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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
187 明と暗(2)
しおりを挟む大噴水の内部に浮かび上がって来たのは、小さな紫陽花のように見える花だった。
ちなみに噴水の中に浮かびあってきた花の絵は壁画にはどこにも描かれていない。
「この噴水には本当に暗号が隠されていたのか……」
ラウルの言葉に、ジーニアスも頷き眉を寄せた。
「しかし……この花は一体、なんの花でしょうか? 図鑑などでも見たことがありません」
ジーニアスの言葉に元図書館司書のアドラーも首を傾けながら言った。
「そうですね。このような花は私も初めて見ました」
ハイマ国出身者が様々な意見を出し合う中、ダラパイス国のガイウスやサフィールやディノは噴水の中に浮かびあがる絵を見ながら言葉を失っていた。
愕然……今の三人の様子を表現すると、この言葉が当てはまる気がした。
しばらくして、ガイウスが片手を口に当てて震えながら言った。
「こんな仕掛けになっていたとは……盲点だった……」
するとサフィールも頷いた。
「この大噴水は昔から、夕暮れには閉めるという風習で、そのことになんの疑問も持たなかった……。禁止などされていれば、気づいたかもしれないが……特に禁止されていたわけではないので、今回、ディアを夕方に招待したが、他国の者を接待するために夕暮れ時にこの広場ごと封鎖するというのはそう珍しいことでもない」
ディノが頷きながら言った。
「ええ。明確に禁止されたわけではなく、なんとなくそうなっているというのが真実を隠していた要因でしょうね。禁止されていれば、その意味を考えたでしょうから……」
ヒューゴもガラスの底の絵を見つめながら言った。
「そうですね……水を抜いて掃除することはあっても普通は昼間にします。夜にこの中に入って掃除するなんてことはまずありませんからね……」
どうやらこの仕掛けは、サフィールやディノ、ヒューゴだけではなく、王太子のガイウスでさえ知らなかったようだ。
「ディア……よく気づいたな……」
ガイウスが目を丸くしながら言った。
私はこの噴水の中が江戸切子や、薩摩切子のような二十構造になっていることに水と同化する薄い水色のガラスを所々削って何かを表現しているのを見て気づいたのだ。だが普段は水に隠れてよくわからない。前回、側面のカット部分が月の光を集めているように見えて気づいたのだ。
私が理由を説明すると、ガイウスは黙り込んでしまった。あまりにも三人が呆然としているので「部外者の方が思い込みがない分、真実に気付けたのかもしれません」と答えた。
「そう言われて見ると、確かにこの噴水の中は二重構造になっているな……この国にこのようなガラスの構造はありません……」
ヒューゴが噴水の中を見つめながら言った。
私は江戸切子や薩摩切子の存在を知っていたのでガラスの二重構造に気付いたが、そもそもこの技術を知らなければ、気づくこともなかったのかもしれない。
「これは、旧ドラン国から贈られた物……もしかしたら、この技術は旧ドラン国の技術なのかもしれないな。とりあえず、絵師を呼ぶか……」
サフィールが噴水を見ながら呟いた。
「そうね……何かあった時のためにスケッチでもできるといいけど」
思わず呟くと、ジーニアスが私を見て微笑んだ。
「クローディア様、この噴水の中に描かれている植物を模写いたします」
ジーニアスが紙を鞄から取り出しながら言った。
「あ、私も今後のために模写いたします」
ヒューゴも慌てて紙を出して模写を始めた。
ジーニアスは凄いスピードで噴水の中に描かれている花を模写した。
「ジーニアス……博学なだけではなくて、絵も上手いのね」
思わず呟くと、ジーニアスが照れたように言った。
「ありがとうございます……これでも画家を目指していた時期もありまして……」
ヒューゴのスケッチも特徴をとらえていて悪くはなかったが、ジーニアスの絵はまるで噴水の中に描かれている植物の絵を写真で撮ったように細部まで緻密に描かれていた。
ガイウスがジーニアスの絵を見た後に言った。
「その絵を譲ってもらえないか? 言い値を支払おう。それにこの絵をあまり外に出したくはない」
ジーニアスは頷くとガイウスに絵を渡した。ジーニアスが言った。
「殿下、決して外には出しませんので、クローディア様のために私にもう一枚この噴水の絵を描くことをお許しいただけないでしょうか?」
ガイウスは考えた後に私を見て頷いた。
「わかった。決して外に出さずに、ディアのためにというのなら」
「ありがとうございます」
そして、ジーニアスはもう一枚紙を取り出して、再び噴水の絵を描いた。
「サフィール。この大噴水はしばらく封鎖する。有能なガラス職人を呼んで他にも仕掛けがないか調査させろ。ガラスか……盲点だった……」
