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第四章 現在工事中です。ご迷惑おかけしております
173 大公邸にて(3)
しおりを挟むハイマ国の騎士団の砦にて、イドレ国からの親書を受け取った騎士団長カイルは、親書を読み眉を寄せた。
「ご苦労だった。私から陛下にお伝えしよう。休んでくれ」
「はっ!」
カイルは大きく息を吐いた。
クローディアがベルン奪還に秘密裏に手を貸したというのも驚いたが、まさかそれがこんな結果になるとは思わず大きなため息をつくしかなかった。
「またしても彼女ばかりに……ラウル、レガード……頼むぞ」
王太子妃クローディアの護衛には、ブラッドの命で機動性を重視して、少数精鋭主義体制を取った。騎士団一の腕利き副団長のラウルと、これからの騎士団を背負っていくであろう若き努力する天才レガードを護衛につけた。さらには、騎士団でも歴代最強の副団長と呼ばれたガルドまでついている。しかも護衛は世界最強の軍隊スカーピリナ国で、しかも指揮を取るのが軍神レオン元総督と、レオンが総督就任後の新生スカーピリナ軍の不敗神話の立役者、参謀のレイヴィン。当初は、少々手厚すぎるのではないかと思ったが、もしもブラッドがここまで先を読んでいたというのなら、脱帽するしかない。
カイルは立ち上がり、騎士団長の執務室を出ると護衛の騎士に声をかけた。
「これから陛下にお会いしてくる。尋ねて来る者があればそのように伝えよ」
「はっ!!」
カイルは、急いで王宮に向かったのだった。
◆
同時刻、エルガルドは王妃イザベラの元を訪れていた。
「エルガルド様……来て下さったのですね……」
エルガルドは、心配そうにベッドに横になっているイザベラの手を取りながら言った。
「イザベラ、容態はどうだ?」
「大丈夫です。今日は少し気分がいいですわ」
イザベラの無理をした笑いに、エルガルドはどうしようもなく愛おしさがこみ上げてきた。
「イザベラ……愛している私の妃……」
エルガルドはイザベラの頬や髪を優しく撫でると、手を握ったまま手にキスをした。
「いつも変らず愛を伝えて下さって嬉しく思いますわ」
イザベラは笑みを浮かべながらエルガルドを見た。
「何を言う、イザベラは年々美しくなる。一体どこまで私を虜にするつもりだ……本当に愛している……イザベラ」
「私も愛していますわ、エルガルド様。ああ、早くこの子に会いたいですわ、男の子でしょうか。女の子でしょうか?」
エルガルドは優しくイザベラの頬や手を撫でた。
「私はイザベラと子供が無事なら性別など気にしない」
実は、フィルガルドとクローディアの結婚を早めた理由の一つに王妃イザベラ懐妊があった。
フィルガルドは、今の時期に結婚式を行いたいと言っていたが、イザベラの出産時期と重なる。
王太子の結婚式に王妃不在というわけにはいかないので、イザベラの安定期にフィルガルドとクローディアの結婚式を済ませたかった。さらに産後はイザベラをゆっくりと休ませたかったというのもある。
案の定、イザベラは医師から赤子のために絶対安静を言いつけられて、現在はベッドから起き上がることを止められていた。
フィルガルドの次の結婚相手である側妃エリスとの結婚式には、国外からの来賓は呼ばないので最悪産後のイザベラが無理をして出る必要はない。次期国王として自覚ある王太子フィルガルドとは違い、エルガルドにとってイザベラはある意味、国よりも守るべきものであった。
エルガルドがイザベラの手にキスをすると、ノックの音が聞こえた。
「陛下、騎士団長カイル殿が至急お目通りをとのことです」
エルガルドは再び、イザベラの手にキスをするとイザベラの側を離れた。
「また来る」
「……どうかご無理をされないで下さいませ」
「ふっ、私にとってイザベラに会えないことの方が耐えられないことなどわかっているだろう? あなたは何も気にせずただ私を迎えてくれればいい」
