ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

文字の大きさ
上 下
233 / 312
第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ

239 防衛戦線(3)【戦闘シーン ブラッド】

しおりを挟む
本日は戦闘シーンというよりブラッドの独白シーンがあります。
剣を抜きますので苦手な方は、もうしばらくお待ち下さい。

ただ……珍しくブラッドが内面を見せています。
普段見せない彼の内面を知って頂けるかと思いますので、前半と後半はお読み頂けますと幸いです。

※戦闘シーンですが、生々しい残忍描写はありません。


――――――――――――――――






 ブラッドは指示を出した後に、じっと前を見据えていた。
 
 ――誰一人として、この船には近づけさせない。

 これまでブラッドはずっとクローディアの側を離れなかった。
 だがそれは私情は一切挟まず、ただ王太子妃であるクローディアを守るためだった。
 何かあった時に自分を盾にしてでも彼女を守ろうと思っていた。

 そして、今、彼女の元を離れたのは純粋にクローディアの側にフィルガルドがいたからだ。
 ずっとフィガルドと共にガルドの元で剣を学んだブラッドは彼の実力が誰よりもわかっていた。
 もしかしたら、フィガルドはラウルと同格か、もしくは上かもしれない。
 それほどの腕を持つフィガルドが側にいれば、クローディアの側に自分は必要ないと思った。

 フィルガルドが彼女の側にいるのならば――自分は船の外に出て、敵の侵入を防ぐ方が効率がいい……そう思って動いた。

 だが……

 クローディアに今にも不安で泣き出しそうな顔で名前を呼ばれた時は……心が揺れた。

 ――彼女の側に居たい、誰にも隣を渡したくないと……そう思った。

(彼女のことになると……本当に……冷静でいられないな……)

 ブラッドが自嘲気味に思った時、前面に賊が姿を現した。
 
「来たか……」

 ブラッドは剣を鞘から抜いた。そして賊を迎え打つ構えを取った。
 賊は数人で迷いなく斬りかかった。
 それをブラッドは一太刀で、同時に斬りかかってきた人数を棟打ちで相手を地面に倒した。
 稲妻のような速さと威力。
 通常、威力と速さが同時に存在することはない。重い剣の速度は落ちる。だが、ブラッドの剣は速さを殺さずに威力も相当なものだ。
 それにも拘わらず周囲は……風も起こさずに凪いでいる。
 静と動が同時に存在する彼の剣技はまさに大雷のようだった。
 
 人間離れした圧倒的な技術と実力差。

 ――それが、ブラッド・フュルスト・レナンの存在だった。
 
 だがブラッドの圧倒的な力の差を見せつけてもなお、賊は一向に怯まなかった。
 次々と次の賊が襲い掛かって来る。

(賊にしては……迷いがないな……)

 賊はかなり統率が取れていた。
 一般的に賊とは、烏合の衆であることが多い。己の利権や目的のためだけに一緒にいる集団だ。そんな者たちが集まったところで、分が悪いと思えば相手は簡単に逃げ出す。
 持っている武器も様々で、戦い方だって様々だ。
 だが、賊はブラッドの太刀筋を見ても引かないばかりか、皆同じような武器を持ち、ブラッドにいくら仲間を倒されようとも向かって来た。

(これは、ならず者のあつまりの賊の集まり、という単純な相手ではなさそうだな)

 ブラッドは冷静に、相手を切り崩していった。
 相手の数が少なっていた頃。
 急にこれまで迷いなく、向かって来た賊の動きが鈍くなった。

(なんだ?)

 ブラッドが剣を振りながらも周囲を見渡すと、船の後方に滝が出現していた。

(泣いているかと思ったが……やはり彼女は強いな……)

 ブラッドは瞬時に、クローディアの策だと気づいた。
 先ほど、見張りが後方に弓兵と言っていたので、火計に備えたのだろう。

 小さく笑うと、ブラッドは迫り来る賊を全て地面の上に倒していた。
 周りを見渡すと、三十は倒れていた。

(一小隊くらいか……)

 人数の配分もかなり的を得ている。
 出入口があるこの場所を落とすにはいい人数だ。
 兵は船を出たことを確認して襲ってきたのだろうから、機会も申し分ない。

「ブラッド様、賊を拘束いたします」

 念のために取りこぼした兵がいた場合のために、入り口前に待機させていた兵が走って来た。

「後を頼む、私はラウルとアドラーの報告を待つ」

 ブラッドが兵に捕縛を頼み、船を振り向いた瞬間。
 彼は、足を止めた。

 船のマストには大きな虹が浮かび上がっていたのだ。
 そして、先ほどまで剣を交えていた者たちのことを思い出した。

「クローディア殿……あなたはどこまで……私を翻弄するな……」

 クローディアの側にいなかったブラッドにはクローディアが船で何をしていたのか詳しくはわからない。
 だが、必死で船の上で策を考え、自ら動き回り、仲間を守ってみせたことだけは――……確かだ。
 ブラッドは船に現れた巨大な虹を見上げていた。

