上 下
172 / 253
第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

187 明と暗(2)

しおりを挟む
 


 大噴水の内部に浮かび上がって来たのは、小さな紫陽花のように見える花だった。
 ちなみに噴水の中に浮かびあってきた花の絵は壁画にはどこにも描かれていない。

「この噴水には本当に暗号が隠されていたのか……」

 ラウルの言葉に、ジーニアスも頷き眉を寄せた。

「しかし……この花は一体、なんの花でしょうか? 図鑑などでも見たことがありません」

 ジーニアスの言葉に元図書館司書のアドラーも首を傾けながら言った。

「そうですね。このような花は私も初めて見ました」

 ハイマ国出身者が様々な意見を出し合う中、ダラパイス国のガイウスやサフィールやディノは噴水の中に浮かびあがる絵を見ながら言葉を失っていた。

 愕然……今の三人の様子を表現すると、この言葉が当てはまる気がした。
 しばらくして、ガイウスが片手を口に当てて震えながら言った。

「こんな仕掛けになっていたとは……盲点だった……」

 するとサフィールも頷いた。

「この大噴水は昔から、夕暮れには閉めるという風習で、そのことになんの疑問も持たなかった……。禁止などされていれば、気づいたかもしれないが……特に禁止されていたわけではないので、今回、ディアを夕方に招待したが、他国の者を接待するために夕暮れ時にこの広場ごと封鎖するというのはそう珍しいことでもない」

 ディノが頷きながら言った。

「ええ。明確に禁止されたわけではなく、なんとなくそうなっているというのが真実を隠していた要因でしょうね。禁止されていれば、その意味を考えたでしょうから……」

 ヒューゴもガラスの底の絵を見つめながら言った。

「そうですね……水を抜いて掃除することはあっても普通は昼間にします。夜にこの中に入って掃除するなんてことはまずありませんからね……」

 どうやらこの仕掛けは、サフィールやディノ、ヒューゴだけではなく、王太子のガイウスでさえ知らなかったようだ。

「ディア……よく気づいたな……」

 ガイウスが目を丸くしながら言った。
 私はこの噴水の中が江戸切子や、薩摩切子のような二十構造になっていることに水と同化する薄い水色のガラスを所々削って何かを表現しているのを見て気づいたのだ。だが普段は水に隠れてよくわからない。前回、側面のカット部分が月の光を集めているように見えて気づいたのだ。

 私が理由を説明すると、ガイウスは黙り込んでしまった。あまりにも三人が呆然としているので「部外者の方が思い込みがない分、真実に気付けたのかもしれません」と答えた。

「そう言われて見ると、確かにこの噴水の中は二重構造になっているな……この国にこのようなガラスの構造はありません……」

 ヒューゴが噴水の中を見つめながら言った。
 私は江戸切子や薩摩切子の存在を知っていたのでガラスの二重構造に気付いたが、そもそもこの技術を知らなければ、気づくこともなかったのかもしれない。

「これは、旧ドラン国から贈られた物……もしかしたら、この技術は旧ドラン国の技術なのかもしれないな。とりあえず、絵師を呼ぶか……」

 サフィールが噴水を見ながら呟いた。

「そうね……何かあった時のためにスケッチでもできるといいけど」

 思わず呟くと、ジーニアスが私を見て微笑んだ。

「クローディア様、この噴水の中に描かれている植物を模写いたします」

 ジーニアスが紙を鞄から取り出しながら言った。

「あ、私も今後のために模写いたします」

 ヒューゴも慌てて紙を出して模写を始めた。
 ジーニアスは凄いスピードで噴水の中に描かれている花を模写した。

「ジーニアス……博学なだけではなくて、絵も上手いのね」

 思わず呟くと、ジーニアスが照れたように言った。

「ありがとうございます……これでも画家を目指していた時期もありまして……」

 ヒューゴのスケッチも特徴をとらえていて悪くはなかったが、ジーニアスの絵はまるで噴水の中に描かれている植物の絵を写真で撮ったように細部まで緻密に描かれていた。

 ガイウスがジーニアスの絵を見た後に言った。

「その絵を譲ってもらえないか? 言い値を支払おう。それにこの絵をあまり外に出したくはない」

 ジーニアスは頷くとガイウスに絵を渡した。ジーニアスが言った。

「殿下、決して外には出しませんので、クローディア様のために私にもう一枚この噴水の絵を描くことをお許しいただけないでしょうか?」

 ガイウスは考えた後に私を見て頷いた。

「わかった。決して外に出さずに、ディアのためにというのなら」
「ありがとうございます」

 そして、ジーニアスはもう一枚紙を取り出して、再び噴水の絵を描いた。

「サフィール。この大噴水はしばらく封鎖する。有能なガラス職人を呼んで他にも仕掛けがないか調査させろ。ガラスか……盲点だった……」

 サフィールは頭を下げながら「これまでガラス職人にこの噴水を調査させた記録はありません。そもそも夜間にこの建物内に入り、調査したこともないはずです。すぐに手配いたします」と言った。

