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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

154 山深い別荘地へ(3)

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 食事の後、ブラッド、ガルド、ラウル、ジーニアス、レイヴィンは調べたいことがあると言って、ガラマ領の領主と共に食堂を出て行った。
 私は、レオンとアドラーとリリアとヒューゴと共に遊戯室に移動することになった。

「ねぇ、みんなはカードゲームを知っているの?」
 
 私が尋ねると、三人とも「知っていますよ」と答えた。もしかしたら学院などで一度は遊ぶものなのかもしれない。クローディアは常に、フィルガルドの事ばかりだったので、カードゲームには興味はなさそうだ。
 私がそんなことを考えていると、ヒューゴが微笑みながら言った。

「クローディア様なら、すぐに覚えられますよ。わからないことはお教えしますので安心して下さい」
「うん。よろしくね」

 私たちが楽しく談笑しながら食堂から遊戯室に移動していると、ガラマ領邸の執事が足早に私の近くまでやってきた。

「王太子妃殿下、大公御子息様がご到着になりました」

 大公御子息?
 全く誰のことかわからないが、もしかしたら近くまで来たからあいさつに来たという感じかもしれない。
 レオンを見ると、レオンも首を傾けていたので、知り合いではないようだった。
 貴族は、知り合いではないが、あいさつをするというのはよくある。しかも相手が大公子息というのなら、政治的にもあいさつをしておいた方がよいだろう。

「すぐに行くわ」

 私はそう答えて執事に案内されて大公子息が待つエントランスに向かった。
 執事に連れられて、エントランスに行くと、明るい茶色の髪に琥珀色の瞳のイライラした様子の貴族男性と、深緑の髪に髪と同じ瞳の同じく笑顔の貴族男性が立っていた。
 そして、茶色の髪をした貴族男性が私を見ると、大きな声を上げた。

「ディア!! なぜこんな所にいるのだ?!」

 え~~、何? 誰?
 私は、出会った瞬間、見知らぬ男性に怒鳴られた。
 正直意味がわからない!!
 しかも、ディア?!

 男性は、私に数歩近づきながら、益々声を大きくしながら言った。

「そもそも、半月も前にハイマを出たのだろう?! 寄り道が多いのではないか? どれだけ心配をかければいいのだ?!」

 何、何、何なの~~?
 いきなり知らない人に怒鳴られる意味がわからない。
 しかも、背の高い男性に睨まれながら詰め寄られると、かなり恐怖だ。

 私が怯えていると、目の前にアドラーとレオンの背中が見えた。

「いきなり、誰だ? クローディアをハイマの王太子妃だと知っての態度か?」

 レオンの凄みある声が聞こえた。
 怒鳴り散らしていた男性は、レオンの凄みある声にも全く動じることはなく、レオンを射貫くように見上げながら言った。

「これは、スカーピリナ国の国王、レオン陛下。お初にお目にかかります。彼女しか目に入らなかったもので、無礼をお許しください。陛下が何をお考えになり、これほどまでに彼女の到着を遅らせたのか、問いたいと思っておりました。ディアのことを一番に考えれば、防犯や健康あらゆる面で、辺境伯邸に長期滞在するより、ダラパイス王宮に長期滞在した方がよろしいのでは? もっと彼女を優先してはいただけませんか?」

 男性はかなり威圧的なレオンに対しても堂々とした態度で言い切った。
 レオンは、男性に向かって「貴公、クローディアの知り合いか?」と尋ねると「そうです、ディアは私を知っているはずです」と答えた。

 茶色の髪の貴族男性にそう言われて私は、必死にクローディアの記憶を辿ったが、全く思い出せない。

「申し訳ございません、どちら様でしょうか?」

 私が謝罪すると、茶色の髪の男性がふらりと後ろに下がった。

「え……ディアは……私のことを覚えていないのか……」

 男性が絶望的な表情をしているので、なんだかこっちが申し訳なくなってくるが、本当にわからないし、記憶にも全くないのだ。
 私が困っていると、絶望に打ちひしがれている男性の隣に立っていた男性が、近付いてきた。