「ブラッド様」

 船を見上げていたブラッドにラウルが話しかけた。ブラッドはラウルに視線を移して「報告を聞こう」と言った。

「左舷前方の賊を全て捕縛いたしました。現在、他の兵に彼らを一箇所に集め見張るようにと指示を出しました」

 ブラッドはラウルとレガードを見ながら「ご苦労だった」と言った。そしてレガードを見ると、「フィルガルド殿下とクローディア殿の元に戻れ」と伝えた。
 レガードは「はっ」と言って走って行った。

 すると今度は船の後方からアドラーとリリアが走って来た。そしてアドラーが口を開いた。

「ブラッド様。賊を拘束し、兵に託しました」
「ご苦労だった」

 ブラッドは、見張り兵を見ると片手を上げた。
 すると通信管から「賊が動きを止めました!! 後方、捕縛完了の合図確認!! 前方、捕縛完了の合図確認……そして中央も捕縛完了の合図確認!! ブラッド様からの合図が出ました!!」との声が響いた。
 するとリリアがブラッドを見ながら言った。

「ブラッド様、私はクローディア様の元に戻ります。失礼いたします」

 リリアは走ってクローディアの元に戻って行った。
 アドラーがブラッドを見ながら言った。

「ブラッド様。敵は、賊というよりも訓練された兵のようでした」

 アドラーの言葉に、ラウルも声を上げた。

「実は、私もそう思っておりました。しかも練度も相当なものです」

 ブラッドは、アドラーとラウルの言葉を聞いて小さく呟いた。

「……クローディア殿に面倒事が持ち込まれそうな予感がするな」

 ブラッドはなぜか悲壮感はなく、どこか楽しんでいるように見えた。そしてラウルを見ながら言った。

「捕えた兵から事情を聴き出せ。まだ潜んでいる仲間がいるなら、アジトを特定してくれ」
「はっ!!」

 ラウルは、兵たちの元へ向かおうとして再び立ち止まって、ブラッドを見ながら言った。

「報告がもう一つ。賊は、クローディア様の出現させた虹を見て『ベルン復活の再来か』と言っておりました。以上です。では、失礼します」

 ラウルは今度こそ、兵たちの元へ向かった。
 ラウル背中を見送るとアドラーがブラッドに尋ねた。

「ブラッド様もお戻りになりますか?」

 アドラーの問いかけにブラッドは「ああ、あとはラウルに任せる」と答えて歩き出した。アドラーはブラッドの隣を歩きながら言った。

「『ベルン復活の再来』ですか……確かにブラッド様のおっしゃる通り、クローディア様に面倒事が持ち込まれそうですね」

 ブラッドは前を睨みながら言った。

「水賊が暴れていて、運河が使えないか……本当にそうなのか、ダラパイス国の大公殿に調べてもらう必要があるかもしれないな」
「……あの方に動いてもらうなら、クローディア様にお願いする必要がありますね」

 アドラーの言葉に、ブラッドが息を吐いた。

「あまり、クローディア殿とあの大公を関わらせたくはないのだが……」

 アドラーが穏やかな空気を一変させ、警戒色を滲ませながら言った。

「……ダラパイス国の大公閣下に何か懸念でも?」

 ブラッドは無表情に少しだけ押し黙った後に口を開いた。

「いや、個人的な……感情だ」

 ブラッドの言葉にアドラーは唖然として立ち止まった。

「何だ?」

 ブラッドの問いかけにアドラーははっとして、再び歩き出した。

「ブラッド様の個人的な感情を初めてお聞きしましたので」

 ブラッドは息を吐くと、アドラーではなく前を見ながら言った。

「後で、フィルガルドとクローディア殿に提案してみることにする。クローディア殿が手紙を書いてくれるというのなら、彼女の手伝いを頼むぞ」
「はい。かしこまりました」
 
 こうして、ブラッドとアドラーもクローディアの元に戻った。
 
(早く彼女の顔が見たい……)

 ブラッドは甲板へ移動しながらも、湧き上がる感情を抑えることが出来ずに自分でも気づかないうちに急ぎ足になっていた。

「ブラッド!!」

 甲板について急いでクローディアの姿を探すブラッドの耳にクローディアの声が届いた。
 声のした方を見ると、誇らしげで輝くような笑顔のクローディアの姿が目に入り、思わず抱きしめたくなる思いを手のひらをきつく握りしめ、心の奥底に隠したのだった。






――――――――――――――――







次回更新は9月26日(木)です☆







しおりを挟む
感想 882

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか

鳳ナナ
恋愛
第二王子カイルの婚約者、公爵令嬢スカーレットは舞踏会の最中突然婚約破棄を言い渡される。 王子が溺愛する見知らぬ男爵令嬢テレネッツァに嫌がらせをしたと言いがかりを付けられた上、 大勢の取り巻きに糾弾され、すべての罪を被れとまで言われた彼女は、ついに我慢することをやめた。 「この場を去る前に、最後に一つだけお願いしてもよろしいでしょうか」 乱れ飛ぶ罵声、弾け飛ぶイケメン── 手のひらはドリルのように回転し、舞踏会は血に染まった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。