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第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ

233 ほどけゆく糸(1)

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 クローディアの元に向かいながら、アドラーは簡単にブラッドに状況を報告した。

「ロウエル殿が記録を作ると言っていたが、すでに動いていたのか……相変わらず仕事が早いな」

 ブラッドが感心したように言うと、アドラーが頷いた。

「すでに王家への献品の記録は出来ているようでした」

 ブラッドは口の端を上げた。

の、か……その言い方だと王家以外の献品の記録は終わっていないのだな?」

 アドラーもどこか穏やかな様子で言った。

「そうですね、何しろ大変な量ですので」
「個人で、王家を凌ぐのか……愉快だな」

 ブラッドは感情を隠しもせずに機嫌が良さそうに言った。

「ブラッド様、楽しそうですね」

 ブラッドはアドラーを見て口角を上げた。

「そうだな……しかも私が呼ばれるということは……とんでもない物が紛れていたのだろう? ベルンがヴァイオレットアッシュでもくれたのか?」

 アドラーは目を細めると「もっと凄い物です」と言ったので、ブラッドは「それは楽しみだな」と答えたのだった。









「川から直接引けば、確かに威力がありますよね……ですが、私の付け焼刃の思いつきを咄嗟にそこまで昇華させたのはロウエル様の功績ですわ」

 私はロウエル元公爵と共に椅子に座って、これまでの旅の話をしていた。

「そんなことはない。だが……空を飛ぶ乗り物か……あなたを疑うわけではないが、実際にこの目で見なければ、到底信じられないな。だが……そんな物を思いつくとは本当に素晴らしいな」

 意外なことに私はロウエル元公爵と普通に話をしていた。
 かつて彼の罪を暴いた私に、こんなにも気さくに話かけてくれるのは不思議な気分だった。
 
「お褒め預かり光栄です。そうですね……どこかでお見せできる機会があればいいのですが……ブラッドが管理しているので、今度聞いておきます」

 この船に気球は乗っているのだろうとは思うが……管理はブラッドに任せているので定かではない。
 私は気球を3つ作って、一つはダラパイス国に、もう一つはスカーピリナ国に、そしてもう一つはきっと私たちが持っているはずだ。
 だが……

 結構大きいからな……ダラパイス国に預けているのかも?

「随分とレナン公爵子息のことを信頼しているのだな。それほどあの者を信頼してもいいのか? 裏切るかもしれぬぞ」

 私の答えを聞いたロウエル元公爵が心配そうに言った。

 ――信頼してもいいか?

 私は、ロウエル元公爵の心配はお門違いだと思った。 
 そもそもブラッドは陛下に私の面倒を押し付けられた被害者だ。裏切るも何も、ブラッドと私の間にはそんな裏切りが発生するような利害関係など何もない。
 それにブラッドは常にブラッドの仕事をしている。そして私は私にできることをしている。
 それが相互協力になる場合が多いだけだ。
 ブラッドといると、大変だけれども心は限りなく自由なのだ。そのため……私はこれまで、彼のことを疑ったことはないし、ブラッドからも疑われたこともない。
 
 こんな関係をどう説明すればいいのだろうか? 
 私はこの関係を説明する言葉を見つけられなかった。だからロウエル元公爵を安心させたくて、必死で言葉を探した。

「そうですね……いいです。むしろ絶大の信頼を寄せていますし、これからも寄せ続けます。そしてもし裏切られたら、『酷い、信じていたのに!!!』って一生、ネチネチと恨み事を言い続けようと思います」

 そう答えると、背後から声が聞こえた。

「恨み事を一生は……長いな」

 振り向くと、無表情なブラッドが立っていた。
 そしてブラッドは、何気なく言った。

「安心しろ、一生ネチネチと恨み事を言われるのは勘弁だ。だが……常に前を見ているあなたに後ろを向いて恨み事を言い続けられる執念があるとは到底思えない」
「ブラッド……それは褒めているの? けなしているの?」
「どちらでもない。ただ感じたことを言っただけだ」

 私がブラッドといつもように会話をしていると、ロウエル元公爵が驚いたように言った。

「レナン公爵子息殿も人の子だったのだな……」

 ブラッドは大きく息を吐くと、私とロウエル元公爵を交互に見ながら言った。
 
「献品の記録を作成してる最中だとか、それで私に確認してほしい物とはどれだ?」

 私がジーニアスを見ると、ジーニアスが「こちらです」と言って箱を見せた。

「開けてみて」
「ああ」

 ブラッドはフタを開けると、眉を寄せた後に私を見ながら言った。

「もしかして……これはダブラーン国の石花木か?」
「そうらしいわ」

 ブラッドは、しばらく石花木を見た後にロウエル元公爵に尋ねた。

「これをどこで?」
「ダブラーン国に行った時、民を助けたお礼に貰った。クローディア殿の水の壁の方法で救ったからな。私としては、王家ではなく、彼女個人に贈りたい」

 ブラッドは、ロウエル元公爵から私を見ながら言った。

「クローディア殿に……では早速ヒューゴに伝えて研究を進めてもらうか?」

 私は、ブラッドを見つめながら頷いた。

「ええ」

 それから私とブラッドとアドラーとラウルは宝物を保管している部屋を出てブラッドの部屋に向かった。
 ジーニアスと、ロウエル元公爵はリスト作りの続きをするというので残った。






