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185 4ヵ国共同戦線イドレ国牽制作戦(3)

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 クローディアたちが気球の撤収を指示していた頃。
 少し離れた場所で、ブラッドがイドレ国の刺客ドルフとイーダと対峙していた。 

「この気球は、イドレ国の皇帝と会うまで我々が保管させてもらう。そして、お前たちにはイドレ国皇帝へ今回のことを報告し、さらにこの手紙を皇帝へ届けてもらう」

 ブラッドはそう言って、当初の計画通りドルフとイーダを解放し、イドレ皇帝の元に戻って今回のことを報告するように伝えた。さらにブラッドは、二人にイドレ国皇帝への手紙まで託したのだ。二人は警戒しながらも静かに頷くと、森の中へ姿を消した。
 リーリア領を去る二人の背中を見送りながらサフィールが呟いた。

「一人は残しておいた方がよかったのではないか? イドレ国の情報を聞く絶好のチャンスじゃないのか?」

 ブラッドはサフィールを見ながら答えた。

「あの二人を残したところで手に入る情報などたかが知れている。恐らくベルンの宰相の方が情報は持っている。あの二人はイドレ国皇帝の命で各地に気球で乗り込んでいるので、あまり皇帝との接触はない。つまりあの二人が持っているのはの情報だ。それならば、あの二人を解放することで、イドレ国側にこちらを攻める理由を一切与えずに、向こうは普通は捕虜として捕えるはずの二人を解放したことで、こちらに何かあるのかもしれないと警戒する。そうすれば、皇帝はクローディア殿とフィルガルド殿下には決して手は……出せない」

 ブラッドの言葉に、サフィールが眉を寄せた。

「……解放することで疑念を持たせるのか。慈愛に満ちているようで……真綿で首を絞めるようにゆっくりと相手を追い詰めるのだな……怖い男だ。……ディアをあの二人に会わせなかったのは、ディアの身を守るためか?」

 ブラッドは淡々と答えた。

「そうだ」

 サフィールは射貫くようにブラッドを見ながら言った。

「回りくどいのは好きではない。単刀直入に聞く。あなたがハイマ国の事を思っているというのは良くわかった。だが……レナン公爵子息殿は、ディアのことを幸せにするつもりがあるのか? 国のため、ただそのためだけに王太子と離婚した後ディアを貰い受けるというつもりながら、その申し出……この場で、辞退してもらう」

 ブラッドは無表情のまま答えた。

「辞退はしない、絶対な。……だが……――強制するつもりもない」

 ブラッドの言葉にサフィールは眉を寄せながら尋ねた。

「……どういう意味だ?」

 ブラッドは相変わらずの無表情で答えた。

「私は……彼女が選んだ相手が誰であったとしても……彼女の選択を……祝福する覚悟がある」

 ブラッドの言葉を聞いたサフィールは怪訝な顔で言った。

「ディア自身に……相手を決めさせるだと?」

 ブラッドの瞳は迷っていた。ここまで作戦中一度も表情を崩さず、どこか人間味のない雰囲気だったブラッドが、初めてサフィールに見せた困惑の表情だった。

 ――誰にも渡したくない……。

 ブラッドの顔を見れば彼がクローディアのことを手放したくないと思っているのは明確だ。それなのに、口からは『祝福する』など思っていないであろう言葉が飛び出して、サフィールがそれが今の自分と重なった気がした。

「ああ」

 サフィールはブラッドを鋭い瞳に睨みながら言った。

「いいのか? もしディアが私を選び、ダラパイス国に来ると言ったら……二度とハイマの地を踏ませる気はない。元夫の元など行かせない。心が狭いと言われようと、私は彼女の過去を全て塗り替える気でいる」

 ブラッドは静かに答えた。

「……彼女はもう充分にハイマのために尽くしてくれた。全てが終わったら……自分の幸せだけを……考えてほしいと思っている」

 これは彼の本心だとすぐにわかった。なぜながら、ブラッドの瞳に迷いはなかった。
 サフィールも本気でクローディアが幸せそうに笑っている顔が見たいと思っていた。例え自分の隣にいなくとも……。
 サフィールは大きく息を吐いた。そして、ブラッドに背中を向けながら言った。

「そうか、ディアの側にいる男が……あなたでよかった。……ブラッド殿。私も王太子殿下の補佐でスカーピリナ国へ行く。長い付き合いになりそうだな」

 サフィールは一瞬だけ振り向くと、ブラッドを見た。そして小さく微笑むと見張りの兵の元に歩いて行ったのだった。









「クローディア様~~~こちらはもう終わりました~~」

 ジーニアスが走って右の気球の撤収を報告に来てくれた。

「ありがとう~~ジーニアス、空はどうだった?」

 すでに左の気球を担当してくれたリリアと、真ん中の気球を担当してくれたガルドからは撤収の連絡が入っていた。

「空から見る大地は大変美しく、星も近く感じて大変趣きがありました。ガルド殿、気球楽しかったですね~~。ぜひまた乗りたいです!!」

 実はジーニアスとガルドは気球に乗ってみたいと言っていたので、イドレ国の二人をブラッドたちが連れて行った後に、もしもの時に備えて用意していたパラシュートを背負って、気球に乗る体験をしたのだ。
 