 ガイウスが私を見ながら言った。

「父上は、姉さんを外に出すことに反対していたんだ……」

 ガイウスの言う姉さんとは、クローディアの母のことだろう。
 私は、黙ってガイウスを見つめた。
 ガイウスは目を細めて私を見ながら話しを続けた。

「父上も母上もきっと姉さんを国内の貴族に嫁がせて側に置いておきたかったのだろうと思う……だが……姉さんは『自分が外に出た方が自分のためだけではなく、国のためにもなる』と言ってこのダラパイス国を出て行った。実際、姉さんはダラパイス国でも影響力があったから、もし姉さんが国内に残っていたら、私の正妃のヴェロニカと衝突していかもしれない」

 私はふと、母を思い出した。
 母は他人である父以外には酷く厳しい。自分はもちろん、血の繋がりのある兄カインにもクローディアにもとても厳しかった。
 クローディアが異様にフィルガルドに執着した背景には、フィルガルドは初めてクローディアに優しさを与え、甘やかしてくれた人でもあったことも大きい。
 今思うとクローディアは、母の目がない王宮という場所で、フィルガルドに我儘をいうことで、彼に甘えながらも愛情をはかるという非常に子供っぽい愛情表現をしていた。

 これも全てはクローディアの母、イレーニアが厳しい女性だったからだ。
 ガイウスの正妃ヴェロニカは、かなりしたたかな方のようなので、一本気な母との相性は悪そうだと思った。
 私はガイウスの言葉に納得しながら話を聞いていた。するとガイウスが私の手を取りながら言った。

「さらに……この国で育っていないディアが、ずっとダラパイス国王家を縛っている過去の盟約から解放してくれた」

 正直に言うと、この時の私にはガイウスの言っている意味がわからなかった。

 でも……彼が何から解放され、安堵しているということだけは――よくわかった。

 人の選択というのは、本当にわからないものだ。
 母はきっと、父のことを心から愛している。だから、自分が一番幸せになれる道を選択したのだろう。だが、もしかしたらクローディアの母は、シーザー王と妃の言うことを聞かずに、ダラパイス国を出たことに罪悪感を持っていたのかもしれない。

 そう考えると、側妃を娶るとわかっていても私をハイマ王家に嫁がせたのは、ダラパイス王家への罪悪感もあったのかもしれない。それに母はきっと、私が離婚後にダラパイス国の大公家が私を迎えてくれるということも知っていた可能性が高い。だからこそ私の偽りの結婚を容認したのかもしれない。
 
「ディア……あなたは我がダラパイス国王家を助けるために舞い降りた天使だ」

 え!!
 ガイウスは真面目な顔で言っているが、本気で恥ずかしい!!

 『天使だ』という言葉を真面目に言われて、耐えるのは鋼の心臓がいる。
 私は恥ずかしくて顔を赤くしながら「……そんなことはないです」と自分でも悲しくなるほど残念な受け答えをしてしまったのだった。

 その後私たちは、大噴水を出て、少し離れた場所に待機していた馬車に乗ろうとした。

 その時だ。

 私たちの背後で大きな音と共に強い風が吹いた。

「クローディア!!」

 ブラッドが私を呼び捨てで呼んだかと思うと、頭から覆うようにきつく抱きしめた。そしてガルドが私を抱いたブラッドの前に立ちふさがった。ラウルとアドラー、リリアは抜刀して、ジーニアスやヒューゴも私を守るように、私の周囲を取り囲んだ。

 ブラッドの腕の中から先程まで私たちがいた大噴水を見ると、真っ赤な炎が黒煙を上げながら空に上がっていた。
 
「ディノ、ただちに消火の指示を!! 私はディアと殿下を急ぎ城にお連れする」

 サフィールの言葉にディノが低い声で「御意」と答えた。
 その後、私はブラッドに抱かれたまま馬車に乗ってサフィールとガイウス殿下と共に無事に城に戻った。


 奇しくも大噴水に描かれた仕掛けを解いたその日、――大噴水は何者かによって破壊されてしまったのだった。










 クローディアたちが、大噴水の仕掛けを発見し、襲撃を受けた次の日。

 スカーピリナ国とイドレ国国境付近では、レオンが高台に立ちじっとイドレ国側を見つめていた。

「レオン陛下!! イドレ国は撤退を始めました!!」

 レオンは念のために双眼鏡をレイヴィンから受け取ると、撤退を始めたイドレ国を確認した。

「レオン陛下……いかがですか?」

 レイヴィンの問いかけにレオンは口角を上げた。そして、双眼鏡をレイヴィンに投げて渡すと控えていた兵に向かって言った。

「スカーピリナ軍、全軍撤退!!」

 そして馬に颯爽とまたがると、ニヤリを笑いながら呟いた。

「待っていろ、クローディア……」

 レオンはそう言った後に手綱を引いたのだった。









――――――――――――






次回更新は5月9日(木)です♪
 







 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。