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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

175 傾く天秤(1)

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 夜会会場は、王宮のすぐ近くにあるパルテノン神殿を一回り小さくしたような見た目の建物だった。中は体育館くらいの大きさで豪華な丁度品や階段があった。表から見たときは『こんな大きな場所で夜会をするのか』と思ったが、中に入ると想像以上に多くの招待客で溢れていた。
 私は陛下や王妃と話をしたり、他にも多くのダラパイス国の貴族と話をした。他国での夜会だからか、普段は少し離れた場所で様子を見ているアドラーとラウルは、不自然なほど私から離れなかった。
 ラウルとアドラーの距離が近いので、少し目立っていたように思う。
 目立っていたといえば、会場内で一番目立っていたのはブラッドだった。
 ブラッドは色とりどりの美しいドレスを着た令嬢に囲まれて、色彩豊な要塞のようになっていた。

 やっぱりブラッドってモテるのね……。

 私は思わず、ずっと令嬢たちに囲まれているブラッドを見ながら息をついた。
 ハイマ国ではブラッドは無表情で怖いほどだったので人を寄せ付けない雰囲気だったが、最近のブラッドは少しだけ表情も柔らかくなった。元々信じられないほどの美形なのだ。さらに隣国の公爵子息。モテないはずがない。
 なんとなく胸の中に強い風が吹き荒れるような息苦しさを感じて、ブラッドから視線をそらした。そして、美しくライトアップしている庭を見つめた。

「ねぇ、アドラー。ラウル。少しだけベランダに出てもいいかしら?」

 夜会会場には多くの護衛がいる。だから少しだけ息抜きをさせてほしかった。

 私が尋ねると、アドラーとラウルが顔を見合わせた後に「では少しだけ」と言ってベランダに出た。
 ベランダに出ると、恋人繋ぎをして見つめ合ったり、キスしそうなほど顔をくっつけて笑い合っていたり、寄り添っている男女が数組いたが、私の姿を見るとそそくさと去って行った。私は王太子の庭だけではなく、ここでも男女の邪魔をして貸し切り状態になった。

「また邪魔をしてしまったわ……」
 
 思わず呟くと、アドラーが何気なく言った。

「また? 以前にもそんなことがあったのですか?」
「ええ……フィルガルド殿下の庭に行った時……」

 そこまで言うと、アドラーがしまったという顔をしたので思わず言葉を切ってしまった。
 無言になった私に、ラウルが少し大袈裟に両手を広げて言った。

「クローディア様、もしもあなたに翼があったら……今、空を飛んでフィルガルド殿下に会いに行きたいですか?」

 ラウルの言葉に、アドラーが慌てて「おい、ラウル」と言って止めようとしたがラウルはじっと私を見ていた。

 もしも翼があったら……。

 会いに行くか……?
 
 私は大きく両手を広げているラウルの右手に右手を当ててハイタッチのようなまねごとをした。
 周囲に手と手を合わせる大きな音が響いた。
 その瞬間、アドラーは驚いて大きく目を開けて、ラウルは驚いた後に嬉しそうな顔をした。
 私はそんな二人を見ながら答えた。

「いえ。私には私のやるべきことがあるわ。それに……私、レオンのお披露目会には絶対に出席したいわ。王族としての務めというのはもちろんだけど……友人というか……よくしてもらった人だから、晴れ姿を見たい……。空は飛んでみたいけれど……」

 私は本心からそう思っていた。
 フィルガルド殿下に会いたいし、バラのことを聞きたい。
 でも……それは、今ではない……。

 私の答えを聞いたアドラーが口角を上げながら私の前に両手の手のひらを差し出した。
 私はアドラーの両手にも両手を当てた。すると周囲に手と手を合わせた小気味よい音が響いた。
 その瞬間。強い風が吹いて、アドラーの頭に大公家で見たどこかから飛んできたゴリンの花びらがついた。

「アドラー、花びらがついたわ。かがんで」

 私がアドラーの髪から花びらを取るために手を伸ばすと、アドラーが困ったように頭を下げながら言った。

「クローディア様のお手を煩わせるなど……どこから飛んできたのでしょうか?」

 私はアドラーの髪についていたゴリンの花びらを見ながら声を上げた。

「……どこかな?」

 私は周囲を見たが、ゴリンの花は見当たらなかった。

「ああ、あそこでしょうか。ゴリンの木はこの国を象徴する木ですからね……」

 ラウルが少し離れた場所を見上げると、会場から少し離れた丘にゴリンの木が風で揺れていた。

「あんなところから……」

 アドラーがゴリンの木を見ながら呟いた。
 私はその呟きを聞いて、遠くにあるゴリンの木と、アドラーの頭についていた花びらを見た。

 花びらが……飛んできた……?

