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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

121 風の足音(1)

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 私は、エルファンと二人で窓辺に置いてある小さなテーブルと椅子に座って話を聞くことになった。
 私の座っている位置からはみんなの顔が見えるが、エルファンからはみんなの姿が見えないようにソファーに座って待ってもらった。もちろんみんなには、私たちの会話もしっかりと聞こえている。

「エルファン、楽な言葉で話してほしいな」

 エルファンは頷いた後に言った。

「うん……」
「ありがとう」

 エルファンは、相変わらず情熱的な瞳を向けてくれる。その真剣な瞳が私にはとても眩しく見えた。

「クローディア様。僕、どうしてもローザのお兄様のご病気を治したいんだ。ローザはお兄様が苦しそうだと、とても苦しそうな顔をするんだ……僕、ローザにはいつも笑っていてほしいんだ。そのためなら、僕、なんでもする!!」

 ローザと言う名前は女の子に多い名前だ。エルファンのお友達というのは女の子だったようだ。さらにエルファンにとっては、病気の子を助けたいというよりも、ローザが笑ってくれることが最大の目的のようだった。

 そうか……だから、私、この子を放って置けなかったんだ……。

 私は、エルファンを見てどうしても助けてあげたいと思った理由がわかってしまった。
 当のエルファンが意識しているかどうかはわからないが、エルファンにとって、ローザはただの友達というよりも、好きな人という方が近いのかもしれないと思えた。
 大切な人のために怖い思いをして馬車を止めるのは勇気と行動力があるし、どうしても魔法使いに会いたいと言い続けるのは忍耐力があるとも言える。だが、裏をかえせば馬車を止めたり、自分を送ってくれた人を困らせるのは我儘な態度とも言える。
 相反する魅力を持つエルファンという少年を見て、私の思ったこと、それは……。

 ――この子は、クローディアに似ている……。

 クローディアも、フィルガルド殿下のことをひたすら一途に愛していたが、そのせいでフィルガルド殿下のことになると周りが見えなくなるほど大胆な行動をとって、周囲を困らせていた。

 ――そう、エルファンには、クローディアと同じ血が流れている。

 先ほどエントランス前で、少しやりとりを見た感じ、ウィルファンもマリアもエルファンには手を焼いて疲れている雰囲気だった。私に対してエルファンの両親が必死にあやまっていた顔は、フィルガルド殿下がクローディアのことで必死に謝罪していた時の表情によく似ていた。

 私には、好きな人のために周囲などお構いなしに行動するエルファンやクローディアが、理解出来ないと思う反面、誰かのためにそこまで一途に何かができるというのが羨ましくも思えた。
 
 二人の強い意思と行動力は心から尊敬する。
 だが、目的のためなら手段を選ばないやり方は理解できない。
 相反する感情が渦巻く、この感覚を私はよく知っている。

 ――私は、もしかしたら、エルファンにクローディアを重ねて、彼を助けたくなってしまったのかもしれない。

 私は、意思の強い眩しいほど真っすぐな視線を向けてくれるエルファンを見ながら尋ねた。

「そう、ローザっていう女の子のお兄様がご病気なのね……エルファンは、ローザにもローザのお兄様にも苦しそうな顔をさせたくないから、そのローザのお兄様の病気を治したいのね?」

 エルファンはまるで射貫くような真剣な瞳で頷いた。

「うん」

 エルファンの力のある強い瞳に吸い込まれそうになりながらも、私は胸の中に湧き上がる『理解できない』という感情と『羨ましい』という複雑な感情を抑え込み、必死で冷静さを保ちながら、気になっていることを順番にエルファンに聞いてみることにした。
 手を貸すにしても、どういう状況か全くわからないので、整理する必要があるだろう。

「ところでエルファンは、どうして私が魔法使いだと思ったの?」

 これは、私たちが最初に感じた疑問だった。
 小さな子が、私たちの馬車を見て、弟子入りを志願するほど明確に魔法使いの馬車だ、と断定できた理由が知りたかった。

「少し前にジルが、ローザのお兄さんと話をしていたのを扉の外で聞いていたんだ。その時『クローディア様とは、魔法が使えるようだ』って言ってたんだ。それに今日だって、ローザとジルと一緒に、火龍を見ていたから、僕も魔法使いだって思ったんだ」

