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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
92 ナンパ+接待=逃げたい(3)
しおりを挟むバラは大変美しいが、非常に居心地が悪い。すでにここから逃げたいと思っているのだが、このまま『それではごきげんよう』と言って、何事もなかったかのように立ち去っていいのだろうか?
私はどうするべきか考えたが、私の精神的な負担を考えて、あいさつをして素早く立ち去ることにした。
よし、そうと決まれば、すぐに逃げよう!!
そんなことを思って立ち上がろうとしたその時、レオンが口を開いた。
『ところでクローディア、あんたいつまでここにいるんだ?』
なんて絶妙なタイミングだろう!!
私はとてもいいタイミングだったので、すぐに答えた。
『はい。そろそろ、行こうかと思っておりました』
そう答えると、レオンがベンチから立ち上がった。
『ん。じゃあ、行くか』
「は?」
行くかって言った?
あれ? 一般的に『行くか』って誘い文句じゃないだろうか?
なぜそれを私に言うのだろうか?
私は座ったままレオンを見上げて、ブラッドに初めて会った時のように、またしてもこの場にふさわしくないことを尋ねてしまった。
『……どこに行くのですか?』
冷静になればわかる。こんな場合、私はあなたから離れたいという趣旨のことを伝えるのが正解だった。だが相手は、同盟国の国王。しかも初対面で突然誘われ咄嗟に判断ができなかったのだ。
レオンは私を見下ろしながら、相変わらず怖い顔で答えた。
『あ? どこ? ……仕方ねぇな。クローディアの好きなところに付き合ってやる。俺はヒマだからな』
「な……ぜ……?」
私は、思わずハイマ国の言葉で呟いた。
少し話を整理して考えてみよう。
明らかに選択肢を間違えた私は、この流れだと、私はレオンと一緒にどこかに行くという事態に陥っている……。
ん……? ん?? そもそもいつの間に一緒に行動するほど親しくなったのだろうか?
私が意味がわからなくて、ひたすらレオンを見つめていると、レオンが眉を寄せて不機嫌そうに言った。
『ほら、どこに行くんだよ、クローディア?!』
「え~~どこって……そう言えばさっきから呼び捨て?! いきなり?!」
私はこめかみを押さえて立ち上がると、レオンに『ちょっと待って』とスカーピリナ国の言葉で言って、急いで護衛騎士の三人を集めた。
「ねぇ。今の会話聞いてた? どうしてこんなことになったのかわかる?」
私が尋ねると、護衛騎士の一人が困ったように言った。
「クローディア様、申し訳ございません。自分たちは、スカーピリナ国の言葉はわかりませんので、会話は音声としては聞いておりましたが、内容は理解できませんでした」
なるほど。私はさきほどまで、スカーピリナ国の言葉で話をしていたので、どうやらみんなには聞こえていないようだった。私はとりあえずみんなの知恵を借りることにした。
「ねぇ、レオン陛下がどこかに連れて行けって言っているのだけれど……どこかいい場所知らないかな?」
三人は首を傾けた。そして一人が名案を思い付いたというように顔を輝かせながら言った。
「レオン陛下は軍神と言われるほどのお方です。武器の展示室などいかがでしょうか?」
武器の展示室……リリアなら一日でも楽しめそうだが、私は興味はない。
折角の休みになぜ武器展示室に行かなければならないのか、はなはだ疑問ではあるが、レオンは行先が決まるのを意外なことに静かに待っている。同盟国の王から逃げるという選択肢を咄嗟に選べなかった私は、仕方なく案内することにした。
「そこに行きましょう。案内お願いね」
「はい!」
私はレオンを見ながら言った。
『レオン陛下、ご案内いたします』
『よし、行くか!』
こうして私は、貴重な休日になぜかレオンと共に武器の展示室に向かうことになったのだった。
◆
護衛騎士に案内されて、私もはじめて武器展示室に来た。
あまり興味はないが、たくさんの武器が展示してあった。折角来たのでどんな武器があるのか見てみようと思っていると、レオンが私を見て静かに声をかけてきた。
『クローディア、あんた……武器に興味があんのか?』
私は、レオンを見上げながら思わず正直に答えた。
『いえ、特には……』
私の答えを聞いたレオンは、呆れたように頭に片手を当てながら言った。
『はぁ~~~。いや、俺のためっていうのはわかるけどな? クローディアが全く興味がねぇところに一緒に来ても仕方ねぇだろ?! 一緒に行動するってことは、ある程度お互いの意思が尊重されねぇと意味ねぇだろ? お前、そんなことも知らずに育ってきたのかよ? どんな人生送って来たんだよ……可哀想過ぎるだろ……』
また可哀想って言われた……。
地味に心に傷を負いながら私がレオンを見つめていると、レオンが残念な子を見るような瞳で言った。
『クローディア。俺はお前の行きたいところに付き合うって言っただろ?! お前の好きなところに行けよ!!』
――自分の好きなところ? ……どこ?
