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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

75 チームお飾りの正妃の功績(1)

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「この人数をたった4人だけで……?」

 シーズルス領主に駐屯していた騎士が、唖然としながら呟いた。

「早く!! 『クイーンイザベラ号』にいらっしゃる方に捕縛終了合図を!!」
「そうだな!!」
 
 唖然とする騎士を別の騎士が促して、クローディアたちが待つ船に向かって捕縛が終了したと伝える合図である光を空に放った。

 シーズルス領主の妻のキャシー率いる高速船が到着した時には、すでに不審船に乗った兵士全てが捕縛されていた。キャシーは元々ガルドの心配は全くしていなかったが、二艘の船と聞いたのでガルドが乗っていない方の船を助太刀しようと急いで駆けつけたのだ。

「ああ、キャシー殿。ご苦労様です」

 ガルドが最後の一人の捕縛を終えて、何事もなかったのように爽やかな笑顔を向けながら言った。
 キャシーは、すぐ隣にいた涙を流した痕のあるレガードの顔を見て全てを悟った。そして昔を思い出し、目を細めながらガルドに向かって言った。

「もう捕縛まで済んでしまわれたのですね……隊長……相変わらず鬼のような強さのようですね」

 キャシーの現役時代。ガルドの強さは、騎士団において他の追随を許さないほど絶対的だった。
 しかも、ガルドは平民から実力だけで副団長にのし上がった完全な実力者。歴代の幹部は貴族出身者ばかりだったので、ガルドは入団当初から実力はあったが、中々幹部にはなれなかった。
 それでも戦場での華々しい活躍で誰にも何も言わせずに、平民から副団長にまでのし上がった。
 だが、他を圧倒する強すぎる力が騎士団にもたらした物は、栄光だけではなかった。騎士団とは連携を取って任務を遂行する。だが、ガルドの力は強すぎるために不協和音をもたらすこともあったのだのだ。
 またガルドの剣を前にすると心折られる者も多く、まさにガルドという存在は騎士団にとって諸刃の剣だったのだ。
 本来ならガルドはまだ騎士団を引退するような年齢ではない。
 だが、騎士団を辞めてレナン公爵子息の側近になっているということは、何かあったのかもしれない。
 ガルドは真面目だが不器用で、あまり政治的な立ち回りは得意ではない。恐らくなんらかの理由があり、自ら身を引いたのだろう。キャシーの言葉にはそんなガルドへの労いも含まれていた。それを感じたガルドは困ったように言った。

「鬼は……言い過ぎだと思いますよ……」

 キャシーは、息を吐くと隣の船を見つめた。すでに隣の船も捕縛まで済んでいる。高速船に乗れるのは5人。でも操縦者がいるので戦闘可能な人物はたったの4人。それなのに敵船に乗り込むだけではなく、全ての乗組員を命を絶たずに捕獲。

 この海辺の土地シーズルス領主の妻となったキャシーは、海から来る侵略者の対応には慣れていたが、それでも恐らく4人では、応援が来るまで『クイーンイザベラ号』に不審船を近づけさせないということしか出来ない。さらにもし自分たちが先陣をきっていたら……死傷者を出していただろう。余裕のない戦ではどうしても命まで構っていることができない。今回、もしガルドたちがいなければ、キャシーたちは命がけの戦いになっていたはずだ。

「元より、隊長の心配は一切しておりませんでしたが……さすが現副団長殿とクローディア様の側近の方ですね。それに……隊長と一緒にいた方も皆様、以前よりいいお顔になっているようですわ」

 キャシーが楽しそうに片目を閉じた。向上心のある騎士とは程度の差こそあれ、必ずといっていいほど己の力量を嘆くことがある。そんな時、落ちて行くか這い上がるかで、その後の全てが決まる。
 ガルドと共にいた3人は皆、挫折を味わいながらも前を向いているように思えた。

「それはそうですよ。あのような偉大なお方が上に居て下さるのです。騎士として期待に答えずに居られますか?」

 ガルドが柔らかな顔で言った。クローディアが『お飾りの正妃』だという噂は社交界でも広がっていたので、シーズルス領主の妻のキャシーも当然知っていた。噂ではクローディアは随分と我儘で、王太子フィルガルドを気の毒に思い同情していたが、実際に彼女に会うと、なぜ彼女が側に居てフィルガルドは側妃を迎えるのか、全く理解出来なかった。そして、やはり噂とは当てにならないと思った。
 だが賢いキャシーはそんなことは口に出さずに笑った。

「ふふふ。それもそうですわね……あの方は、本当に……素晴らしい方です」

 自分自身が騎士だったので気持ちがよくわかるのだが、己の能力を的確に把握し、迷わず命じることができるクローディアに仕えたいと願うのは、きっと騎士としての本能に近いように思う。
 陛下はすでにクローディアではなく、新しく迎える側妃を王妃にするということを決めていると噂されている。実際にクローディアに会うまでキャシーは陛下の決定なので、特に何も思っていなかった。
 だが、これだけ才能のある騎士の闘志を引き出し、ここまで陶酔させるクローディアをこのまま表舞台から下ろすことが出来るのかと疑問に思っているとガルドが口を開いた。

「ええ。ですから絶対に――失うわけにはいかないのです」

 ガルドの表情にもまた、強い意思が見えた。ガルドの顔は騎士団にいる時よりも生き生きとしていた。そんなガルドを見てキャシーは羨ましいと思えた。

「私も……訓練にもっと力を入れます……」

 そんなキャシーを見てガルドは柔らかく微笑んだのだった。





 捕縛終了の光が、不審船付近に上がり、私はほっとしていた。

 ああ……ようやく終わった。

 あとは、皆の顔を見て無事を確認するだけだ。そんなことを思っていると、焦った様子のロウエル元公爵が大きな声を上げた。

「全員その場を動くな!! ブラッド殿、急いで移動制限を!! 彼女の今回の功績が外部に漏れたら厄介なことになる!! 早く船の出入り口の封鎖を!!」

 それを聞いてブラッドが、急いでシーズルス領主のライナスに命じた。

「直ちにこの船を封鎖しろ!! 全員、この船から一歩も出すな」
「はっ!!」

 ライナスが走って護衛騎士たちにブラッドの指示を伝えに行った。

 何? 一体なんなの?!

 無事に火の矢は防いだというのに、急に船内が慌ただしくなった。むしろさっきより今の方が大混乱という感じだ。

「クローディア、一度、船の中へ。早く!!」
「え? は、はい!!」

 私はフィルガルド殿下に再び手を握られたと思うと、殿下が大きな声を上げた。

「ブラッド!! 後は頼む、私は急ぎ彼女を保護する!!」
「頼む!!」

 ブラッドの返事を聞くと、今度はリリアたちの方を見ながら言った。

「クローディアの護衛は同行を!!」
「はい!!」

 リリアたちがそれぞれ返事をすると、フィルガルド殿下は私の手を引いて船内に入って行った。私の後からリリアや、ジーニアス、ヒューゴだけではなく、クリスフォードも追いかけて来た。
 私としては、火の矢を防いで大団円だと思っていたのに、先ほどのロウエル元公爵の慌てた顔といい、ブラッドの焦った顔といい。普段は笑顔で優しいフィルガルド殿下の顔が強張っていることといい……。一体何がどうなった?

 私は状況がわからぬまま、フィルガルド殿下に手を引かれてまるで逃げるように先ほどまで待機していた控室に戻ったのだった。


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