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第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ

229 顔を合わせて(1)

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 イドレ国皇帝の執務室に、一人の女性の姿があった。
 女性は美しく着飾り、恭しく頭を下げた後に言った。

「皇帝陛下、お初にお目にかかります。わたくしを受け入れて下さったこと、感謝いたします」

 にっこりと微笑む女性に向かってイドレ国皇帝が目を細めながら言った。

「ようこそ、ゼノビア殿。貴女あなたは例の件に尽力してくれると聞いたが?」

 ゼノビアは妖艶に微笑みながら言った。

「ええ、もちろん」

 イドレ国皇帝はゼノビアを見ながら笑った。

「期待している」
「お任せ下さい」

 毅然とした態度のゼノビアに向かって、イドレ国皇帝が平然と尋ねた。

「ハイマの王太子妃に会ったのだろう? どうだった?」

 ゼノビアは表情を崩さずに少しだけ考えた後に言った。

「何を考えているのか……読めない人物でしたわ」

 イドレ国皇帝は楽しそうに口角を上げながら言った。

「ほう、貴女にそのように言わしめるとは……興味深いな」

 イドレ国皇帝はゼノビアが気分を害するかと思っていたが、意外にもゼノビアは真剣な顔で答えた。

「そうですね……ですが……甘い方のようですので、きっかけがあれば利用するのは簡単ではないかと思いますわ。皇帝陛下なら可能ではありませんこと?」

 ゼノビアは妖艶に微笑むと「それでは失礼いたします」と颯爽と部屋を出て行ったのだった。
 イドレ国皇帝は、椅子から立ち上がると窓の外を見ながら呟いた。

「ふっ、焚き付けられてしまったな。だが……あのスカーピリナ国の女狐殿も、彼女に敗れたのか……本当に興味深いな……早く会いたい」
 


 ◇



「っくしゅん!!」
「クローディア様、大丈夫ですか? 船の上は少し冷えますね」

 悪寒がしてくしゃみをすると、アドラーが急いで私にショールをかけてくれた。

「ありがとう、アドラー」

 私は甲板でハイマ国の騎士と、スカーピリナ国の兵と、ベルン国の兵から自己紹介をされていた。
 これから一緒に旅をする仲間なのだ。
 ラウルに『みんなの名前を覚えたいな』と言うとすぐにこの場を用意してくれた。
 そして、最後の兵が自己紹介をしてくれた。

「私はベルン国軍用文書管理官のシャロンです。平民出身です」
「シャロンね。ところで、軍用文書管理官とはどんなお仕事なの?」

 私は初めて聞いた役職が気になって尋ねた。

「作戦や隠密行動で知り得た情報を暗号化して、何としてでも味方に届ける仕事です」

 それって……私の知っている仕事で言うと、忍びとか、スパイとか??
 きっとかなり腕が立つのだろうと思った。
 アンドリュー王子が『我が国からは少数ですが腕利きを派遣いたします』と言っていたが……本当に凄い人物のようだった。

「そうなのね。手を貸してくれてありがとう」

 私が他の兵のみんなに伝えたように、シャロンにもこの船に乗ってくれたことのお礼を伝えると、シャロンが真剣な顔で言った。

「ベルン国が奪還された日、俺はベルン王都にいました。そして、クローディア様の凱旋を見ました。忘れもしない。あなたのような美しく華奢な女性が俺たちの国を取り返すために知略を巡らせて下さったと聞いた時、俺はあなたに心底惚れました。だから今回、スカーピリナ国行きを志願しました」

 惚れた!?
 社交辞令? だとしても……照れる!!
 そんなこと言われたこと、ないし……。

 思わず真っ赤になっていると、ハイマ騎士が大きな声を上げた。

「先ほどお伝えしていませんが、私もクローディア様に惚れこんでいます!!」

 すると、別の騎士も「俺もです」「私もです」と声が上がった。
 どうやら、騎士の口にする『惚れた』や『惚れこむ』とは『仕えたい』と同義なようだ。
 
 うん、誤解しないようにしよう。

 そう心に決めると、ラウルが大きな声を上げた。

「クローディア様、私だってクローディア様一筋です!!」

 それを聞いたレイヴィンも声を上げた。

「私もお慕いしていますよ!! 本当ですよ~~?」

 うん、『お仕えしたい』の用語が更新された。
 どうやら、『一筋』や『お慕いしている』も同義なようだ。
 私は、うんうんと頷いていると、アドラーが私の顔を覗き込みながら言った。

「私もずっとクローディア様に惚れ込み、お慕いしておりますし、誰に何を言われようがクローディア様一筋ですよ」

 照れる……。
 『お仕えしたい』と同義だとわかってはいるが……照れる。

「あの、嬉しいです。みんなありがとう……私もみんなをその……頼りにしています」

 その瞬間、水を打ったように静かになった。
 そして次の瞬間、「お任せ下さい」「何かあったら私に!!」と大いに盛り上がったのだった。





 クローディアたちが甲板に出て、兵からの自己紹介をされていた頃。
 クローディアの部屋として割り当てられたロイヤルスイートルームでは、リリアとアリスが話をしていた。

「アリス……聞いてもいいかしら?」

 リリアの真剣な問いかけにアリスは口角を上げながら「どうぞ」と答えた。

「シーズル領から戻った後、上から口止めされていたフィルガルド殿下のバラのことクローディア様にお教えしたのでしょう? ……なぜ、クローディア様に教えたの? 何かスカーピリナ国と関係があるの?」

