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第五章 チームお飾りの王太子妃集結、因縁の地にて
199 要塞都市にて(2)
しおりを挟む賊を捕らえたのは深夜だったが、レオンやレイヴィンも合流して、ブラッドの部屋で賊の話を聞くことになった。賊の二人は両手を縛られて「何もいうことはない」と目も合わせない。随分と頑な態度を見て心の中で『これは話を聞き出すのは大変そうだ』と思っていた。私が小さく息を吐くと、ガルドが私を見て、にっこりと笑いながら言った。
「クローディア様。お話は明日にして、今夜は眠られた方がよろしいかと」
私は賊の話を聞くつもりだったで思わず「え……?」という声が出た。すると、レオンとアドラーが同時に声を上げた。
「クローディア。それがいい。むしろ、そうしろ!!」
「クローディア様。それが賢明です。ぜひ、今夜はお休みください」
私だけ休むのは申し訳ないが、私がいても邪魔になるのかもしれない。
「わかったわ……明日聞かせてね」
私はリリアとアドラーとガルドと共に私の使うはずだった寝室に戻った。
部屋に戻るとリリアがテキパキとシーツなど乱れた寝具を取り換え、私はキレイになったベッドに横になった。今日は万が一のために、もう一台のベッドを部屋に入れてリリアが私の隣に、アドラーが寝室の隣の部屋のソファーで仮眠を取り、ガルドが窓の側に椅子に座り、見張ってくれることになった。
「みんなおやすみ」
「おやすみなさいませ」
私はみんなにあいさつをすると、ベッドに入った。眠れないかと思ったが、気が付けばぐっすりと眠っていたのだた。
◆
「クローディア様、我々はクローディア様に忠誠を誓います。どうぞ、なんでもお聞きください」
一夜明け、身支度などを整えて賊に会うと、あれほど頑なだった二人が姿勢を正して、私に直角に頭を下げた。
あまりの変わりように私は音がしそうなほどぎこちなく首をブラッドに向けながら言った。
「ブラッド……何したの?」
するとブラッドは無表情で言い放った。
「あなたの貴重な時間を奪うわけにはいかないからな。事前に少し話をしただけだ」
事前に少し話を……それだけ?
思わずラウルやレオンやレイヴィンを見ると青い顔で目を逸らした。
本当に何をしたの、ブラッド?!
私はブラッドが何をしたのか気になったが、折角話をしてくれるという二人に話を聞くことにしたのだった。
◆
クローディアたちがアイレの街で賊の話を聞こうとしていた頃。
ハイマ国のフィルガルドの元にイドレ国皇帝からの返事が届いていた。そしてフィルガルドは明日、王都を出発することになった。
フィルガルドの母へのあいさつはエルガルドに止められていたため、フィルガルドは離宮に住むエリスに出発のあいさつに向かった。
離宮に到着したフィルガルドはまたしても甘い匂いを感じて足を止めた。
――この匂いはなんだ?
どうしても匂いの正体が気になったフィルガルドは、エリスの管理する温室を訪れた。温室は換気をしているようで、外気温とあまり変化がなかった。そして、温室の中には見たこともない花が咲いていた。鑑賞用の花というわけではなさそうだった。
――なんだ? この花は……?
