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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還
113 国境で(1)
しおりを挟むテール侯爵邸は、警備が万全だったので、シーズルス領と同じようにリリアと二人の部屋で休んで、扉のないすぐ隣の従者用の部屋にアドラーとラウルが休むという部屋割りだった。
道中、全てがブラッドたちと同室というわけではなく、泊まる場所によって変わるようだった。次の日は、テール侯爵領の別邸に泊めてもらって、ここにもテール侯爵は兵を派遣してくれたので、リリアだけが同室で、従者用の部屋にラウルとアドラーが休んだ。そして、次の日に国境付近の街の宿に泊まった時は、レオンの軍の人たちが宿の周りを警備してくれて、リリアとアドラーとガルドの4人同室で眠りについた。
そして今日は、いよいよ、ハイマ国を出ることになる。
国境を越えると、ダラパイス国だ。
私たちが宿泊した場所から、国境までは少し距離があったために、国の玄関口である砦に到着する頃には、お昼は過ぎて、陽は少し西に傾いていた。
この砦がハイマの玄関口になっている。そして、その数キロ先にダラパイス国に入国するための検査場のような砦がある。この砦と砦の間も正確にはハイマ国とダラパイス国の双方の土地なのだが、お互いの入国審査をする砦までは少し距離があるのだ。
馬車の窓の前にラウルが馬に乗ったまま近付いて来て私を見ながら言った。
「クローディア様。このまま砦を通過しますが、よろしいでしょうか?」
私はラウルに聞こえるように少し大きな声で返事をした。
「問題ないわ。行きましょう」
先ほど休憩を取ったばかりなので、休む必要もない。
クローディアは幼い頃、何度もダラパイス国に遊びに行ったことがあるので、私もなんとなく、砦から砦は離れていることを知っていた。それに、付け焼刃王妃教育でも少しだけ学んだのだ。
私は、確認のためにジーニアスに尋ねた。
「国境と砦は、少し離れているのよね? 確か、国境には石碑が目印に立っているのでしょう?」
私の問いかけにジーニアスが頷いた後に、口を開いた。
「その通りです。入国、出国を取り締まる砦を作る時、何かあった時に揉めないように、数代前の国王陛下同士で話合い、砦や街を作るのは国境から少し離すことを決めたのです。ハイマ側が赤いレンガの道、ダラパイス国側は白いレンガの道。そして、その赤と白の道の境目に国境を示す石碑が建てられています。旅人の間ではこの赤と白の道の方が有名です。馬車で移動していると、気付かないですが、徒歩だと、この辺りは街や休憩場所もなく、歩くと半日はかかるので、皆、どちらかの砦付近に宿泊して朝早くに越えます。ですから、この時間ですとほとんど人はいませんね」
私はジーニアスの説明を聞いて、そういえば砦で待つこともなく通過出来たことを思い出した。王族なので審査はないとはいえ、人や荷物が多かったらこれほどすぐには通れないだろう。もしかしたら、それも考えて時間をずらしたのかもしれない。
「そうなのね……知らなかったわ」
私は馬車の中から景色を見ていた。この辺りは標高が高いこともあり、低木が多かった。進行方向前方に小高い丘が見える。丘には背の低い草ばかりで、木はほとんど生えていない。
丘を見ていると、フィルガルド殿下が来てくれたことを思い出した。
もう会えないと思っていたので、フィルガルド殿下の姿を見た時、嬉しくて全く冷静になれず、感情が抑えられなかった。
やっぱり、フィルガルド殿下とエリスが城で仲が良さそうにしているのを見たら……耐えられないだろうな。
そんなことを考えていると丘の上に、馬に乗った人影が見えた気がした。
この辺りは国境付近なので、街や村はないはずだ。こんな所に人影が見えるはずがない。
だが、そんな冷静な判断も出来ずに私は思わず声を上げていた。
「ねぇ、今、向こうの丘に馬に乗った人影が見えなかった?」
フィルガルド殿下の幻影の可能性もある。でも、聞かずにはいられなかった。
私の前に座っているブラッドと、ジーニアスは眉を寄せていたが、私と同じ方向に座っているリリアは、私の言葉に同意してくれた。
「私にも見えました! クローディア様の座る方の窓から見える丘に、確かに馬に乗った人影が見えました。白い馬に乗っていたように思えます」
え?
白い馬?