エルガルドはそう言って立ち上がると、イザベラがエルガルドを見ながら微笑んだ。
「……いってらっしゃいませ、エルガルド様」
「ああ、いってくる」
弱く微笑むイザベラに向かってエルガルドは微笑むと、ゆっくりとイザベラの寝室を出たのだった。
そして、カイルが待つ謁見の間に向かったのだった。
◆
「陛下、イドレ国からの親書が届いております」
謁見の間に入ると、カイルが親書を手渡した。
「イドレ国からの親書だと?!」
エルガルドは眉を寄せながら親書を開いた。そして親書に目を滑らせると、怖い顔をして自分の近くに立つ側近に言った。
「すぐに、レナン公爵を呼べ。その後円卓会議を行う。皆に招集をかけろ!!」
「御意」
エルガルドの側近は返事をすると謁見の間を出て行った。
その後、エルガルドはカイルを見ながら言った。
「……カイル……騎士団を動かすかもしれぬ。……準備しておけ。ご苦労だった」
戦を徹底的に嫌う平和主義者のエルガルドからの出陣予告に、カイルは頭を下げたまま「はっ」と返事をして謁見の間を出て行ったのだった。
エルガルドはもう一度、親書を見ながら呟いた。
「イザベラや生まれてくる子供のためにも戦など……したくはないのだが……彼女たちにこれ以上負担をかけたくもない……どうするべきか……」
エルガルドは眉間に深い深いシワを刻みながら息を吐いたのだった。
◆
エルガルドが親書を見ながら溜息をついていた頃。
スカーピリナ国とイドレ国の国境付近、スカーピリナ国の陣営にレオン、レイヴィン率いるハイマに遠征していたスカーピリナ軍が到着した。幸いまだ開戦前のようだった。
レオンたちが馬から降りた途端、スカーピリナ国の中佐が駆け寄ってきて声を上げた。
「レオン陛下!! レイヴィン参謀、お待ちしておりました!!」
レオンは、片眉を上げながら
「……キリル中佐、ご苦労。早速だが、この軍の陣頭指揮を執っているのは誰だ?」
レオンの言葉にキリル中佐は短く答えた。
「はっ!! ノアール大将であります!」
レオンが片眉を上げた。
「ノアールを手放して陣頭指揮を執らせたのか……兄上も本気ということか……」
レオンはそう呟いた後に、キリル中佐に向かって言った。
「ノアールの陣営に案内してくれ」
「はっ!!」
レオンとレイヴィンは急いで、この軍の陣頭指揮を執っているノアールの元に向かった。
「よう、ノアール。お前が戦場にいるなんて、槍でも降るんじゃねぇか? よく兄上がお前を手放したな」
レオンがノアールの顔を見た途端、冗談のように言った。二人は幼馴染で気安い仲だった。
ノアールは溜息をつくと、控えた兵に「下がれ」と命令して、陣の中はレオンとノアール、レイヴィンの3人になった。
レイヴィンは入口付近に立ったまま、そしてレオンは、椅子に座りながらノアールを見上げて片眉を上げながら言った。
「折角、いい女を口説いてる最中だったのに、他の男に取られたらどうするつもりだ?」
ノアールもレオンの前に座りながら言った。
「あなたから女性の話が出るとは……余程素晴らしい女性なのでしょうね。私もぜひお会いしたいですね」
レオンは口角を上げながら言った。
「ああ……いい女だ……ほんとに。……俺を選んでくれねぇかな……ずっと腕の中に入れて……離さねぇのにな」
頭をかくレオンに向かってノアールが驚きながら言った。
「その言い方だと本人にはそれ……言っていないのでしょう? あなたって顔に似合わず奥手ですよね」
「顔は関係ねぇだろうが……言えない事情ってのが、あるんだよ! さぁ、本題だ。俺を呼び寄せたってことは、お前は王都に戻るんだろ?」
レオンの言葉に、ノアールが真剣な顔で頷いた。
「ええ。あなたのお披露目式もありますし……まだ例の件も片づいていません」
言い淀むノアールに向かってレオンが困ったように言った。
「そうか……。いつも面倒ばかり押し付けて悪いな」
レオンの言葉にノアールが首を振った。