私はまたしても、レオンに『ちょっと待って』と言うと、護衛騎士に集合をかけた。
「どうされたのですか? 陛下はここがお気に召されなかったのですか?」
レオンとはスカーピリナ国の言葉で話をしていたので、話の内容がわからない護衛騎士の一人が青い顔で言った。
私は慌てて彼を安心させるために彼の誤解をとくことにした。
「違うの……レオン陛下は、私が行きたいところに連れて行けって言っているの」
私がそう言うと、護衛騎士のみんなは、お互いの顔を見合わせた後に私をじっと見ながら言った。
「……ではクローディア様の行きたいところにお連れすればいいのでは?」
あ……うん。そうだよね。
その通りだよね!!
でも、突然自分の行きたいところとか思い浮かばないよ?!
すでにこの状況が可哀想だよ!!
私は護衛騎士の三人に向かって真剣な顔で言った。
「自分の行きたいところなんてわからないわ!! これまでそんなこと考える時間もなかったし……視察以外で城の中を出歩くこともないし……正直、未だに城にどんなところがあるのか、よくわからなくて……私が誰かに案内してほしいくらいよ?!」
そう言った途端。三人の目に涙が浮かんだと思ったらみんなはそれぞれ真剣な顔で言った。
「そんな……行きたいところがないだなんて!!」
「考える時間もなかったなんて……」
「クローディア様!! どこへでも案内いたします!!」
あ……しまった。
またしても気を遣わせてしまった。会話難しい。レオンを見るとレオンは静かに待ってくれている。護衛騎士のみんなもあたたかい目で私を見てくれている……。
くっ!! これでは針のむしろだ!! 居たたまれない!!
私は真剣に考えた結果、まず護衛騎士のみんなに告げた。
「折角来たから、ここを見るわ」
そして今度は、レオンを見ながら言った。
『初めて来た場所だからここを見るわ』
なぜだろう。レオンだけではなく、護衛騎士のみんなまで私のことを気の毒そうに見ている。
私は、みんなの視線を無視して、展示してある武器に目を移した。
成り行きで、見ることになったがここには本当にたくさんの種類の武器があって興味深かった。
私はゆっくりと歩きながら武器を見て、そして、中央に飾られている大剣を見て立ち止まった。
私はふと、ここに飾られている剣と同じような大きさの剣を持っているレオンを見つめた。
ブラッドやフィルガルド殿下も背が高いが、レオンはそんな二人よりもさらに高い。ガルドと同じくらいかもしれない。レオンの剣は、そんな背の高いレオンの背中を覆うほど大きさだった。
『レオン陛下の剣は、随分大きいですね』
私の問いかけにレオンは特に表情を変えずに答えた。
『ああ。俺の背中には目はないからな……』
レオンは当たり前のことを言った。
誰だって背中になんて目はない……と思うのだが……。
それとこれほど大きな剣とどう関係があるのだろうか?
私がじっとレオンを見つめていると、レオンが飾られた剣を見ながら言った。
『戦場で周りを敵に囲まれてしまったら、この鞘が自分の背中を守る盾になり、この大剣が自分の行く道を切り開く。一人でも戦場で生き抜くために俺はこの剣を選んだ』
一人でも戦場で生き抜くため?
レオンの大剣は確かに盾のようにも見える。
重そうな武器を常に背中に据えてレオンは生きている。
私はレオンの言葉にこれまで彼の生きてきた境遇を想像して胸が痛み、呟くように言った。
『ここは戦場ではないのにですか?』
レオンは私を見下ろしながら答えた。
『俺の居場所は、本来ここではない』
レオンは私のことを可哀想だと言う。
でも私から見たら、休みの日でも大剣を背中に据えて、いつでも一人で戦うことを受け入れているレオンの方がずっと――可哀想に思える。
私の周りには、鬼のようだが話のわかる指導係や、武器を愛する強い侍女、そして忍耐強く、頭脳明晰な側近、他にも助けてくれる人はいる。最近、私は孤独だと思うことはない。
もしかして、お互いに相手のことを可哀想だと思うのはよく知らないからなのだろうか?
私はレオンを見上げて言った。
『レオン陛下、その剣はどんな剣なのですか?』
私はまず、レオンのことを少しでも知ろうと思ったのだった。
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