 またエルファンから謎の『ジル』という人物の名前が出て来た。しかも、エルファンはローザだけではなく、ジルとも一緒に私の仕掛けを目撃している。
 しかも、エルファンが、ジルという人物とローザ兄と話をしてるのを目撃しているということは、ジルとは、ローザの兄ではない。
 
「エルファン、そのジルっていうのはどんな人なの? エルファンと同じくらいの年のお友達なの?」

 私の問いかけに、エルファンが首を振って答えた。

「違うよ。ジルは、クローディア様より年は上だと思うよ。ローザのお兄様より少し年上だと言っていたから……」

 どうやら謎の人物ジルも、ローザの兄も、私の想像以上に年上のようだった。

 その後のエルファンの話で、様々なことがわかった。
 まず、エルファンは毎日、ローザの住んでいる森の奥にある屋敷に通っていること。
 そして、今日はローザの兄の友人だというジルという人物と一緒に望遠鏡で、屋敷の塔の上にある小窓から、私の仕掛けを見ていたということ。
 その時、私が乗り込んでいた馬車を、ジルという人物とローザと一緒にエルファンは望遠鏡で見ていたということ。

 エルファンはどうやら、子供が関わるには心配になるような危険な出来事に足を踏み入れていることが判明した。
 話を聞いていたウィルファンとマリアは、この事実を知らなかったようで、二人とも青い顔をしていた。
 大人の心配など気にすることもなく、エルファンは無邪気な様子で言った。

「クローディア様。明日、ローザに会いに来て!! すごくいい子なんだ!!」

 これは私が関わる関わらない関係なしに、放置してはいけない事態だ。
 この時代、望遠鏡だってかなり高価なので、持っている人は少ない。それなのに、ジルという人物はその望遠鏡を持っていた。
 しかも、エルファンにわざわざ私の馬車を見せている。もしかしたら、これはエルファンの性格を知っているジルという人物の罠かもしれない。
 とにかくクローディアと同じ血が流れているエルファンが、ローザを助けると決めている以上、周りの人間に彼を止めることなど出来ないことは、すでにクローディアで証明されている。それならば、これ以上彼を一人で行動させるのは危険なことだけは間違いない。

 私がガルドやリリアやジーニアスを見ると、みんなもわかってくれていたようで、私に優しくも真っすぐとした眼差しを向けてくれていた。
 これはみんなが言ってくれる『クローディア様のお心のままに』と口にする時の顔だった。

「わかったわ。エルファン。明日、ローザとお兄様に会いに行くわ」

 エルファンはとても嬉しそうに笑った。

「約束だよ!!」
「ええ。約束」

 私がエルファンと明日の約束をした後に、マリアがエルファンを連れて部屋を出て行った。
 その後、私は何か事情を知っていそうなウィルファンに話を聞くことにしたのだった。




 エルファンが部屋を出た後に、私がウィルファンの前に座ると、青い顔をした彼が口を開いた。
 ウィルファンは、必死に明日エルファンについて行くことを止めた。だが、どうしても行くという私にとうとう、知っていることを話してくれた。

「森の中の塔のある屋敷とは……旧ベルン国の王族の方をかくまっている屋敷のことかもしれません」

 全く想像していなかった言葉がウィルファンから飛び出し、私は息を飲みながら言った。

「旧ベルン国の王族をかくまっているの?」
「はい。いにしえの盟約により、現在、我が領ではベルン国の王族の方をかくまっています」

 私は、背中に汗が流れるの感じながら言った。

「では……ローザと病気の兄というのは……」

 私の呟きのような問いかけにウィルファンは、ゆっくりと顔を上げて答えてくれた。

「ローザ王女殿下と、アンドリュー王子殿下と思われます」
「旧ベルン国の王族……」

 想像を越える人物の名前が飛び出し、私は眩暈がしそうになった。
 だが、そこまで知っているのなら、ジルという人物もわかるかもしれない。私は、ウィルファンを見ながら尋ねた。

「ウィルファン。では、ジルとは誰かわかるかしら?」

 ウィルファンは、両手を組んで、緊張した様子で私を見ながら言った。

「エルファンが言っていたジルという人物……もしかしたら、旧ベルン国の宰相ジルベルト閣下のことかもしれません」

 旧ベルン国の宰相?!
 私は想像を遥かに越えたエルファンの交友関係の凄さに、言葉を失ってしまったのだった。




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