「いえ、それはこちらのセリフです。これまでの経緯と現在の状況、地形図などまとめておきました。私は皆にあいさつをしたら、王都に戻ります。レオン、敵の目的がわかりません。どうか無事で……」
レオンは片眉を上げながら答えた。
「ああ。お前も……」
こうしてレオンがスカーピリナ軍の陣頭指揮を引き継いだのだった。
◆
レオンたちがスカーピリナ国の軍に合流した頃。
混乱状態のクローディアを応接室に案内したサフィールとディノフィールズは、応接室の部屋の前でアドラーと話をしていた。
「側近殿。もしかしてディアは、あのバラのこと……知らなかったのか?」
アドラーは無表情で答えた。
「はい。本来なら昨年の開花時期に、フィルガルド殿下がクローディア様をあの庭園に案内するはずだったそうなのですが……。ちょうどその少し前の時期にヌーダ国で王妃の公園が襲撃され……王太子殿下の庭は安全のために閉鎖してバラを守ったとお聞きしました」
そう、本来なら結婚前にフィルガルドは、クローディアにバラを見せる予定だった。
だが、ヌーダ国で襲撃事件があり、大事を取ってバラ園を封鎖した。
そして、今年クローディアを案内しようと思っていたが、シーズル領に行ったり、爆発騒ぎがあったりして、お互いにすれ違って丁度開花時期にバラを見に行く時間が取れなかったのだ。
アドラーの言葉を聞いたサフィールが青い顔で言った。
「なんてことだ……!! 私はなんという無粋なことをしてしまったのだ!!」
頭を抱えるサフィールの前に、アドラーは感情を見せずに淡々と言った。
「いえ……。私たちも……ずっと言えなかったので、フィルガルド殿下と離れている今、バラのことを知れたのは……よかったのかもしれません……」
「側近殿……」
そして、アドラーはまっすぐにサフィールを見ながら言った。
「しばらく応接室をお借りいたします。ご心配なく、どんなことがあっても、クローディア様をお支えいたしますので。それではクローディア様の元に戻ります」
アドラーは、サフィールに頭を下げて応接室に入って行った。
アドラーの背中を見送ったディノフィールズが呟いた。
「どんなことがあっても支えるか……言ってくれますねぇ~。もしかしてあの側近、クローディア様のこと……」
サフィールは扉を見ながら言った。
「邪推はやめておけ、側近として責任感を邪な目で見てやるな」
「失礼しました。そうですね」
ディノフィールズはそう言うと、顔を歪めながら言った。
「閣下。……ディア様をあの王太子から奪いましょう。あのようなディア様を見ていられません!! 閣下の方が何倍もディア様のことを想っています!!」
サフィールは、目を大きく開けながら言った。
「奪うなど簡単に口にするな。それに、あの様子……ディアはまだあの男が好きなのではないのか? 好きな男の側にいるのが一番の幸せではないのか? それに想いの強さなど計る物差しなどないのだ……誰の想いが一番かなど考えているだけ無粋だというものだ。それよりも、今、私がディアのために出来ることをしたい」
ディノフィールズは大きく息を吐いた後に言った。
「サフィールってたまにすごくカッコイイですよね」
そして、姿勢を正して言葉を続けた。
「では閣下。すぐに王宮に連絡して、ディア様の夜会の用意を一式取り寄せます。ディア様にはギリギリまでこちらで休んでもらって、本日は大公家から夜会に出席して頂くのがいいかと。これから私は厨房に向かい料理長に依頼して、ディア様が笑顔になるような美味しいものを用意させます」
ディノの提案にサフィールも頷いた。
「頼む。ディアは花が好きなようだったし、私は食卓に飾る花を用意することにする」
サフィールとディノフィールズはクローディアの心を少しでも癒すために何かできることをすることにしたのだった。
――――――――――――
主人公不在回ですみません!
次は登場します!
次回更新は4月2日(火)です☆
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