フィルガルドが花をじっと見ていると、庭師の男性に話しかられた。
「フィルガルド殿下。お久ぶりでございます。その後、例のバラは順調に株を増やしております」
この温室はフィルガルドがずっと新種のバラ『クローディア』を作るために使っていた温室だったので庭師も皆知り合いだった。
「ロン、元気そうでなによりです。そうですか『クローディア』は増えているのですか、後で庭園にも足を運んでみましょう」
フィルガルドの言葉に庭師は少しだけ悔しそうに言った。
「それは、皆喜びます。襲撃の際、いくつかのバラが損傷しましたので、そちらの株も再生を試みている最中ですのでぜひご覧ください」
フィルガルドはそんな庭師ロンに極上の笑顔を向けながら言った。
「庭師の皆が尽力してくれているのはよく知っています。優秀で情熱のある皆と出会えて、本当に私は幸せ者です」
ロンは目に涙を溜めながら「そんな風に言って下さって光栄です。フィルガルド殿下」と頭を下げた。そんなロンを見つめて目を細めたフィルガルドは、辺りを見回しながら言った。
「ところでロン。この温室の花はなんという花ですか? 見たことがないのですが……」
ロンは困った顔をして答えた。
「実は、エリス殿の母君から託された母君のご実家に代々伝わる薬草らしく……エリス殿も詳しくわからないとおっしゃるので、我々もそれ以上聞けずにいます。ですが、毒など王家の方に害をなす植物ではないということは検証済ですので、ご安心ください」
フィルガルドは温室に咲く植物を眺めながら答えた。
「そうですか……では機会があれば私も調べてみます」
フィルガルドが、ロンを見ながらそう答えた時だった。
「フィルガルド殿下。こちらにおいででしたのですね」
エリスが少し慌てた様子で、温室に入って来た。いつも優雅なエリスが焦っているように見えてフィルガルドは少しだけ違和感を覚えた。
「ええ。温室が気になりまして……」
フィルガルドが答えると、エリスは普段通りの優雅な笑みを浮かべながら答えた。
「殿下は、植物にも造詣が深くていらっしゃいますものね」
フィルガルドは先程との違いに違和感を覚えながらもフィルガルドはいつも通りに答えた。
「エリスほどではないですが」
エリスは花のように優雅に微笑んだ後に、穏やかな口調で言った。
「フィルガルド殿下。本日は、どうされたのですか?」
――話を逸らされた。フィルガルドは直感でそう思った。だが、エリスにも王妃教育などの予定があるのだ。用件を聞かれては答えないわけにはいかない。
「明日。城を出発しようと思います」
エリスは、美しい顔に影を落としながら言った。
「そう……ですか。どうか、お気をつけて。殿下が無事にお戻りになられますのを心からお祈りしております」
自分を心配してくれているというはよくわかるのでフィルガルドも笑顔で答えた。
「ありがとうございます」
二人で優雅に微笑み合いフィルガルドは離宮から立ち去った。
馬で戻りながら、フィルガルドの胸に得体の知れない感情が渦巻いていた。
かつてフィルガルドは、エリスと話すといつもの自分を取り戻せると思っていた。
感情を動かされることもなく、ただ淡々と公務をこなし、眠りにつく。
王妃教育も驚くほど順調に進んでいるというエリスは、周りからの評価も高く、フィルガルドの王妃とのお茶会にも呼ばれ、国王もエリスの立ち振る舞いを絶賛し、着々と周りもエリスを認めるようになっている。何も心配することのない。完璧な王妃の鱗片を見せるエリス。
一方、クローディアと一緒にいると、激しく感情を揺さぶられる。
時に心が昂り、公務に集中できないことさえあるのだ。周りからも『殿下に相応しくない』『考え直した方がいい』とクローディアの批判が常に聞こえてくる。王妃も『クローディアさんとのお茶会は結構です。公式の場でのみお話いたします』と言って、クローディアとの王妃との個人的なお茶会は開かれない。国王は、時が過ぎれば離縁するのが当然だと周りに発言している。
エリスと一緒に居れば、生涯安心して穏やかに過ごせる。皆からも祝福され、幸せになれるだろう。
それなのに、なぜだろう。
クローディアが側に居ないと――色が見えない。
世界が色あせて見えるのだ。
あれほど気にしていた周りからの……特に国王や王妃の評価などどうでもよくなるほどの虚しさを感じた。
フィルガルドは、これまで感じたことのない感情に戸惑った。胸の中に霧のようなものがかかり不安になる。
「くっ!!」
フィルガルドは、正体不明の感情を吹き飛ばすように馬を走らせたのだった。
――――――――――――
次回更新は6月8日(土)です☆
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