 私たちはそれからブラッドの部屋に向かった。そして部屋に入った途端、私はブラッドに尋ねた。

「ねぇ、ブラッド。フィルガルド殿下には、どこまで話をするつもりなの?」

 ブラッドは何の感情も見えない無表情で答えた。

「私としては全てを話したい」
「そう……」

 私は手のひらを握りながら答えた。するとブラッドが私のすぐ近くまで歩いて来て尋ねた。

「不満か?」
「いえ、話をすることに不満はないわ。ただ……不安ではあるわ」

 そして私はブラッドの真っすぐな瞳を見ていられなくて、ブラッドから逃れるように少し離れながらさらに言葉を続けた。

「フィルガルド殿下は、私との結納品を返却したの。つまり、私と別れることを決断しているのよ? それなのに、私が国際的な事業に関わっていると知ったら……私と別れられなくなるわ」

 実は、私はダラパイス国の噴水に描かれていた謎を解いたことで、私はダラパイス国の調査研究内容を聞き、協力することにしたのだ。
 そして、ガイウス殿下とサフィールと「クローディア個人に完成品を共有する」という個人契約をしたのだ。
 貴重な物を私、個人が持つということ。……このことをフィルガルド殿下が知ってしまったら、国のために私と別れることが出来ないかもしれない。
 フィルガルド殿下はすでに結納品を私に返して、別れの意思表示をしてくれている。
 またしても、国のためにそれを邪魔したくない。

「フィルガルド殿下がすでに結納品を返却している!? 本当なのですか?」

 ラウルが驚いたように声を上げた。
 するとアドラーが口を開いた。

「私もクローディア様の兄上、カイン殿との話をお聞きしましたので間違いございません。クローディア様が、スカーピリナ国で賞品にされた金のネックレス。あれは……フィルガルド殿下から返却された結納の品です」

 アドラーの言葉にラウルが信じられないと言った様子で震える声を上げた。

「そんな……あのネックレスは、ハイマを立たれる時に殿下が下さったもの!! これから危険な旅に立たれるクローディア様に結納の品を返すなど残酷なことを……!!」

 ラウルがこれまで見たこともないほどの怒りを見せて、私は慌てて声を上げた。

「ラウル、ありがとう。私のためにそんなに怒ってくれて……私もね、ダラパイス国で兄にこれが『結納の品』だと聞くまでネックレスのことは知らなかった。でもね、フィルガルド殿下なりの気遣いだと思ったの」
「気遣い? なぜです?」

 ラウルはますます『信じられない』という顔で私を見た。
 だから私はまるで自分に言い聞かせるように説明した。

「だって、フィルガルド殿下自身は、エリスさんを愛していたから、私と結婚なんてするつもりなんてなかったのよ? でも、陛下の……国の意向で結婚するしかなかった。だからせめて、フィルガルド殿下個人の意思表示として彼女と結婚前に、結納を品を私に返して別れを告げてくれたのよ」

 ラウルは拳を握りしめながら言った。

「ですがそのようなやり方では、殿下は側妃殿への義理は果たせますが、何も知らなかったクローディア様は深く傷つくではありませんか!!」
「確かに結納の品が返されたことを知った時は悲しいと思ったけれど、明確な別れの意思を貰ったことはすっきりしたの。現に船でフィルガルド殿下に会った時、私は悲しいとも嬉しいとも思わず、懐かしいと思えたの」
「懐かしい……?」

 ラウルの瞳から少しだけ怒りが消えた気がした。
 私はゆっくりと口を開いた。

「ええ。それに腕相撲の賞品にした時も、私は本心から『レオンが助かるために使えるのなら嬉しい』と思っていたの。あのネックレスの価値は間違いないのもの」

 私にとっては……楔のような物だけれど……

 部屋の中に沈黙が訪れた。
 重く長い沈黙を破ったのはブラッドだった。
 ブラッドはなぜかつらそうな顔で言った。

「クローディア殿……一度フィルガルドときちんと話をしてはどうだ? その返却された結納品のことも含めて……」
「え?」

 私は、ブラッドの言葉が信じられなくて声を上げた。

「今さら……フィルガルド殿下と何を話すの? 私に『エリスとお幸せ』とでも言えって言うの?」

 目から涙がこぼれそうだというのは感じていた。
 だが……止められなかった。
 ブラッドは低い声で言った。

「ああ、そうだ」
「え……?」

 そして、ブラッドはこれまで聞いたこともないほどつらそうに言った。

「なんとも思っていないのなら、本人に言えるだろう? そんな泣きそうな顔をするくらいなら、あいつに恨み事のひとつでも言え……聞き分けのいい振りをして感情を抑えるな。そして、しっかりと言いたいことを言って、聞きたいことを聞いてあいつから自由になってくれ。もしあなたが泣くことがあれば、私はあなたが泣き止むまでずっと側にいる――だから……これ以上……あいつのことで泣かないでくれ……」

 そしてブラッドは私から顔を逸らした。
 泣いてるのかと思った。
 でも私は、自分の目から溢れてくる涙で、こんなに近くにいるのにブラッドの顔がよく見えなかったので、ブラッドが泣いているのかどうか……わからなかった。








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次回更新は9月12日(木)です☆







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