 私はすぐに背の高い、アドラーとラウルを至近距離で見上げながら言った。

「そうよ……どうして今まで気付かなかったの?」

 私の言葉に、ラウルとアドラーが顔を見合わせて首を傾けたのだった。





 



 クローディアたちが、ダラパイス王都に到着してから3日目の夕刻。
 ハイマ国の円卓の間では……。

 国王エルガルドがゆっくりと右手を胸に当てるのを合図に皆も一斉に胸に当てた。

「ハイマ国に恒久の祝福あれ!!」

 エルガルドが声を上げた後に皆も陛下に続いて声を上げた。

「ハイマ国に恒久の祝福あれ!!」

 そして、エルガルドが席に着くと同時に皆も座った。円卓会議が幕を開けたのだった。
 テール侯爵とラヴァン侯爵は欠席で、代理で王都に住むそれぞれの侯爵子息が出席していたが、他は皆、公爵、侯爵の爵位を持つ者が出席していた。
 会議が始まると、レナン公爵が口を開いた。

「私から説明いたします。昨日、イドレ国からの親書を受け取りました。内容は――」

 レナン公爵は皆を素早く見渡した後に、フィルガルドとイゼレル侯爵に少し視線を送った後に口を開いた。

 ――現在ダラパイス国に滞在中の王族の方と話がしたい。和平の道も模索したいと考えている。ぜひ我が国への招待を受けてほしい。身の安全は約束する。   

「え?」

 フィルガルドが目を大きく開けて、レナン公爵を見つめた。

「ダラパイス国に滞在中の王族……まさか……イドレ国皇帝は、クローディアを?」

 レナン公爵は表情を変えずに言った。

「現在、ダラパイス国に滞在中の王族はクローディア王太子妃。彼女を招待するという意味で間違いはないかと」

 再び円卓の間が水を打ったように静かになった。
 場が冷え切り、膠着状態の中、その沈黙を破ったのはカルム公爵だった。

「これまでイドレ国は、裏で王妃や王太子妃に取引を持ちかけたり、誘拐したりと秘密裏に接触をはかってきたはずなのに……なぜ彼女だけ公に招待したのだ?」

 カルム公爵問いかけに、レナン公爵が答えた。

「その辺りの意図が読めない」

 場の空気が重くなる中、フィルガルドが声を上げた。

「私は……クローディアをイドレ国に行かせるなど反対です」

 エルガルドはフィルガルドの発言を聞き息をのんだ。

 もしもフィルガルド個人を謁見の間に呼んで、今のことを伝えれば『行かせたくない』と発言するかもしれないということは、エルガルドも予想していた。
 だからこそ、円卓会議という王族としての発言を要する場所を用意したのだ。
 イドレ国との和平を結べれば、現在この国が抱えている多くの問題が解決する。その交渉にクローディアが指名されたのだ。クローディアは現在は正妃ではあるが、いずれはエリスが正妃になる。ハイマ国としては王太子妃の代わりはいるのだ。フィルガルドは王族としての自覚が充分に備わっている。いわばエルガルドは、フィルガルドとイゼレル侯爵を納得させるために、円卓会議を開いたのだ。

 ところがエルガルドの予想に反して、フィルガルドはこの公の場でクローディアをイドレ国に行かせることに反対した。エルガルドはフィルガルドの言葉に驚きを隠せなかった。
 エルガルドの動揺を察したレナン公爵が口を開いた。

「イゼレル侯爵はどうだ?」

 イゼレル侯爵の背中に冷や汗が流れた。
 イゼレル侯爵は、クローディアがベルン国奪還に関わっていることをもちろん知っている。今回の件は、もしかしたら、その報復かもしれない。だがクローディアはブラッドと共にいる。ブラッドが絡んでいる以上、この誘いはブラッドが仕組んだ可能性もある。その辺りはイゼレル侯爵にも読み切れなかった。

「……クローディアの判断に――委ねたいと思います……」

 イゼレル侯爵はこう答えるのが精一杯だった。本来ならクローディアをイドレ国になど行かせたくはない。だが、この状況でイドレ国からの誘いを断って攻め込まれたら、後にクローディアは戦を引き起こした王太子妃として裁きを受ける可能性もある。もしかしたら、イドレ国にとってこの誘いは、戦をするための引き金かもしれないのだ。
 親書に書かれていた『身の安全を約束する』という言葉にすがるしかない。

 イゼレル侯爵の奥歯を噛み締める音が周囲に響いた。
 騎士団を管理するフルーヴ侯爵も、クローディアのベルン奪還の功績を知っているので、イゼレル侯爵と同じように考え何も言えずにいた。

 イゼレル侯爵が口を閉じた途端、フィルガルドがこれまで彼が皆の前で見せたこともないほど、周囲を威圧するほどの剣幕で立ち上がった。

「イゼレル侯爵よ、何を言っている?! 自分の娘を単身イドレ国などに!! 私は反対です。クローディアは私の妻です。彼女をイドレ国になど行かせることはできません!! それでしたら……――私がイドレ国に行きます!!」

 フィルガルドの発言に、皆はフィルガルドを見ながら石像のように固まったのだった。







――――――――――――



 
次回更新は4月6日(土)です♪
 





 

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