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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
71 クイーンイザベラ号お披露目式(1)
しおりを挟む今日は、王妃様の代理ということもあり、いつも以上に豪華なドレスだったので、支度に時間がかかってしまった。リリアだけでは大変だったので、シーズルス領邸の侍女にも手伝ってもらった。
「クローディア様! まさに地上に舞い降りた天使のような美しさですね」
支度が出来たので、隣の部屋で待機していたラウルとアドラーを呼ぶと、ラウルが私の前に跪いて手の甲にキスをしながら褒めてくれた。
「ありがとう、ラウル。嬉しいわ」
ラウルが立ち上がると、今度はアドラーも微笑みながら手を差し出しながら言った。
「本当に美しいです」
「ありがとう」
私がアドラーの手を取ると、アドラーが微笑んだ。
「さぁ、参りましょう」
「ええ」
私はアドラー、ラウル、リリアと共に、ブラッドたちと待ち合わせをしているエントランスに向かった。ブラッドとガルド、ジーニアスとヒューゴはすでにエントランスで待っていた。
「クローディア様!! 大変お美しいですね。私はあなたの記録書記官になれて本当に光栄です」
「とてもお似合いですね。お美しいです」
ジーニアスとガルドが嬉しそうに言うと、ヒューゴも相変わらず目が笑っていない笑顔で言った。
「本当にお美しいですね」
私はジーニアスとガルドとヒューゴを見て微笑みながら言った。
「ありがとう!! さぁ、行きましょう」
私はみんなと共に馬車に向かった。
馬車に乗ろうとすると、ブラッドが馬車の中から私に手を差し出してくれた。
「ありがとう」
私がブラッドの手を取って、ブラッドに引き上げられるように近付くとブラッドが耳元で囁くように言った。
「クローディア殿、良く似合っている」
ブラッドが自分から褒めてくれるとは思わずに、私は驚いてブラッドを見つめた。
不意打ちは勘弁してほしい。心臓に悪い……。
「あ、ありがとう……」
私も小声でブラッドにお礼を言った。私はなんだか、その後ブラッドの顔を恥ずかしくて見ることが出来なかったのだった。
◆
私たちは一般の人の乗船が始まる少し前に到着した。混乱を避けるために、皆の乗船前に船の中で待機することになったのだ。昼間に懸命に船を連結させる作業は終わったようで、まるで港を覆うほどの船が絨毯のように繋がり一つの大きな船のようになっている様子は圧巻だった。
「昼間の船の連結作業終わったのね」
「そのようだな」
ブラッドもこの風景を見て何か思うところがあるようだった。
「凄いわね」
「……ああ」
私が話かけるとブラッドが短く答えた。短い返事だったが、なんとなくブラッドもこの光景に圧倒されているのかと思えた。
「皆の乗船前に会場を見ておくか?」
ブラッドが船に入ると私に尋ねた。実は甲板は前日の大雨でかなり濡れてしまったので、溜まった水を流す作業をしていたので近付けなかったのだ。
「ええ。行きたいわ」
私は念のために会場をみておくことにした。甲板には船上パーティーの用意がすでに整っていた。
ここまで準備を整えるのは大変だっただろう。
「水漏れないようにしろよ!!」
「わかってる……でも心配だよな……雨が降らないことを祈るばかりだ」
甲板の後方のパーティー会場の死角になっている場所で乗組員たちが話をしていた。
「何かあったのかしら?」
私が首を傾けるとジーニアスが「聞いてきます」と言って、話を聞きに行ってくれた。
そして話を聞いた後に戻って来た。
「クローディア様、お待たせいたしました」
「何かあったの?」
私が尋ねると、ジーニアスが公式記録用の用紙ではなく、個人で記録する記録用紙を見ながら言った。こんな些細なことでもメモを取るジーニアスは流石記録書記官だと感心していまう。
「はい。本来なら甲板に溜まった水は細いガラス管を使って海に捨てるそうなのですが、今回は船を連結させてしまったので、一箇所に水を流すと水流で一部の船が壊れる可能性があるので、大きなボート数台に水を溜めてるそうなのです」
「ガラスの管とボート? 見せて貰えるかな?」
