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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

112 旅は社交?!(2)

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 ガルドの過去に驚いているうちに、テール侯爵家の案内役の執事が数人やって来た。そして、一番先頭を歩いてきた人物が深く礼をした後に、私たちを見ながら言った。

「ようこそ、テール侯爵がお待ちですので、ご案内いたします。レオン陛下、クローディア王太子妃様とその護衛の方は本館へ、他の方は東館にご案内いたします」

 レイヴィンが執事の言葉をレオンに伝えると、レオンが頷きながら言った。

『頼む』

 それをレイヴィンが執事に伝えると、私も執事に「お願いします」と言った。
 
「それではご案内いたします」

 スカーピリナ国の一団は百人近くはいるそうなので、東館に移動することになったが、私の護衛は、二十人もいないので、私と一緒に本館について来てもらうことになっている。
 レオンも護衛を数人連れて来るのかと思っていたが、レオンと一緒に本館に来たのは、レイヴィンだけだった。

 エントランスに到着すると、テール侯爵が出迎えてくれた。円卓の間で見たテール侯爵は常に難しい顔をしていたが、随分と優しそうな笑顔で迎えてくれて、ほっとした。

「これは、スカーピリナ国王陛下、クローディア王太子妃殿下、レナン殿。ようこそおいでくださいました」

 レオンが、テール侯爵に手を伸ばしながら言った。

『テール侯爵、帰りも世話になるな』

 テール侯爵とレオンの言葉は、レイヴィンが正確にそれぞれの言葉にして伝えており、レオンもテール侯爵も不自由することもなく、話をしていた。
 テール侯爵もレイヴィンが訳をしてくれるとわかっているようで、ハイマの言葉で答えていた。もしかして、レオンは王都に来る前にもこのテール侯爵邸に泊まったのかもしれない。
 二人は親し様子で握手を交わしていた。

「随分と早いお帰りでしたな」

 テール侯爵の言葉に、レオンが悪い顔で言った。

『ああ、美しい方の気の変らぬうちにさらってしまおうとおもってな。それに……北風にキナ臭さが混じり始めたからな』

 北風にキナ臭さが混じる……?
 なんのことだろうか?

 私が不思議に思っていると、テール侯爵は、レオンの言葉の意図を理解したようで眉を少し動かしながら言った。

「北風に……そうですか……今日はゆっくりとお休みください。前回お泊り頂いた部屋と同じ部屋をご用意しております」

 レイヴィンの通訳で、問題なく二人はあいさつを終えた。あいさつを終えると、テール侯爵が目で執事に合図をすると、執事が現れて二人を部屋へと案内しようとしたが、レイヴィンが執事に案内を断った。

『クローディア、またな』

 レオンはそう言うと、レイヴィンと共に去って行った。
 残された私は、テール侯爵にあいさつをしようとしていると、侯爵が先にあいさつをしてくれた。

「クローディア王太子妃殿下、お久しぶりですな」
「ええ、お久しぶりです」

 私があいさつをすると、テール侯爵が顔を歪めながら言った。

「年若いあなたに負担をかけてすまないと思っている。どうか、陛下を憎まないでほしい。あの方もこの国を守るのに必死なのだ」

 ――どうか、陛下を憎まないでほしい。

 テール侯爵の言葉は臣下としては理解できる。
 だが、個人として――受け入れることはできない。

 理解できることと、受け入れられるかどうかは、別なのだと……思い知った気がした。
 私はどうしても、優しいフィルガルド殿下を私というくさびに縛り付けて、国のために利用とした国王陛下の考えを受け入れることなどできない。
 フィルガルド殿下は国のためなら平気で自分の感情など捨ててしまえる人なのだ。
 それなのに優しいあの人が、自分の妻だという人間を蔑ろにできるはずがない!!
 彼がそんな人間なら、私は……クローディアはここまで……苦しんではいないのだ。
 
 もう、私から解放されて、エリスと……本当に好きな人と幸せになってほしい。
 私がスカーピリナ国に行くのは断罪回避のためではあるが、フィルガルド殿下への償いでもある。

 ――そう、私がスカーピリナ国に行くのは、陛下の命令だからではない。臣下の義務だから行くのではない。国のために行くのでもない。

 自分と、フィルガルド殿下の幸せな未来のためだ。

「テール侯爵、私はフィルガルド殿下の正妃としてスカーピリナ国に行ってきます」

 ハイマ王家の臣下としてでも、王族としてでもなく、私は、フィルガルド殿下の正妃としてこの旅の目的を果たす。それが私の使命で、命をかける理由。
 私の意図が、テール侯爵に伝わったのかどうかはわからない。だが、侯爵は真っすぐに私を見ながら言った。
 
「年よりが出過ぎた真似をいたしました。王太子妃殿下のお心のままに……。殿下のお部屋の警備は万全です。今宵はゆっくりとお休みください」
「……お心遣い感謝いたします」

 私がテール侯爵にお礼を言ってみんなの方を振り向くと、みんなが泣きそうな顔で私を見ていた。
 そしてリリアがそっと私の側に来て「クローディア様のご意思のままに」と言って微笑んでくれた。それをきっかけに、ジーニアスやアドラーやラウルも「クローディア様のお心のままに」と言ってくれた。ガルドは私を見ながら頷いてくれた。
 私は泣きそうになるのを堪えてみんなに「ありがとう」と言った。

 その後、私がテール侯爵に「それでは失礼いたします」と言うと、執事が「ご案内いたします」と言ってみんなで歩き出した。
 するとブラッドが小声で呟くように言った。

「やはりあなたは……美しいな……」

 その時のブラッドが、どんな顔をしていたのかわからない。でも少しだけ笑っていたような気がした。





 廊下の先で立ち止まって、テール侯爵とクローディアの話を聞いていたレオンと、レイヴィンがクローディアたちに追いつかれないように、再び歩き出した。

 そして、レオンが嬉しそうに呟いた。

『……くっくっく、やっぱりいい女だな。あそこでエルガルドの肩を持っていたら、俺はどうしていただろうな……』

 レイヴィンが楽しそうに言った。

『そうですねぇ~~レオン陛下の心から彼女はキレイに消えさって、楽になっていたのでは? これでますます囚われてしまいましたねぇ~~』

 レオンが口角を上げながら答えた。

『そうだな……』

 二人はそのまま宿泊する部屋へと向かったのだった。





 クローディアが無事にテール侯爵邸に着いたと同時に、ヒューゴは事前に話していた通り、一人でテール侯爵領内の薬草屋に馬を走らせていた。テール侯爵領内には大きな街があり、テール侯爵邸からは馬を飛ばして数分で街の中心部に着いた。
 薬草屋に着くと、ヒューゴは店の主人に声をかけた。

「ご主人、白露はあるだろうか?」

 薬草屋の主人はヒューゴを見ながら答えた。

「ええ、ありますよ」

 ヒューゴは、ほっとしたようにそれを買い求めたのだった。




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