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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

73 クイーンイザベラ号お披露目式(3)

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 海の上にゆらりと揺れる光に目を凝らすと、どうやら二艘の船のようだった。急いで船の上の見張り台に目を移すと、水の入ったボートなどを隠すために大きな布で隠されていた。この状況なら、今私たちがいる場所があの船の様子が最もよく見える。

 見張り台は機能していないのね……。

 私の言葉に反応して目を凝らして海を見つめたフィルガルド殿下が、私の手をぎゅっと握りながら言った。

「あの光は……船ですね」

 ふと私の脳裏に、ブラッドに命じられて過ごした慈悲の監禁生活のことが頭に浮かんだ。

 船……繋ぐ?

 そして、私はフィルガルド殿下と握った手を顔の前に持ち上げた。

「どうしたのです、クローディア?」

 不思議そうな殿下を横目に私は、じっとフィルガルド殿下と、繋がれた手を見つめながら呟いた。

「繋いでいるとすぐには離れられない……」

 そうだ!! しっかりと繋いでいると咄嗟に離れることが出来ないのだ!!

 私は、思わず叫んでいた。

「連環の計!!」

 私はそう叫んだ途端に、フィルガルド殿下の手を離した。

「クローディア?! どうしたのです?」

 フィルガルド殿下が驚いていたが、私は構わずブラッドたちを探そうとすると、すぐ近くにみんなの姿を見つけた。そして駆け寄るとリリアの顔を見ながら再び叫んでいた。

「これ、連環の計よ!! ほら、リリアが図書館から借りてきてくれた『新説戦略書釈義』って戦略書の中に書いてあったでしょう?」

 リリアが少し考えて目を大きく開けた。

「ああ!!」

 連環の計とはリリアの借りて来てくれた戦術書に書かれていた内容で、船だけに限ったことではない。
 ここでは船を例にして簡単に説明すると、船同士を繋ぐと揺れなくなったり、船同士の行き来きが楽になるというメリットは、あるがどうしても機動性にかけてしまうために、火計などで責められると甚大な被害は避けられないのだ。
 そして今、この船の周りはたくさんの船で連結させてひとつの大きな船となっている。
 一箇所に火を入れられてしまうと、燃え広がってしまう。
 リリアと話をしていると、ヒューゴが双眼鏡を覗きながら眉を寄せた。

「まずいな……この船に火矢を射かけるつもりかもしれない……」

 やっぱり!! 火計を用いるつもりなんだ!! どうする? どうすればいい?! 考えろ!!

 私が眉を寄せて考えていると、ジーニアスが声を上げた。

「では、すぐに船の連結を解除して……」

 今から船の連結を解除? ……ダメだ、それでは間に合わない!! 何かいい方法は……。

 ジーニアスの言葉に、ブラッドが眉を寄せながら冷静に言った。

「それでは間に合わない」

 ブラッドも私と同じ結論になったようだった。今日一日かけて船を鎖で繋ぐ作業をしたのだ。
 数分で、船を離せるわけがない。それに今から乗客を逃がすとしてもこれだけの人数だ。しかもドレスを来た貴婦人も多いのだ。到底逃がせるわけがない。

「見た所あの船は、あまり大きくありません。高速船で少数精鋭で乗り込めば、止められるかもしれません」

 ガルドが普段とは違った凛々しい声を上げた。

「シーズルス伯爵はいるか!!」

 ガルドの言葉を聞いたブラッドが声を上げると、すぐにシーズルス伯爵がやってきた。

「お呼びですか、ブラッド様」
「高速船をすぐに出せるか?」

 シーズルス領主のライナスは、目の前にある船を指さしながら答えた。

「はい。一台はすぐにご用意はできますが、操縦者の他に4人しか乗れません。船の反対側にもう一台ありますが、少しここから離れた場所にあるので乗り込むまでに時間がかかります」

 高速船に乗れるのは5人……。

「いや、船では、この距離では矢を射かけられたら、間に合わない。せめてクローディア様を避難させて……でも間に合うか……」

 ヒューゴが、奥歯を噛み締めながら言った。

 この時代の高速船は私の知っている高速船とはスピードが違う。ヒューゴの言う通り間に矢を使われてしまったら間に合わないだろう。

 考えろ、どうする? どうすればいい?

 その時、私の頭にラウルとこのシーズルス領に着いた時に交わした会話が浮かんできた。

『いかがです? 明日の朝、水平線から朝日がゆっくりとが昇って海が淡い紫から山吹色に変わって……世界を明るく照てらしていく光景はなかなかのものですよ』

 ――朝日……昇る……?
 
