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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
80 豪華客船の一室で(2)
しおりを挟む現在、私の実家イゼレル侯爵家は、 隣国ダラパイス国と唯一貿易を許されている。
ちなみにロウエル元公爵が、陛下に願い出た『貿易の均一化』とは、我が家だけにダラパイス国との貿易を独占させるのは止めて欲しいという願いだ。
ここまでの説明だと『イゼレル侯爵家は貿易を独占するなんて、随分とがめつい家だ』と思われる可能性があるので補足しておくが、今まで前例のない隣国ダラパイス国との貿易を開始するにあたり、これまでイゼレル侯爵家は、膨大な時間をかけてダラパイス国と取り決めをしたり、これまた多額の費用をかけて輸入品の流通経路の整備や販路を確保している。地味な仕事なので他からはわかりにくいかもしれないが、貿易の利益と引き換えにかなり苦労と先行投資をしている。
通常貿易を始めるだけで長い年月がかかるが、これほどのことが早くに実現したのは、すべて母がダラパイス国の第二王女だったからだ。
母の尽力に敬意を表して、王家は期間を決めて我がイゼレル侯爵家に貿易の独占を許している。
だから、何の努力もしていない他の領が、イゼレル侯爵家の築き上げてきたそれらを利用するのは、まだ時期尚早だとも言えるのだ。著作権と同じような物だと考えてくれればいいかもしれない。
だが、王家はイドレ国の脅威もあり、国はその対策として各領に大きな負担をかけている。
その結果、この国を支える三公爵家の一角、ロウエル公爵家さえも不正に手を染めなければ立ち行かなくなっているのだ。
エルガルド陛下としても、イゼレル侯爵家と交わした期間を違えることになる『貿易の均一化』の早期実施は苦肉の策だ。
だが……ブラッドの言い方だと、おそらく王家は『貿易の均一化』を随分と早くから検討していたからこそ、母や相手国のダラパイス国に悪い印象を与えないように、イゼレル侯爵家出身の私を王家に迎え入れて、外戚関係になることで溜飲を下げてもらう計画を立てたのだろう思う。つまり私とフィルガルド殿下の結婚は、この『貿易の均一化』の早期実施の生贄だと言える。
長々と説明して何を言いたかったのかというと、現在の王家はイゼレル侯爵家に、貿易独占の期間の短縮と、私と婚約した時の条件を違えて側妃を迎え入れるという二つの約束を違えているので、大きな借りがあるのだ。
ヒューゴがイゼレル侯爵家経由で、この国に技術者として入ると言われたのなら、陛下も承認の印を押さざる得えないだろう。
もしかしたら、ヒューゴの派遣は母が絡んでいる可能性がある。母は次々に約束を違えるハイマ王家を、信用しているわけではないのかもしれない。
「なるほどな、イゼレル侯爵家経由か……」
フィルガルド殿下も納得したように呟いた。
ふとヒューゴを見ると、これまで目が笑っていなかったので、どこか不審な雰囲気だったが、今は私を見てとても嬉しそうに目を細めていた。
私はフィルガルド殿下とヒューゴの会話が途切れたタイミングで、ヒューゴに尋ねた。
「どうしてヒューゴが選ばれたの? ヒューゴは祖父の第四秘書なんでしょ?」
私は母方の祖父つまりダラパイス国王には、幼い時にしか会ったことはない。フィルガルド殿下の婚約者候補になってからは私は国外に出ることが出来なくなったのだ。祖父や祖母には可愛がってもらった記憶がうっすらとあるが、まさか祖父が私を助けるために、イゼレル侯爵家を介して、自分の秘書を送り込んでいるとは思わなかった。
私が尋ねるとヒューゴはこれまでとは違って、さらに目元を下げて優しく微笑みながら答えた。
「陛下からこの話が出た時に、私が自分から志願しました。私の父の家系は代々の秘書をしておりましたから、私がまだ幼い頃に、ダラパイス国でクローディア様とお会いしております。実は、クローディア様の手を引いて、お庭をお散歩したこともございます」
ヒューゴがそれはそれは嬉しそうに話すと、ラウルと、アドラーとジーニアスが呟いた。
「幼いクローディア様……?!」
「クローディア様と手を繋いだことがある?!」
「小さなクローディア様とお散歩……」
そしてリリアが破顔しながら言った。
「ヒューゴ様は、幼いクローディア様をご存知なのですか?! それはそれは可愛らしかったでしょうね~~」
「ええ。それはもう可愛らしかったですよ」
みんなが予想以上にヒューゴの話に食いついて、私の方が驚いてしまった。
「ちなみにヒューゴ殿は、いくつのクローディアを見ているのだ?」
なぜかフィルガルド殿下までヒューゴに尋ねた。ヒューゴは、私からフィルガルド殿下に視線を移しながら言った。
「私の母が薬師としてクローディア様の母君イレーニア様のご出産に立ち会っております。母は毎日のようにクローディア様がお生まれになった時に、イレーニア様に薬湯をお運びしておりましたので、私も生まれたばかりのクローディア様とお会いしております。それから数年は、定期的にクローディア様がイレーニア様と共に実家に戻られていたので、生まれてから5歳くらいまでのクローディア様のお姿を拝見しております」
え?! ヒューゴ、私を赤ちゃんの時から知ってるの?!
