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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

84 海辺の街の夜(3)

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 応接室に着くと、フィルガルドとブラッドが向かい合って座り、フィルガルドの背後にクリスフォードが控え、ブラッドの後ろにガルド、ジーニアス、ヒューゴが控えた。
 フィルガルドは、ジーニアスを見上げた後にブラッドに視線を移しながら言った。

「ブラッド、ジーニアスを呼んだのは、私と話した内容を公的文書に残すためか?」

 ブラッドは無表情に答えた。

「いや、恐らく殿下が知りたいという情報は、ここにいるジーニアスとヒューゴからもたらされた情報だと判断したので連れて来た」

 フィルガルドはどこかほっとした後に、ブラッドを見ながら言った。

「そうか、では話が早いな。先ほどの船の件、クローディアの功績を『王族』だと曖昧にしたのはなぜだ?」

 ブラッドはフィルガルドから視線をそらして、ヒューゴを見た。

「ヒューゴ、私に聞かせてくれた話を殿下にも頼む」
「かしこまりました」

 ブラッドに言われてヒューゴが声を上げた。

「あらためまして、私は ダラパイス国の王の第四秘書をしておりますヒューゴ・グランと申します。僭越ながら私からは、まず、ダラパイス国の状況をご説明させて頂きます」

 フィルガルドは、ヒューゴをじっと見ながら言った。

「ああ、頼む」
「はい。我が国はご存知の通り、イドレ国に隣接しておりますので、諸外国は同盟国になったとはいえ、我が国に協力することを渋っておられました。しかし、殿下とクローディア様がご結婚されて、ハイマ王家と外戚になったことで、これまでの諸外国の態度が変ってきました。我が国としてもこのままハイマ王家と外戚関係を続け、同盟国への協力を呼びかけたいと思っております」

 フィルガルドは、ヒューゴの言葉を聞いてほっとしたように言った。

「そうか。ダラパイス国は他国の協力を得られそうなのか……安心した」

 実はダラパイス国との貿易のきっかけは、イゼレル侯爵家にダラパイス国の第二王女が嫁いだことだが、貿易を始めると、ダラパイス国家とハイマ王家も交流をすることが増えた。

 そんな時、ダラパイス国王から『クローディアとフィルガルドの結婚による外戚関係になること』を提案された。ダラパイス国王は、孫のクローディアのフィルガルドへの想いも知っていたし、その時はまだイドレ国という脅威はなかったが、お互いに外戚関係になれば国際的にも有利になりえるという思惑が働いたのだ。
 ハイマ国もダラパイス国と外戚になることに異議はなかったので、ダラパイス国の王の条件を受け入れた。双方の国も『最終的な判断は成人した時の本人たちの意思に任せる』ということで同意していた。

 ――だが、二人が婚約してから情勢が大きく変った。
 これまで小さな国だったイドレ国の王が代わり、領土を拡大させたのだ。

 イドレ国は、周辺諸国を次々に属国にしていった。段々とイドレ国に飲み込まれていく国々を見て皆、恐怖を抱いた。

 ――次に攻められるのは自分の国かもしれない。

 そこでイドレ国近郊の国々で同盟を組んでイドレ国に対抗しようとしたのだ。
 当然、ハイマ国もダラパイス国もその同盟に入っていた。

 だが、ダラパイス国はイドレ国に隣接しているため、自国を戦に巻き込みたくない国々は同盟国だというのに、ダラパイス国への協力を渋っていた。

 ダラパイス国はイドレ国の脅威に対抗し、他国の協力を取り付けるためにも、後ろ盾としてハイマ国との外戚関係を築きたかった。
 一方ハイマ国は、イゼレル侯爵家の貿易独占に不満に思う国内の貴族から不満が募り、内戦に発展しそうな状況だった。レナン公爵家が、イゼレル侯爵と敵対するという構図を皆に見せつけることで、わずかに均衡を保っていたがそれも限界が近かった。
 現にロウエル公爵が代替わりを強制される事件が起きたのだ。遅かれ早かれレナン公爵家では防げなくなっていただろう。

 ハイマ王家は、イゼレル侯爵夫人の実家であるダラパイス国家にイゼレル侯爵家の貿易独占期間を短縮するように交渉したかったので、どうしてもクローディアを王家に招き入れる必要があったのだ。

 つまり双方の国に、早急に外戚関係になる必要があったのだ。

 クローディアとフィルガルドが前代未聞の早さで結婚式を挙げた背景には、そんな二つの国の裏事情があった。
 フィルガルドは、ヒューゴに向かって尋ねた。

「だが、思惑が上手くいっているのなら、なぜシーザー王の秘書殿がここにいるのだ?」

 シーザー王とは、ダラパイス国の名前だ。つまりクローディアの祖父だ。ヒューゴはフィルガルドに向かってつらそうな顔で言った。

「実は、我が国の王太子殿下の正妃様が城中に媚薬をまかれて、何者かに誘拐されそうになりました」

 フィルガルドは目を大きくあけて大きな声を上げた。

「城中に媚薬をまかれる? ……誘拐? 王太子殿下というと、クローディアの母上の兄君か……その奥方様が狙われた。それで、ご無事だったのか?」

 フィルガルドの必死な問いかけにヒューゴは神妙な面持ちで答えた。

「はい。幸いにも正妃様の護衛が、倒れた侍女を見つけて、すぐに正妃様の誘拐に気付き追いかけました。おかげで正妃様はご無事でしたが、護衛たちは重症。現在もケガで起き上がれません。正妃様の護衛は皆、我が国でも腕利きの騎士だったのですが……刺客の中には随分と腕利きの剣士がいるようでした」