白い馬だと聞いて、私は咄嗟にフィルガルド殿下が来てくれたのかと思って、心臓の音が早くなった。
いや、そんなはずはない、フィルガルド殿下は、研究施設のことで忙しいのだ。
必死で勝手に湧いてくる期待を潰そうとしていると、突然馬車が止まった。
「どうしたのでしょうか?」
ジーニアスが、顔を強張らせながら言った。すると、ブラッドが私を子供のように抱き寄せ膝に乗せた。
は?
え?
なんで、私、ブラッドに抱っこされてるの??
私が混乱する中、すぐに真剣な様子のラウルが馬で近付いて来て、窓からブラッドに報告をした。
「前方より、不審な影を発見したとの報が入りました。アドラーが確認しておりますので、少々お待ち下さい」
馬車の内部が緊張に包まれた。
ブラッドの私を抱く手に力が入った。いつも冷静なブラッドの鼓動が早い気がして、私は逆に少しだけ冷静になれた。
しばらくすると、レオンとレイヴィンが馬車の扉をノックしてやって来た。レオンの後ろにはアドラーと、ヒューゴもいた。そして、出入り口と反対側の窓からは馬に乗ったラウルやガルドもいる。
リリアが私の前に詰めるとレオンが馬車に乗り込んで来た。
これは、緊急事態だ。そう思った。私はブラッドの膝に乗っていることも忘れて、レオンを見ながら尋ねた。
『どうしたの? レオン』
レオンは怖いほどに真剣な顔で言った。
『クローディア。ここから二つ先の丘の向こうに二百を越える軍が待ち伏せしているようだ。ここからならダラパイス国が近いからな。援軍を呼びたいところだが、向こうは騎兵隊が多いようだ。こちらは、警備の兵を休ませたり、物資を運んだりするために馬車も多いので歩兵と騎兵は半々だ。逃げ切るのは難しい。戦っても、騎兵の数が圧倒的なあちらとの勝負の行方は目に見えている。時間を稼げればいいが……この人数ではそれも難しい。だから、クローディア。ここは私たちが食い止めるので、あなたは……逃げろ。ダラパイス国の砦まで行けば、迎えが来ているはずだ』
レオンの言葉に、私はフィルガルド殿下が迎えに来てくれた時のことを思い出した。
丘の上にいたフィルガルド殿下はとても目立っていた。
すぐにフィルガルド殿下だとわかるほど……。
私は、レオンに向かって言った。
『レオン。ここは時間を稼げればいいのかしら?』
私の問いかけに答えてくれたのは、レオンではなくレイヴィンだった。
『はい。ある程度時間を稼げれば、私が兵の目を盗んで、援軍を呼んで参ります』
時間を稼ぐ方法。
レオンは逃げろと言うが、逃げられるとは限らない。
もし、私が逃げられても、多くの犠牲が出るだろう。
考えろ、私は誰も失いたくはない。
考えろ!!
敵は二つ先の丘の向こう。
相手は騎兵隊が多いので、この人数で逃げ切るのは不可能。
そして、戦力はこちらの二倍……。
私はみんなを見ながら言った。
『この中に弓の得意な人っている?』
「この中に弓の得意な人っている?」
私がスカーピリナ国とハイマ国言葉で尋ねると、ブラッドやラウルやジーニアスがヒューゴを見た。ヒューゴは、荷物の中から腕ぐらいの棒のような物を取り出すと、素早く組み立てて弓を作ると、私を見ながら真剣な顔で言った。
「クローディア様。飛んでいる鳥を射ることが可能です」
荷物の中から弓?!
薬師のヒューゴが弓を使えることは意外だったが、それほどの腕前なら問題ないだろう。
「ヒューゴって弓が使えたのね……飛んでいる鳥……それなら大丈夫そうね」
私はレオンを見ながら言った。
『レオン、上手く行くかは賭けになるけれど、こういうのはどうかしら?』
私は、この状況を切り抜けるための考えを伝えたのだった。
『……というのはどう?』
私が考えを伝えると、レオンや、レイヴィンはまるで石にされたように動かないし、何も言わない。
やはり、無理だろうか……。
そう思っていると、ブラッドが口を開いた。
『それは……この状況では、最良の策かもしれない……むしろ、その策を使うのが最もクローディア殿を安全に守れるかもしれないな』
ブラッドの言葉に、レオンも大きく頷いた。
『クローディア……その策で行こう……レイヴィン!! 時間がないすぐに準備を!!』
『はっ!!』
レオンとレイヴィンはすぐに馬車を去って行った。私は、みんなを見ながら言った。
「お願い、みんなの力を貸して」
みんなは大きく頷いた。
こうして、それぞれが準備に取り掛かったのだった。
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