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第四章 現在工事中です。ご迷惑おかけしております
162 騎士の想いと矜持(1)
しおりを挟む次の日は、清々しいほどの青空が頭上に広がっていた。大荒れだった昨日の天気が嘘のようだ。
そんな早朝に、私たちはレオンやレイヴィン、ここまで私たちを守ってくれたスカーピリナ国の兵に別れを告げた。
レオンたちは王都から兵が到着する昼頃まで出発を待つと言ってくれたが、これからレオン達は山を越える必要があるのだ。ダンテ領邸にも見張りの兵はいるのだし、レオンたちには今日中に山を越えてゆっくりと休んでほしいので、早朝に屋敷を出てもらうことになった。
久しぶりにレオンの背中には大剣が背負われていた。私はそんなレオンを見て酷く心が痛んだ。
レオンは私を見ながらつらそうに顔を歪めながら言った。
「クローディア、本当にすまない。必ず勝利し、安全なスカーピリナの地にクローディアを迎えると約束しよう。それまで、待っていてくれ」
そして私はレオンの力強い腕の中に抱き寄せられた。
レオンの心臓が早くて、私はレオンの心音を充分に聞いた後に答えた。
「ええ。どうか気を付けて、信じてるわ。レオン」
レオンは、私から身体を離すと顔をくしゃくしゃにして困ったような笑顔を見せながら言った。
「本当に……クローディアは士気を上げる天才だ。愛おしい相手に真っすぐな瞳で信じると言われれば、絶対にその信は裏切れない。クローディアもどうか無事で」
レオンはそう言うと、私のおでこと目の横にキスをして身体を離した。そして、一瞬で勇敢な軍神の顔に戻り、スカーピリナの兵に向かって言った。
「行くぞ、戦場へ」
スカーピリナ国の兵が高らかに声を上げ、レイヴィンはうやうやしく礼をしながら鋭い目つきで答えた。
「御意」
レイヴィンの顔からもいつものおどけた様子は消え去り、スカーピリナ国の参謀の顔になっていた。
颯爽と馬にまたがるレオン達を見送り、私はみんなが見えなくなるまで見送っていたのだった。
こんな風にずっと一緒に過ごして心通わせた人たちを戦場に送るのは……絶望するほど心や身体が――痛い。
なぜ人は争うのだろうか?
大切な人たちが傷つくかもしれないのに。それほどまでして得られる物とは、なんだろうか?
――権力? ――富? ――名誉?
皆と笑い合いながら過ごす穏やかな日常に比べれば、私にはどれも――霞んで見える。
本当に大切な人を戦場に送るのは、精神だけではなく、肉体にも痛みを与えるということを――身を持って知った。
「不安か?」
ブラッドが私の隣に寄り添うようにして口を開いた。私はしばらく口が動かなかったが、ようやく動くようになって口を開いた。
「いえ……私は……レオンたちを信じているもの……」
強がりじゃない。本心だった。本当にそう思って口にした。
だが皆が泣きそうな顔で「クローディア様……」と口にしていた。
そして、気が付けばブラッドが私の背中を撫でてくれていた。優しくて落ちつく匂いと、規則的な動きに段々と呼吸が整ってきた。
「そうか……やはりあなたは……(美しいな)」
私は、ブラッドの体温を感じてようやく足の震えが止まったのだった。
◆
クローディアが、ダンテ領邸正面のエントランスでレオンたちを見送っていた頃。
レガードたちは、自主的にハイマの騎士数人と共にダンテ領邸の裏門近くに居た。ダンテ領邸は貴族の保養所にもなっているので広大な敷地なので、裏門と言えどもかなり屋敷からは離れていた。
ダンテ領の私兵は深夜、雨が上がった後に、この屋敷の警備兵を残して大半が街道封鎖に向かった。
ダラパイス王都からの援軍が来るのは今日の昼間。
さらにクローディアの護衛を引き継ぐことになった大公家の私兵の到着は明日の朝。
つまり、今はこの領邸の守りは普段よりも心もとない状態だった。クローディアの側には常にガルドやラウルやアドラーがいるから心配ないとはいえ、イドレ国のやり方を知ってしまった今は、やはり警戒してしまう。
