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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

108 お飾りの正妃の旅立ち(2)

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 馬車に乗ると、窓から外が見えた。前回の馬車は窓の前に防犯用の盾のような物がついていて、空気の入れ替えくらいしかできずに外が見えなかったが、今回の馬車からは景色は見えて心が踊った。窓からの風景が見えるだけで、気分転換できるし、旅気分になれる。それに、馬に乗ったアドラーやラウル、ガルドやヒューゴも見えるので心強い。

「クローディア様。この度は申し訳ございませんでした」

 馬車に乗って私が城下の様子を見ていると、ジーニアスが肩を落としながら謝罪した。
 謝罪の理由がすぐに、ブラッドから聞いた記録文書が盗まれた件だとわかった。実は、ブラッドからこの話を聞いた時、現場に居合わせたというジーニアスが責任を感じていなければいいと心配していたのだが、案の定責任を感じていたようだ。

「ジーニアス、盗まれてしまったことは確かに心配だけど……。ジーニアスが事前に文官に解毒のお菓子を食べてさせてくれていたおかげで、大事には至らなかったと聞いたわ。それに、これまで捕えた刺客は皆、同盟国内部の酒場を利用している傭兵ばかりだったのに、ジーニアスを襲った刺客は旧ベルン国の言葉を話していたのでしょう? 今回のことで、誰かが同盟国同士が疑心暗鬼になるように画策していることがわかったのだし、国王陛下の会談内容も盗まれなかった。ある意味お手柄だったのよ」

 実は騎士団の調べで、これまで捕えた刺客は皆、同盟国内の酒場を拠点にしている傭兵だということがわかっている。他の国で捕えられた刺客もそうだったので、今回初めてイドレ国の人間の犯行だったのだ。しかも襲撃などの事件に乗じて盗みをしてたことも発覚して、各国に注意を呼びかけている。
 これはラウルの推測だが、シーズルス領で起こった襲撃事件。あの時期、シーズルス領には解毒の海藻が採取され海沿いの倉庫に保管される時期だった。シーズルス領では海藻が保管される倉庫には多くの兵を配備して警備している。だが、もしクイーンイザベラ号が燃えていたら、兵士は民を逃すために、海藻倉庫から離れていただろう。ラウルは今回のことから、海の近くにある海藻保管の倉庫が狙われたのではないかと言っていた。

 つまり王族の襲撃は、他の目的を果たすためのカモフラージュだった可能性があるということだ。

 イドレ国は急激に領土を拡大している。戦が上手いというだけでは説明できないと思っていたが、内部崩壊を画策したり、機密文書を誰にも気付かれずに盗んだり、かなり裏工作をしていると考えられるのだ。

「襲撃が偽装だという可能性に気付けたことは大きい」

 ブラッドも頷くように言ったので、私もブラッドの言葉の後に続いた。

「そうよ。それに、ジーニアスは二回もシーズルス領の記録を作ってくれたのでしょう? 大変だったでしょう? おつかれさま」
「クローディア様~~~!! 寛大な御言葉感謝いたします。ジーニアス・マイロは生涯、クローディア様に忠誠を誓います!!」

 ジーニアスは涙を流しながら叫んでいたが、私はとても困っていた。

 いやいや、生涯の忠誠は長い……。

 私は数年でこの王太子妃という立場を降りるのだ。一生の忠誠はかなり困る。私は、やんわりと言葉を変えて言った。

「私が王太子妃の間は助けてくれると嬉しいわ、よろしくね」
「はい!!」

 皆で話をしていると、いつの間にか王都を抜け、広大な麦畑が見えて来た。まだ収穫時期ではなさそうだが、黄金色と新緑色が混じったような小麦が、風が吹くと一斉に揺れている光景は風が見えるように感じて心が和んだ。
 この辺りも王家が管理している土地だが、随分と丁寧に管理されている。そういえば、まだ学院に入学する前にフィルガルド殿下は、麦畑に通っていることを話してくれた。でもクローディアはフィルガルド殿下の話など一切聞かずに、側にいると我儘ばかり言っていた。すると段々フィルガルド殿下は自分が今、どんなことをしているのか話さなくなった。研究所のことを聞いていなかったのも当たり前かもしれない。