 私は、急いで先ほどみた水の溜まったボートに目をやった。
 ボートに溜められたプールくらいの水。そしてガラス管。そして、大量のワインの空き樽、しかも樽には側面に注ぎ口がついている……。

 私は、ブラッドやガルドを見ながら言った。

「ガルド。火の矢は私が防ぐから、不審な船はお願いするわ」
「何を言っているのです、クローディア?!」

 フィルガルド殿下が声を上げたが、私はフィルガルド殿下を見て微笑んだ後に、ガルドと、ラウル、アドラー、そして少し離れて私を見ているレガードを見ながら言った。

「危険なことをお願いするけど……あなたたちにしか頼めない。ガルド、ラウル、アドラー。そして、レガード。高速船であの船を止めて!!」

 ガルドたちは背筋を伸ばすと、私を見て声を上げた。

「クローディア様のお心ままに……行くぞ!!」
「はっ!!」

 レガードがそれに答えてガルドと共に走り出すと、ラウルは私を見て大きな声を上げた。

「王国騎士団に名にかけて、クローディア様に勝利を捧げます!!」

 私もラウルをじっと見ながら大きな声を上げた。

「栄光あれ!! 無事で戻って来て!!」
「はっ!!」
 
 以前ラウルとこのやり取りをした時とは重みが違う――誓い。
 私も彼らの上に立つ者として、この誓いに答える必要があるのだ。

 私はゆっくりと息を吐くと、一度目を閉じた。

 絶対に彼らを……みんなを……そして多くの人の努力の結晶であるこの船を……守って見せる!!

 そう誓って目を開けると、私はブラッドやシーズルス領主を見ながら言った。

「急いでガラス管の先にワイン樽の蓋と底を抜いて、数個を固定して下さい!!」
「ワイン樽を?」

 ライナスが首を傾けているが、原理を説明する時間はない。

「説明している時間はありません!! とにかく急いで!!」
「はっ!!」

 私の言葉を聞いた乗組員がガラス管を船の側面から外して、この船の水の入ったボートの場所から下に垂らした。そして、下のボートの上でワイン樽の底と上をくりぬいて取り付ける作業を行っている。

「ワイン樽の側面の注ぎ口は上にして固定して!!」
「はい!!」

 私が指示を出していると、シーズルス領主ライナスの妻キャシーが話かけてきた。

「クローディア様、反対側にあるもう一隻の高速船には、私が精鋭を連れて乗って、ガルド隊長たちを追いかけてもよろしいでしょうか?」

 キャシーはすでに高そうなドレスを破り、リボンでパンツスタイルのようにして動きやすそうな姿をしていた。
 私はシーズルス領主のライナスを見ると、彼も力強く頷いた。

「お願いいたします」

 私がお願いすると、キャシーは凛々しい声を上げた。

「クローディア様に勝利を捧げます!! 行って参ります!!」
「栄光あれ!! お願い、無事に戻ってきて!!」

 キャシーは頷くと、シーズルス領に駐屯している数人の騎士を連れて去って行った。
 
 そんなことをしている間に乗組員総出で、隣の船の上でワイン樽をガラス管に繋げ終わり、繋げた樽の部分を不審な船の方向に並べてるように配置したようだった。

「クローディア様。準備出来ました」
「ありがとう!!」

 シーズルス領主ライナスが声を上げたので、私は双眼鏡を持っているヒューゴを見た。

「ヒューゴ。矢の射手距離に入ったかしら?」
「まだです。あと数十秒……」

 ラウルたちの高速船も近付いてはいるが、やはり間に合わない。

「数十秒。ではもういいわ。ボートの水をガラス管に流して!!」
「はい!!」

 ボートの水がガラス管を通って下に流れた途端、一気に噴水のようにワイン樽のワインを注ぐために開けた穴から水が噴水のように勢いよく吹き出した。
 数箇所から規則的に並んで噴水のように水が吹き出している。

 よかった!! 成功した!!

 私が噴水を作ることに成功して安心していると、フィルガルド殿下が呟くように言った。

「水の壁……」

 不審な船から次々に放たれる火の矢は、水の壁に阻まれて火の気を失っていく。
 矢は、連結された船のおかけでここまでは届かない。

「凄い……矢についた火が消えて行く……」

 リリアが呆然とした様子で呟いた。
 私は、不審な船の死角から近付いて行く高速船を見つめた。

「後は、ガルドたちに任せるしかないわね……」

 私はガルドやラウル、アドラーやレガードの無事を必死に祈ったのだった。


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