――このような状況は狙われやすそうだ。
レガードの発案で、ハイマ兵は鍛錬ではなく、屋敷の庭辺りの警備をしようという話になったのだ。
「レガードは本当に真面目だな。だが……警備については賛成だ」
ハイマ騎士がレガートに向かって言った。すると別の騎士が楽しそうに笑いながら言った。
「そうそう、それにレガードは愛しのクローディア様に対しては一切の妥協を許さないからな~~。なぁ、クローディア様が王室から抜けたら、クローディア様に交際を申し込むって本気か?」
レガードが慌てた様子で言った。
「おい、今はまだクローディア様はフィルガルド殿下の奥方様だ。滅多なことを言うな」
レガードの言葉に、ハイマ騎士は眉を下げながら言った。
「今はまだって自分で言ったぞ? だがな~~あんなに素晴らしい方が奥方で、結婚前から堂々と浮気宣言。初夜も放棄して、正妃の誇りを踏みにじり、それにクローディア様をこんな危険な旅に送り出しておいて、御自分は自国で悠々と、側妃殿と仲睦まじく過ごすっていうのも俺は理解できないよな~~でも政治的な理由ですぐに離婚できないんだろ? 陛下もむごいことをする。御自分は昼間でも公務の空き時間になると頻繁に王妃殿下の寝室に通って、仲睦まじく過ごしているのにな。クローディア様も気の毒にな」
その言葉を聞いた他の騎士も一斉に頷いた。
「そうだよな。クローディア様の何が気に入らないんだ?」
「気に入らないっていうより、側妃になる令嬢はフィルガルド殿下と趣味が合うって噂だろ? それで意気投合したって殿下たちと同時期に学院で過ごしていた連中は噂している」
「趣味? ああ、図書館や、空いている研究室を二人で借りて過ごしていたっていう? バカだな~図書館はともかく、研究室は趣味じゃなくて、逢瀬だったに決まってるだろ? 男女が二人で部屋に篭るなんて逢瀬以外ないだろう? あ~~でも、殿下の女性を見る目無さすぎだよな~~あんなに健気で優しくて綺麗なクローディア様を袖にするか~~。なぁレガード、ここには俺たちしかいないって、本心ではどう思ってるんだよ? お前、爵位持ちなんだしさ、可能性あるだろ?」
仲間の騎士の言葉に、レガードは怖い顔で答えた。
「私だって……陛下や殿下のお考えは全く、微塵も、粒ほども理解できない。私なら絶対にクローディア様を離しはしない。もしクローディア様が王家を抜けた後に、私を選んでくださるというのなら、生涯大切にして幸せにする。クローディア様を想う気持ちは誰にも負けない自信がある」
ハイマ騎士が「お、おお……さすが……こっちが照れる……」とレガードの本気の言葉に顔を赤くしていると、門から激しい金属音が聞こえた。
「なんだ?」
レガードやハイマ騎士が警戒していると、門から大人の身の丈ほどの巨大な武器、ランスを持った大男と、スラリとした女性と数人の男性が入って来た。レガードは、門から入ってきた男をよく知っていた。
そしてレガードは小声でハイマ騎士の一人に言った。
「至急ラウル団長に連絡を!!」
「ああ」
ハイマ騎士はラウルの元に走って行った。
レガードが剣を構えると、巨大な槍のような武器ランスを持った男が、レガードを見ながら言った。
「なるほどな。通りで腕相撲が強いはずだ。貴殿はハイマの騎士殿だったのか……こんなところで会うとはな」
レガードが男をじっと見つめながら言った。
「あなたは……ドルフ殿……」
そう……裏門から入って来たのは、以前、レガードたちがベルン国を奪還するためにベルン国の王都に忍び込んだ時に、腕相撲の勝負をして引き分けになったドルフだった。
「さぁ、今度こそ決着をつけさせてもらおうか……」
ドルフはランスを構えながら口を開いた。
「巨大なランスを持つ男性と、女性……あなたが……リリア殿たちが言っていたクローディア様をつけ狙う賊だったのですね。ドルフ殿……残念です」
レガードもそう言って剣を構えたのだった。
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