 ――石なども多く開墾は大変な土地ですが、王都の近くに麦畑を作ることで、王都に住む民の飢餓を無くしたいのです!! クローディアも一度見に来てくれませんか? またまだ小さいですが、少しずつ麦畑が出来ているのですよ。

 フィルガルド殿下は、幼い頃からとても大人びた子供だった。クローディアは、フィルガルド殿下が自分と違う世界にいるように感じて、置いて行かれることにいつも怯えていた。だから、我儘を言って困らせて精一杯、フィルガルド殿下の意識を自分に向けようとして足掻いていたのかもしれない。
 私は窓から見えるこの美しい麦畑を見ながら胸に手を当てながら想った。

 ああ、どうしてクローディアは、フィルガルド殿下と一緒に麦畑を見に行かなかったのだろうか?
 これほどの麦畑を作るのは大変だったことだろう。
 二人でお茶をしたいや、買い物に行きたいと言って、自分の望みばかりを押し付けて、フィルガルド殿下を困らせてばかりいた。最愛の人を失う恐怖に怯え、自分の価値観でしか物を見れなかったばかりに、我儘を言ってフィルガルド殿下の信頼を失ってしまった。外にはこんな素晴らしい世界があったのに……。

 私は、目の前に座って私を見ていたブラッドに尋ねた。

「ねぇ、ブラッド」
「なんだ?」

 すぐに答えてくれたブラッドに、私はとても穏やかな気持ちで尋ねた。

「フィルガルド殿下の研究施設ってどの辺りにあるの?」

 ブラッドは私から視線を外すと、窓の方を見ながら答えてくれた。

「この先の森を抜けた丘の向こうにある」
「そう……」

 私はブラッドの視線の先にある森を見ながら呟くと、ブラッドが声をかけてきた。

「見たいのか?」
「そうね……今は、スカーピリナ国の兵士もたくさんいるし……いつか、見れるといいな」

 そう、いつか……フィルガルド殿下がどれほど努力して来たのか、知りたいと思った。




 
 いつの間にか、景色は麦畑から、森の中になり、ブラッドが言っていた小高い丘が見えた。

 ――あの向こうにフィルガルド殿下がいる。

 そう思いながら私は、丘を眺めていた。
 すると、丘の向こうから駆けて来る二頭の馬が見えた。一頭は茶色の馬。
 そして、もう一頭は……。

「あの美しい白い馬……もしかして、アルタック? フィルガルド殿下?!」

 誰が乗っているかまではここからはわからない。でも、私はあの馬を知っていた。
 フィルガルド殿下は、幼い頃から頻繁に賢く美しい白い馬をクローディアに、嬉しそうに見せてくれていた。クローディアは馬にまで嫉妬していたので、馬もクローディアの心がわかるのか、クローディアが触れるのを嫌がって、アルタックに触ったことはないが、私が無意識に馬小屋に行って馬に触れたいと思ったのは、フィルガルド殿下の自慢の馬に触れてみたかったらかもしれない。

 こちらに向かって駆けて来る二頭の馬を見ていると、馬車が止まった。そして、窓の前に馬に乗ったままガルドが近付いて来た。

「クローディア様。ブラッド様。フィルガルド殿下がこちらに向かっております」

 やっぱり!!
 あれはフィルガルド殿下だった!!

 でも、どうしてフィルガルド殿下はここに向かっているの?
 心臓の音が大きくて早くなる。期待はするな、心を凍らせろ、そう理性は命令するのに、感情は理性を無視してフィルガルド殿下が来てくれたことに歓喜するのを抑えられなかったのだった。





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