 フィルガルドが目を大きく開けながら言った。

「腕利きの騎士が重症だと? 相手は大勢だったのか?」

 ヒューゴは真剣な顔で言った。

「いえ、1人です。あの時正妃様の救出には、総勢6人の騎士で向かいました。6対1で正妃様をお守りするのがやっとでした」

 フィルガルドが呟くように言った。

「たった1人で、騎士6人を相手にしているのか……まるで……いや、なんでもない、話を続けてくれ」

 そしてフィルガルドがつい、ガルドを見たがすぐにヒューゴに向かって言葉を発すると、ヒューゴが話を続けた。

「はい。その件もあり、私は陛下のご令孫であられるクローディア様を守るために、媚薬の効果を打ち消す薬草を城に広めるためにこの国に参りました。それに……こんな言い方をしてはクローディア様に失礼ですが、クローディア様が今、姿を消してしまわれると、同盟国との関係にも影響があるかもしれませんから」
「刺客は媚薬を使って城に潜り込む……そこまでしてクローディアを狙う可能性があるのか……」

 フィルガルドがそう言うと、ブラッドが口を開いた。

「殿下、次はジーニアスの情報だ」
「ああ、頼む。ジーニアス」

 ジーニアスは真剣な顔で言った。

「私は、昨日捉えた刺客の尋問記録を作るために、尋問に同席しました。その時、刺客が気になることを言っていました。彼らはただ酒場に張ってあった依頼書の報酬に目が眩んだだけの傭兵たちで、『絶対に正妃を傷つけないように指定の場所に連れて来い』という指令状を貰ったというのです。中には指令状は燃やすようにと指示を受けていたにも関わらず、持っていた者もいて指令状も押収致しました。聞けば、クローディア様だけではなく、他に多くの国の正妃が同様に狙われているようでした」

 フィルガルドは眉を寄せた。

「待ってくれ。その言い方だと向こうは、特別にクローディアを狙っているわけではないのではないか?」

 もしも、クローディアを確実に襲うのなら、ダラパイス国の王太子の奥方を襲った人物にクローディアの誘拐を依頼すればいい。だが、クローディアを襲ったのはただの傭兵集団だ。
 フィルガルドの言葉にブラッドも頷いた。

「そうだ。本気でクローディア殿を襲っているというより、様子を見ているという雰囲気だ。ちなみにダラパイス国の王太子殿下の正妃は、ダラパイス国のガラス製品を国際的に評価されるほどに世界に知らしめた立役者だ。他にもスカーピリナ国と共同で繊維事業を計画し、軌道に乗せたりと彼女の素晴らしさは有名だ。だからこそ厄介な刺客に大胆な方法で狙われた可能性がある」

 フィルガルドがブラッドを見ながら言った。 

「優秀な女性? ……なるほど。ではブラッドは敵にクローディアを狙うことを本気にさせたくない、と思ったわけか」
「その通りだ……とにかく様子を見ているというのなら、彼女の優秀さを知って敵が本気になって、厄介な刺客を送り込まれたくはないからな」

 フィルガルドがブラッドを見ながら言った。

「それで……各国に刺客を送り込んでいるのは、どこの国だ? 目的はなんだ?」
「それは、まだわからない。だからこそ、慎重に事を進めたいと思っている」

 無表情で告げるブラッドの言葉を聞いてフィルガルドが息を吐いた。

「そうか……」

 そこまで言うと、ブラッドが立ち上がって言った。

「フィルガルド……殿下。もう休め」

 ブラッドはあえて話を早く終わらせるためにソファーから立ち上がって言った。フィルガルドも頭を掻いた後に立ち上がって、ブラッドの腕を掴んで泣きそうな顔で言った。

「なぁブラッド。そんな状況で……本当にクローディアを……彼女をスカーピリナ国に連れて行くのか?」

 ブラッドは迷うことなくフィルガルドを見つめながら言った。

「ああ。何度も言うが、彼女のスカーピリナ国行きは同盟維持には不可欠だ」

 フィルガルドが「くっ!!」と悲痛な声を上げた後に、力なくブラッドの腕を離した後に呟いた。

「悪い、ブラッド。私はやはり彼女をスカーピリナ国には行かせたくはない。私は今度のスカーピリナ国の歓迎の宴で、スカーピリナ国の王と話をしてみるつもりだ」

 ブラッドは何も言わなかった。
 ブラッドには、フィルガルドがスカーピリナ国の王と話をして状況が変わるとは思えなかった。
 だが……それでフィルガルドが納得できるというのなら、ブラッドは止めることはしなかった。

「そうか」
「ああ。では、おやすみブラッド」

 フィルガルドは、ブラッドの横を通り過ぎながらそう言ったのだった。


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