そういえば、母から兄はこの国で産んだが、私は自国で出産したと聞いていた。つまり里帰り出産だったわけだ。しかも、嫡男の兄は社交界に出るまで国を出ることは出来ない。だから、私と一緒に定期的に実家のダラパイス王家に戻っていたのだ。もしかしたら、貿易交渉のために戻っていたのかもしれない。だが、私も王太子殿下の婚約者になり、国を出ることが出来なくなったために、ほとんど記憶がないのだ。
「クローディアの生まれた時から見ている……」
フィルガルド殿下は呆然としていた。
「幼いクローディア様のことを思うと、つい微笑ましくて顔が緩んでしまうので、私がダラパイス王の命を受けていることを悟られないように、クローディア様の名前を聞いても表情を崩さないようにするのが大変でした」
ヒューゴが照れたように言うと、リリアがはっとしたように言った。
「もしかして、最初に薬草保管庫に言った時不敵な笑みを浮かべていたのは、クローディア様のお名前を聞いて表情を崩さないためだったのですか?」
リリアの言葉を聞いてヒューゴが困ったように言った。
「不敵な笑みを浮かべていた自覚はないのですが……あなたはクローディア様の侍女ですので、絶対にバレないようにしていました。それに目に色ガラスを入れるとどうしても笑うのが不自然になるのです」
ヒューゴの言葉にリリアが少しだけ鋭い視線を向けながら言った。
「バレたくないと言う割に、私を初対面で試していたようですが……それに媚薬を無効化するアメも随分と色々な方に頂きました」
ヒューゴは困ったような表情をしながらも穏やかな表情で言った。
「あなたの護衛としての能力の高さは、いつも城の裏で剣を振って訓練をされていたので知っていました。それだけでは不安だったので、クローディア様付きの侍女として、どの程度の知識があるのかは、媚薬を使って試させて頂きました。また、あなたに媚薬の効果を無効化するアメを渡してくれそうな侍女と知り合いになって、あなたにアメを食べさせてもらえるようにお願いしました」
リリアが疲れたような表情をしながら言った。
「それで私、会う人会う人に『美容にいい』と言って、アメを勧められたわけですね……」
「あなたに渡してくれたら、追加のアメを贈るという条件でお願いしました。ですがご安心を、実際に美容にいい成分がふんだんに入っております」
「それであの人だかり……」
どうやら、ヒューゴはリリアを守ることで私を守ろうとしていたようだった。
ヒューゴは真剣な顔で言った。
「媚薬をばら撒かれて、侍女が気を失っているうちに、主を奪われるという例もありました。クローディア様の口に入るものは私が秘密裏にお渡しするのは難しいので、せめてクローディア様の周りの方を守ろうと思いました。クローディア様。酷なことを言うようですが、ロウエル元公爵の判断は正しい。あなたの功績が外部に知られれば、あなたは確実にさらわれます」
私は思わずブラッドを見ると、ブラッドも眉を寄せていた。
そうか……だからブラッドは、ロウエル元公爵の提案に乗ったんだね……。
私は、ブラッドからヒューゴに視線を移しながら言った。
「そうなの……ありがとう、ヒューゴ」
私がお礼を言うと、ヒューゴは嬉しそうに微笑んだのだった。
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