私が尋ねると、ブラッドが無表情に言った。
「見たいのか?」
「うん」
私が頷くとガルドが乗組員たちの元に走って安全を確認した後に、手を上げた。
「行くぞ」
「うん」
ガルドの合図を見たブラッドの声で、私たちはガルドの所に向かった。
「これは、これは王妃様!! このようなところに!!」
乗組員の方は一般の方のようで、私が王妃代理だと知らないようだった。訂正しようかと思っているともう一人の乗組員の人が口を開いた。
「馬鹿!! この方は王太子妃様だよ!! 船長が言ってただろ? 王太子妃様、すみません、こいつ昨日からずっと作業してて寝てないから、船長の説明の時、仮眠取ってたんです」
なるほど、これだけのパーティーの準備。関係者の方がかなり大変だったというのは容易に想像できる。
「ご尽力感謝致します」
私が乗組員の方々を労うと、皆ぼんやりとして私を見つめた後に慌てて口を開いた。
「いやいや、そんな、もったいない御言葉です。あ、王太子妃様はこれを見に来られたんですよね? どうぞ」
乗組員の一人が水のたくさん入ったボートを見せてくれた。
わぁ~~これは……想像以上の量ね……。
全部合わせるとプールの水の量くらいの水が溜まっていた。
「これが、前と後ろにあります。本来なら、このガラス管で水を外に流しますが、今使うと周りの船が壊れるかもしれないので流せません」
船の横にはロープでガラス管が斜めに取り付けてあった。ガラス管の先には連結した船があったので、確かに流せないかもしれない。
私がじっとガラス管と水の溜まったボートを見ていると、乗船を告げる鐘の音が聞こえた。
「クローディア殿。そろそろ戻るぞ」
「ええ」
ブラッドに促されて、私は甲板から出て一等客室エリアの廊下に着いた。
すると前から、先日爵位を剥奪された元ロウエル公爵が歩いて来た。
どうしてこんなところにロウエル元公爵がいるの?!
私は驚いて思わず立ち止まってしまった。
「ロウエル殿、御足労頂き感謝する」
固まっている私の横で、ブラッドは何事もなかったのように元ロウエル公爵にあいさつをした。呼び方が『公爵』という単語が消えて、ただのロウエル殿になっていて、少しだけ慣れないと思えた。
ロウエル元公爵も片眉を上げながら、頭を下げた後に言った。
「王太子妃殿下、レナン公爵子息殿。私からあいさつにお伺いしようと思っておりました」
「ごきげんよう……ロウエル…殿」
私もあいさつをしたが、やはり慣れない。
なぜロウエル元公爵がここにいるの??
謹慎とかではないの?
私の頭の上に疑問が浮かんでいると、ブラッドが声を出した。
「では、ロウエル殿。後ほど」
「はい」
ブラッドはスタスタと歩いて私たちの待機するように準備された部屋に向かったので、私もブラッドと共に部屋に入った。皆が部屋に入ると私はブラッドに尋ねた。
「ねぇ、どうしてロウエル元公爵がここにいるの?? 彼は謹慎ではなかったの?」
私が尋ねると、ブラッドが無表情に言った。
「彼が陛下から言い渡されたのは『爵位剥奪』のみ。謹慎は言い渡されていない」
「え?」
円卓会議の時は緊張していたので、記憶が曖昧だが……そう言われてみると爵位剥奪としか言われていないように思える。
「この船はお披露目式の後、つまり明日から処女航海に出る。今回の航海は我が国の技術力を見せつけるために多くの同盟国を周るので、長期の旅になる。伯爵以上の爵位を持つ者は、皆長期で国を離れることは出来ないので、船の監督を子爵家に頼むもりだったが……。ロウエル元公爵の身体が空いたのでな。急遽陛下が彼に今回の船旅を任せたのだ」
陛下……怖っ!!
爵位を失ってもなお、働かされるの?!
確かに詳しい事情を知らない者たちに『ロウエル元公爵』と言えば、『爵位を息子に譲って隠居したのかな?』と思うに違いない。ロウエル公爵家の人間だと言われれば皆、何も言わないだろう。なるほど……これぞ腐っても鯛の典型的な例と言うわけだ。
もしかして陛下……ここまで計算してあの裁きを?
私はエルガルド陛下の怖さを目の当たりにして、震えてしまったのだった。
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