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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

115 国境で(3)

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「クローディア様。現在、偵察隊を三部隊ほど捕えました。誰一人として逃がしておりません。順調です」

 レガードが、敵の死角になる位置から丘に登って来て、下の状況を報告してくれた。

「ありがとう、レガード。何度も往復させてごめんなさい、疲れたら誰かと代わってね」

 レガードが報告役になってくれているようで、すでに三回も往復させているのが申し訳なくて、提案するとレガードは無邪気な笑顔で答えてくれた。

「いえ、普段はもっと苦しい訓練もありますし、お気になさらないで下さい。それに、上手くいったことをクローディア様に報告できるなんて、光栄です。誰にも譲りたくありません」

 純真な瞳で爽やかに微笑まれて、そんなことを言われたら、私は真っ赤になって倒れてしまいそうだ。
 
「ありがとう、レガード。では引き続きよろしくね」
「はっ!!」

 レガードは敬礼をすると、元気に丘を下って行った。私が、丘を下って行くレガードの背中を見送っていると、ブラッドが少し低い声で言った。

「三回か……そろそろ向こうも焦れて来る頃だな……」

 ブラッドの言葉に私も頷いた。

「そうね……そろそろね……みんな、例の作戦の準備してくれる?」

 私の言葉にみんなは、真剣な顔で「はい」と言ってくれたのだった。
 





 相変わらず優雅にお茶を飲んで談笑しているように見えるクローディア一向を眺めながら、指揮官は苛立ちを隠せなかった。

「すでに三部隊も偵察隊を送っているのに、まだ戻らないのか?!」

 指揮官の荒々しい様子に部下は怯えながら答えだ。

「まだです。現在、新たな偵察隊を組織しておりますので、少々お待ち下さい」

 指揮官は重い腰を上げた。

「もういい。これ以上は待てない。全員配置に……あれは……なんだ……?」

 指揮官は、クローディア一向の方を見ながら思わず固まってしまったのだった。

 クローディアたちがお茶を飲んでいる丘の上に、火の滝のような物が現れた。

 すぐに消えてしまったが、空に不穏に現れた火が流れる様子は、異様な光景で兵士は動けずに固まった。

「ベルン王家の守護、火龍だ……」
 
 誰かがそう言ったのを聞いた兵士たちは、もう誰一人として動くことが出来なかったのだった。






 後に奇跡の火龍といわれ、兵士の戦意を喪失させた作戦をクローディアたちは今、まさに実行しようとしていた。

 ――火龍の正体……それは、お酒をしみ込ませた布なのだ。
 
 まず、アドラーが長い板の真ん中に丸太を置いて、シーソーのようにした木の板の端に酒樽を置いた。
 酒樽はすぐに板から離れるように軽く固定してあるが、念のため、アドラーがギリギリまで支えている。
 それにリリアが、少し長めの布を小枝で広がる面積を増やし、布の下に重りを付けて樽に固定した。
 そして、ラウルは、酒樽が乗っている方と反対側。板が上がっている方の前に立った。

「クローディア様、準備ができました」

 アドラーが声を上げると、私はジーニアスとヒューゴを見ながら言った。

「ありがとう、ジーニアスとヒューゴはどう?」

 声をかけると、ジーニアスが手に松明を持ち、油をしみ込ませた布を矢じりの先に巻きつけ、いつでも布に火をつけられるように待機していた。本当は森林破壊になるようなことはしたくないが、この油は天然成分で作られた油らしいので、いずれ大地に帰るだろう。ちなみにこの弓矢で火事にならないように、アドラーが消火に備えている。

 そしてヒューゴが、油のしみ込んだ布を巻きつけた矢を弓につがえた状態で答えた。

「クローディア様、こちらはいつでもいけます!!」

 ヒューゴの答えに私は頷くと、望遠鏡で敵の様子を見ていたブラッドを見ながら言った。

「ブラッド、こちらの準備は出来たわ」

 私が声をかけると、すぐにブラッドが望遠鏡を覗いたまま声を上げた。

「こちらもいつでもいい!!」

 ブラッドの合図と共に私は声を上げた。

「ラウル!! お願い!! ジーニアス、点火して!!」

「はっ」
「はい」

 ラウルが板に飛び乗ると、酒樽と共にお酒をしみ込ませた布が空高く飛び上がった。
 私としてはここは丘の上なので、二階建てのビルくらいの高さまで上がればいい、と思って計算してシーソーを用意していたが、ラウルの脚力のおかけで、三階建てのビルくらいの高さまで酒樽が上がった。
 それと同時に中から、酒樽と共にお酒をたっぷりと含んだ布が重りの影響で、ひらりと縦に舞い降りる。
 その瞬間、ヒューゴは火の着いた弓矢で、お酒をたっぷりとしみ込ませた布の上部を狙った。
 ヒューゴの狙いは見事で、アルコールを含んだ布に火の矢が触れると、まるで空に火の滝が流れるように火の線が出現した。
 お肉料理を作る時に、シェフがフライパンにお酒を入れて火が出るフランベの技法を思い浮かべてもらえばわかりやすいかもしれない。

「なんだ……これは」

 ラウルが空を眺めながら言った。

「凄い……」

 リリアが目を大きく開けながら呟いた。

 狙い通り、空に縦に火の線が出現した。上手くいったようだった。

「よかった……」

 リリアの布への細工も見事だったし、ラウルの脚力は想像以上だった。それに、ヒューゴの弓の腕が良くて、布の最上部を狙ってくれたので、広範囲に渡って火がつき、かなり規模の大きな仕掛けになった。

「アドラー、ラウル、ジーニアス。すぐに消火の準備を! 絶対にこの美しいお花畑や森を焼きたくはないわ!!」

 私は、呆然とするみんなに向かって声をかけた。

「はい」

 皆も急いで消火の準備をしてくれたのだった。そして私は、ブラッドに声をかけた。

「ブラッド、敵の様子はどう?」

 ブラッドは、望遠鏡から目を離して私を見て口角を上げながら言った。

「……誰も動ける者はいないようだ」
「そう……よかった。これでもう少し時間を稼げそうね……」

 私は時間が稼げたことに心から胸を撫で下ろしたのだった。するとブラッドが悪そうな顔で笑いながら言った。

「時間稼ぎか……あちらは、とっくに戦意を喪失していそうだがな……」

 私はそんなブラッドの顔を見てなぜかとても嫌な予感がしたのだった。






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