 リリアの問いかけに、アリスが眉を寄せながら答えた。

「関係ねぇ……。そもそも、その命令が誰から出たのか……知ってる?」
「誰からの命令か? 私は侍女長からお聞きしたわ」

 リリアの答えにアリスは平然と答えた。

「まぁ、私たちには知らされないものね、知らなくて当然か……」
「誰なの?」

 リリアの問いかけにアリスは少し怖い顔で答えた。

「フィルガルド殿下の側近……クリスフォードよ」
「殿下の側近の?」
「ええ」

 リリアは言葉を失ってしまった。そんなリリアに向かってアリスは話を続けた。

「リリア、あなたは知らないでしょうけどね、あのバラ……ハイマ国以外の国に出せば生涯遊んで暮らせるくらいの高値がついているのよ」
「え? そんなに?」

 驚くリリアに、アリスは眉を寄せながら言った。

「あのバラはとても貴重なバラなのよ。しかも、あのバラを作るのに、フィルガルド殿下は多くの時間と私財と人員を割いたのよ。しかも、その理由が、『クローディア様に言葉ではなく花で愛を伝えたい、そして彼女に安心してほしい』フィルガルド殿下は、言葉では伝わらないクローディア様に安心してしてもらうためだけに、あのバラを作ったの」

 リリアは唖然としてアリスを見ていた。
 そんなリリアを見て、アリスは少し怖い顔で言った。

「でもおかしいと思わない? なぜ、そこまでフィルガルド殿下の言葉はクローディア様に届かなかったの?」

 リリアはその言葉を聞いてはっとした。そんな彼女を見ながらアリスは言葉を続けた。
 
「ハイマ国内を私なりに少し調べさせて貰ったわ。そしてわかったの。フィルガルド殿下の周りはキナ臭いのよ」

 リリアは眉間にシワを寄せながら言った。

「どういうこと?」
「そのままの意味よ」

 アリスはそう言うと、これまで平然としていた表情を崩して切なそうに言った。

「つまりフィルガルド殿下はでバラを作るという遠回しな方法で、クローディア様に本心を伝えることを選んだ。そんな彼のバラにかける想いを知ってしまったらね、黙っておくことなんてできないじゃない……それに、よく考えてみてよ。自分のために、好きな人が全力で奇跡のバラと呼ばれるバラを作ったのよ? それを知らされないなんて……つらいじゃない。まぁ、見張りもいたから、私は何気なくバラを見に行くように促すことしかできなかったけど……それでもあのバラ園はクローディア様に見て欲しかった」

 リリアは呟くように言った。

「そんな理由だったの……」

 しんみりとしているリリアに向かって、アリスは顔を上げて怖いほど真剣な顔で言った。

「それに、私……側妃候補の方に接触したのよ」
「え?」

 リリアはアリスに詰め寄って声を上げた。

「接触って……離宮でってこと?」
「ええ。噂では『理想の正妃』、『完璧な女性』と言われているけど……私は少し皆とは違う印象を持ったわ」

 リリアは眉を寄せながらアリスに尋ねた。

「どういうこと?」
「上手く言えないけど、噂を鵜呑みにするべきではないってことよ。それにねぇ、リリアはどう思う? フィルガルド殿下って、クローディア様を捨てたと思う?」

 アリスの問いかけに、リリアは以前円卓会議の後に倒れたクローディアを連れてきたフィルガルドのことを思い出した。
 あの時リリアは、フィルガルドと対峙した。
 そして、フィルガルドの様子が噂と違うことに気付いていた。

「リリアだって何かを感じたから、クローディア様が倒れた後、あんな本を選んだのでしょう?」

 リリアは唇を噛んだ。
 実は、リリアはクローディアに本を頼まれた時、恋愛小説や冒険小説を選ぼうとしていた。
 だが――選べなかった。

 恋愛小説を読んで、クローディアが、フィルガルドを思い出すことが怖かった。
 冒険小説を読んで、彼女の不自由さを浮き彫りにするのが……怖かったのだ。
 だからあえて、本を読まずにゆっくりと休んでもらえるように、クローディアが興味がないであろう武器や戦術書を選んだのだ。

「アリス……気づいてたから、クローディア様に新しい本を差し入れしなかったのね……」

 リリアの言葉にアリスは深く頷いた。

「私も、あなたと同じように考えたと思うから……ただ、もし選ぶとしても料理の本とか、ドレスの本にしたけどね!?」

 リリアは、「その考えはなかったわ」と言った後に、真剣な顔でアリスを見ながら尋ねた。

「アリスは……フィルガルド殿下とクローディア様の仲を取り持とうとしているの?」

 アリスは、少し目を細めながら言った。

「違うわ。ただ全てを明らかにして、クローディア様に選んでほしいだけ……御自分が幸せになれそうな道を」

 アリスはそう言った後に真剣な顔をした。

「それに……このままではクローディア様は、イドレ国の皇帝に利用されるかもしれない。あの方は、人の心の弱さに付け込むことが恐ろしく得意だから……」

 リリアはアリスを見据えるように言った。

「あなたの知っていることを、私にも教えて!! 私もクローディア様を守りたい!! 物理的にも……精神的にも!!」
 
 アリスは片目を閉じて「高くつくわよ?」と言った。
 リリアも「望むところよ」と答えたのだった。








――――――――――――――――





次回更新は9月3日(火)です☆





今月の
☆キャラクタープロフィール☆

名前:アドラー・ルラック
爵位:伯爵(クローディアの側近になった時、一代限りの伯爵位を叙爵された)
年齢:26歳
所有資格:
・図書館司書(史上初の満点で取得)
・領主代理(満点で取得)
・王族側近(国王が『自分の側近にしたい』と絶賛で合格)
所属:王太子妃側近
家族:父・母・兄・妹(リリア)
最近はまっていること:茶葉選び(クローディアの和む顔が見たいため)
イメージ植物:月下美人
花言葉:強い意思
誕生日:9月29日






10月はフィルガルドの予定です♪



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