付いた。
私はこの言葉をずっと恐れていた。
理由はわからない。でも、私はずっと彼と向き合って話をするのが怖かった。
「はい」
返事をして頷くとフィルガルド殿下に手を差し出された。
いつもように手を乗せるとエスコートではなく、手を握られた。
絶対に離さないというようにきつく……
フィルガルド殿下とこんな風に手を繋ぐことはほとんどない。
手を繋ぐことに不快だとか嫌悪感はなかったが、ただ怖かった。
なぜこんなにも恐怖を感じるのか自分でもわからないが、私は殿下に手を引かれながら食堂を後にしたのだった。
――――――――――――――――
次回更新は10月12日(土)です☆
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