「え? ……――ジーニアス殿。私は今日ほどあなたのことを尊敬したことはありません。私は今後は地面の上で頑張ります。もっと腕も磨いて、お役に立てるように努力いたしますので……空への依頼はご辞退させていただければと思います」

 どうやら、ジーニアスは空が気に入ったようだが、ガルドは空は苦手なようだった。
 アドラーも乗りたそうにしていたので『アドラーも乗って来たら?』と言ったら『この状況でクローディア様にお側を離れることなど出来ません。私はまた次の機会に』と言っていた。今日は辞退したが次は乗るようだ。そしてラウルは『そうですね、空からの様子というのも知っておきたいですので、いつか乗ろうと思います』と言っていた。

「私もいつかは乗りたいです……」

 リリアが残念そうに言った。
 実はリリアが真っ先に『私、あの気球に乗りたいです』と言ったのだが、念のために作ったパラシュートは、男性用に作ったのでリリアの体系に合うパラシュートがなかったのだ。リリアは小柄で軽いのでリリアの重さではパラシュートが計算通り開かない危険があったのだ。だから今回は、ガルドとジーニアスだけが気球を体験した。

 私たちが撤収を終えて話をしていると、ブラッドがこちらに歩いてきた。
 月明かりに照らされたブラッドはとても美しいと思えた。
 明日が満月だろうか? 少しだけ月が欠けていた。

「クローディア殿。こっちは終わった」

 ブラッドが近くまで報告してくれた。

「そう……ご苦労様」

 ブラッドは私を見ながら言った。

「次は……スカーピリナ国だな」

 私はブラッドを見上げながら答えた。

「そうね……」

 ブラッドは背が高いので顔を見るとブラッドの顔の向こうに美しい月と星空が広がっていた。
 なぜだろう。
 私はその光景がまるで一枚の絵画のように目に焼き付いて目を離せなかった。

「どうした? 寒いのか?」

 動かなくなった私を心配して、ブラッドの手が私の頬に触れた。
 ブラッドの手はとてもあたたかい。

「なんでもない……ただブラッドって、星空が似合う……な、って」

 ブラッドが私の頬を撫でながら困ったように言った。

「そうか……ではあなたを口説く時には星空の下で口説くことにしよう」

 普段と変わらない無表情に見えるが、ブラッドの紫の瞳が揺れて少しだけ照れているように感じるのは気のせいだろうか?
 ブラッドの手のあたたかさと、言葉に引き込まれているとディノの声が聞こえた。
 
「クローディア様~~!! ガラスの容器も無事に積み込みました! 確認されますか?」

 撤収を手伝ってくれていたディノの声で、私はブラッドから離れた。
 
「あ、ありがとう!! わぁ~~凄い綿……」

 ディノはガラス容器が割れないように荷台に綿を敷き詰めてくれていた。白い綿に月が映り、キレイだと思った。

「はい。一応揺れても問題ないということを試しました。これに布をかけて運びますね~~~」

 ディノが明るい声で言った。

「お願いね。わざわざありがとう!」

 私がお礼を言うと、ディノが「いいえ~~」と笑った。そして私は他の兵に話かけられたのでその人と話をした。
 だからラウルがディノに何か話かけていたが、私には聞こえなかった。



 ラウルは、ディノに近づきながら言った。

「今の……故意的ですか?」

 ディノはニヤリを笑いながら言った。

「あ、バレましたか? でも、あなたもホッとした顔をしていますよ? ラウル殿?」

 ラウルは困ったように「そうですね……」と答えたのだった。




「クローディア様。ガラス管も布に包み、別の荷台で運びます」

 私は兵に「ありがとう」と言いながら、他の兵がガラスの容器に大きな布をかぶせるのが見えた。
 当たり前だが、ガラス容器に映った月は見えなくなった。

 残念に思った瞬間、ブラッドが声をかけてくれた。

「ガラス容器に何か気になることでもあるのか?」
「うん……月が……」

 そう言いながら私がブラッドを見上げた時。ブラッドの向こうに見える星空に既視感を感じた。
 そして、私は折角ガラス容器に被せてくれた布を剥ぎ取った。

「クローディア様?! いかがされましたか?!」

 兵が驚いているが、私はそれどころではなかった。

「ガラスに映る月……」

 私は、顔を上げると急いでブラッドを見ながら言った。

「もしかして……あれって……」

 私は月明かりに照らされて壮絶な色気を放つブラッドの袖を握りしめたのだった。







――――――――――――






次回更新は5月2日(木)です♪
 










 

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