「ディア様。私の事は覚えていますか?」

 そう言われて、男性の顔を見た。
 深い緑の髪と目……。
 その瞬間、私の脳裏に美味しそうなクッキーや、焼き菓子が浮かんでそれを私に『ディア、ごめんね。彼に悪気はないんだけど、どうしようもなくお子様なんだ。これでも食べて彼のことは忘れてね』と言いながら優しく微笑む男の子の顔が浮かんだ。

 クローディアはこの子を知っている。
 ウィルファンや、ヒューゴほどではなかったが、心を許してよく話をしていた。
 名前は……確か……。

「あなた……リノ?!」

 男性は嬉しそうに微笑みながら答えてくれた。

「はい。正確にはディノフィールズと申します。幼い頃のディア様は、私のことをリノと呼んで下さっていましたね。どうぞ、私のことはディノとお呼び下さい」

 どうやら幼い私はまた発音が出来ずに、男性の名前を間違えて覚えていたようだ。
 ディノフィールズ、通称ディノは、ダラパイス国に行くとよく遊んでいた男の子だ。私を睨んだり、怒ったりするいじめっ子に泣かされた後に、優しくお菓子をくれたり、頭を撫でてくれたりなぐさめてくれたのだ。

「クローディア、誰だ?」

 レオンの言葉に、私はレオンとディノを見ながら言った。

「幼い頃、ダラパイス国の王宮に行くと、私をいじめる男の子がいたの。それで、その男の子に泣かされた後は、いつも優しくして貰っていたの!! ディノ、すぐにわかったわ。面影があるもの!!」

 私が説明すると、茶色の髪の男性が大きな声を上げた。

「何?! 幼いディアをいじめた者がいるのか?! なんという不届き者!! 必ず見つける!!」

 男性の言葉に、ディノが呆れたように答えた。

「あ、そのいじめっ子、閣下ですよ。よかったですね! 発見です!」
「は……?」

 茶色の髪の男性が唖然としていると、ディノが楽しそうに言った。

「ディア様、こちらはダラパイス国、大公閣下の御子息サフィール閣下です。私はサフィール閣下の秘書をしております。ちなみに、閣下とディア様とは御親戚になられます」

 え?!
 親戚……。
 この大公御子息様と?!
 クローディアの血筋凄いな……。

 私は、唖然としながらもディノにお礼を言った。

「そうなのね。説明ありがとう、ディノ」
「いえ」

 私たちが話をしていると、サフィールが真剣な顔で大きな声を上げた。

「そうだ、ディア!! 誤解するな!! 親戚と言っても血の繋がりはかなり薄い。水ほどの薄さだ言っても過言ではないかもしれない。親戚だと定義するのがおかしいくらいの濃度だ。つまり、結婚できるくらいの親戚だ」

 サフィールは、かなり高圧的な態度でそう言い捨てた。

 私とは血の繋がりが薄いということを強調したいのだろうか?
 それほどまで、私と親戚だと思われたくないということだろうか?
 そこまで否定されると地味に凹むのだが……。
 
 サフィール、顔はいいのに……残念過ぎる。

「……そうですか……」

 反応に困ってとりあえず返事をすると、レオンが、私を見て困ったように呟いた。

「エルファンといい、大公子息殿といい、クローディアの血筋の者たちは、随分と……うる……賑やかだな」

 それ……私もなんとなく思った。
 言葉にされると、結構複雑な気分だよね……。
 しかも、あのレオンが賑やかって少し言葉を選んだよね?!
 うるさいとか言いたかったっぽいけどね?!
 気遣いが居たたまれない。

 私がレオンと話をしている間も、サフィールは、ディノと揉めていた。

「ディノ~~~お前、いつの間にディアと仲良くなっていたのだ?! 聞いていないぞ?!」
「そうでしたか?」
「~~~~!! 白々しいにもほどがあるだろう?! あと、ディアと呼ぶな!!」
「御言葉ですが、ディア様の記憶にもない閣下が呼ぶよりも、私が呼ぶ方が自然では?」
「くっ……ディノ、表に出ろ~~」
「外は大雨なので却下です」

 サフィールと、ディノはとても……仲がいいようだ。
 外は雨が強くなっていた、嵐が来るのかもしれないが、私にとってはこの親戚だという男性の登場がまさに嵐だったのだった。



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