サフィールは頭を下げながら「これまでガラス職人にこの噴水を調査させた記録はありません。そもそも夜間にこの建物内に入り、調査したこともないはずです。すぐに手配いたします」と言った。
ガイウスが私を見ながら言った。
「父上は、姉さんを外に出すことに反対していたんだ……」
ガイウスの言う姉さんとは、クローディアの母のことだろう。
私は、黙ってガイウスを見つめた。
ガイウスは目を細めて私を見ながら話しを続けた。
「父上も母上もきっと姉さんを国内の貴族に嫁がせて側に置いておきたかったのだろうと思う……だが……姉さんは『自分が外に出た方が自分のためだけではなく、国のためにもなる』と言ってこのダラパイス国を出て行った。実際、姉さんはダラパイス国でも影響力があったから、もし姉さんが国内に残っていたら、私の正妃のヴェロニカと衝突していかもしれない」
私はふと、母を思い出した。
母は他人である父以外には酷く厳しい。自分はもちろん、血の繋がりのある兄カインにもクローディアにもとても厳しかった。
クローディアが異様にフィルガルドに執着した背景には、フィルガルドは初めてクローディアに優しさを与え、甘やかしてくれた人でもあったことも大きい。
今思うとクローディアは、母の目がない王宮という場所で、フィルガルドに我儘をいうことで、彼に甘えながらも愛情をはかるという非常に子供っぽい愛情表現をしていた。
これも全てはクローディアの母、イレーニアが厳しい女性だったからだ。
ガイウスの正妃ヴェロニカは、かなりしたたかな方のようなので、一本気な母との相性は悪そうだと思った。
私はガイウスの言葉に納得しながら話を聞いていた。するとガイウスが私の手を取りながら言った。
「さらに……この国で育っていないディアが、ずっとダラパイス国王家を縛っている過去の盟約から解放してくれた」
正直に言うと、この時の私にはガイウスの言っている意味がわからなかった。
でも……彼が何から解放され、安堵しているということだけは――よくわかった。
人の選択というのは、本当にわからないものだ。
母はきっと、父のことを心から愛している。だから、自分が一番幸せになれる道を選択したのだろう。だが、もしかしたらクローディアの母は、シーザー王と妃の言うことを聞かずに、ダラパイス国を出たことに罪悪感を持っていたのかもしれない。
そう考えると、側妃を娶るとわかっていても私をハイマ王家に嫁がせたのは、ダラパイス王家への罪悪感もあったのかもしれない。それに母はきっと、私が離婚後にダラパイス国の大公家が私を迎えてくれるということも知っていた可能性が高い。だからこそ私の偽りの結婚を容認したのかもしれない。
「ディア……あなたは我がダラパイス国王家を助けるために舞い降りた天使だ」
え!!
ガイウスは真面目な顔で言っているが、本気で恥ずかしい!!
『天使だ』という言葉を真面目に言われて、耐えるのは鋼の心臓がいる。
私は恥ずかしくて顔を赤くしながら「……そんなことはないです」と自分でも悲しくなるほど残念な受け答えをしてしまったのだった。
その後私たちは、大噴水を出て、少し離れた場所に待機していた馬車に乗ろうとした。
その時だ。
私たちの背後で大きな音と共に強い風が吹いた。
「クローディア!!」
ブラッドが私を呼び捨てで呼んだかと思うと、頭から覆うようにきつく抱きしめた。そしてガルドが私を抱いたブラッドの前に立ちふさがった。ラウルとアドラー、リリアは抜刀して、ジーニアスやヒューゴも私を守るように、私の周囲を取り囲んだ。
ブラッドの腕の中から先程まで私たちがいた大噴水を見ると、真っ赤な炎が黒煙を上げながら空に上がっていた。
「ディノ、ただちに消火の指示を!! 私はディアと殿下を急ぎ城にお連れする」
サフィールの言葉にディノが低い声で「御意」と答えた。
その後、私はブラッドに抱かれたまま馬車に乗ってサフィールとガイウス殿下と共に無事に城に戻った。
奇しくも大噴水に描かれた仕掛けを解いたその日、――大噴水は何者かによって破壊されてしまったのだった。
◆
クローディアたちが、大噴水の仕掛けを発見し、襲撃を受けた次の日。
スカーピリナ国とイドレ国国境付近では、レオンが高台に立ちじっとイドレ国側を見つめていた。
「レオン陛下!! イドレ国は撤退を始めました!!」
レオンは念のために双眼鏡をレイヴィンから受け取ると、撤退を始めたイドレ国を確認した。
「レオン陛下……いかがですか?」
レイヴィンの問いかけにレオンは口角を上げた。そして、双眼鏡をレイヴィンに投げて渡すと控えていた兵に向かって言った。
「スカーピリナ軍、全軍撤退!!」
そして馬に颯爽とまたがると、ニヤリを笑いながら呟いた。
「待っていろ、クローディア……」
レオンはそう言った後に手綱を引いたのだった。
――――――――――――
次回更新は5月9日(木)です♪
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