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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
67 海辺の街へ(3)
しおりを挟むリリアに言われて私も急いで、今日から3日間もお世話になるシーズルス領の領主ライナスにあいさつをするために、馬車乗り場から、玄関前のエントランスに移動した。そこには小柄で目の大きな少年のような男性が立っていた。背の高いブラッドと並ぶと階段一つ分ほどの身長差があった。
男性はすぐに私を見つけて笑顔を見せてくれた。
この場合、私からあいさつをする必要があるので待ってくれているのだろう。
「はじめまして、ライナス様。歓迎感謝いたします。今日からお世話になります」
私は優しそうな男性の笑顔に緊張を忘れてあいさつをした。
「クローディア殿下、ようこそお越し下さいました。私はシーズルス領の領主ライナスです。弟から手紙でクローディア殿下のご活躍は耳に入っております。騎士団に疑いがかかりそうだった案件を解決して下さってたとか。本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ラウルにはいつもお世話になっております」
弟と言われて、私は思わずラウルを見た。するとラウルが微笑みながら言った。
「クローディア様。兄とは5つほど歳が離れております」
ラウルは長身で騎士らしくがっしりとしているので、一瞬結びつかなかったが、シーズルス領主ということは、ライナスはラウルの兄なのだ。しかも少年のようだと思ったライナスは、ラウルよりも5つも年上らしい。ラウルの方が年上に見えることは言わないでおこう。
「夕食の時にささやかですが歓迎の宴をご用意致しましたので、その時に妻と子供たちを紹介致します」
歓迎の宴?!
そうよね……王族が泊まりに来ていつも通りというわけにはいかないわよね……。
なんだか申し訳ない……。
それにライナスには、ご家族がいるようだ。
「お心遣い感謝いたします」
ライナスと話をした後に、騎士団の第5部隊の人たちは数人がシーズルス領邸に泊まり、残りの騎士はシーズルス領内の宿泊施設に泊まることになった。
私の部屋は最上階でリリアと同室。さらにアドラーとラウルが私の部屋と扉だけで仕切られている部屋に宿泊して護衛をしてくれる。そして、ブラッドとガルドが私の部屋の隣に泊まるそうだ。ジーニアスとヒューゴは私たちの一階下の個室を用意されている。第5部隊隊長と副隊長のレガードもジーニアスたちと同じ階に泊まるという部屋割りになっているようだ。
今日から3日間、私が泊めてもらう部屋は、領主のライナス自ら案内してくれた。部屋に着いた後に少しだけ今後の打合せをするので、一度一番広いという私の部屋にブラッドたちもついて来ることになった。
「こちらです」
部屋からの景色を見て、私は思わず声を上げたのだった。
「素敵なお部屋!! こんな素晴らしいお部屋を準備して下さって、ありがとうございます」
目の前には曇りだが美しい海。しかもシーズルス領の街並みも同時に見えるので、部屋からの眺めは最高だった。しかもホテルのスイート並みの広い部屋には、大きなベッドや応接セットが置かれ、品よく飾られた丁度品が豪華さを醸し出している。文句なしに最高の部屋だった。
「気に入って頂けて安心いたしました。もうしばらくすると家々に灯りが入り、夜景もご覧頂けますよ」
ライナスが嬉しそうに言った。
「さらに夜景も見えるのですか?! 楽しみです!!」
「夕食には、海産物を中心にシーズル領の特産物をご用意させて頂きました」
海も見え、夜景も見える。部屋は広くて豪華、掃除も行き届いて快適。しかも、夕食は海産物と特産品を使った料理……。
――これはある意味……。
「……慰安旅行ね」
これはきっとこれまで、全力でお飾りの王太子妃としてこき使われてきた私を労ってくれるための旅行だろう。
厳密にいうとこれは出張とか……フィルガルド殿下も明日はいらっしゃるのなら新婚旅行とか、そういう位置付けになるのかもしれないが、気分は完全に慰安旅行だ。
「なるほど……ではクローディア殿は我々を労ってくれるのか?」
ブラッドが少しだけ口角を上げながら言った。
「もちろんよ。護衛をさせたり、仕事を任せて申し訳ないけど、楽しめる時は楽しんで、この素晴らしい景色や状況を満喫しましょう!!」
私の言葉を聞いていたライナスが楽しそうに言った。
「ふふふ。クローディア殿下は、本当に魅力的な方ですね。殿下を見ていると、こちらまで楽しくなって参ります。ではまた後ほど、食事の用意が出来ましたら、お知らせいたします。何かございましたら、ベルで侍女をお呼び下さい。それでは失礼致します」
ライナスは静かに部屋を出て行った。
私は、この素敵な旅をおもいっきり楽しみたい。
こんな最高のロケーションで、モヤモヤしながら過ごすなんてお断りだ。
今、この部屋の中には、私、ブラッド、ガルド、アドラー、リリア、ラウル、ジーニアス、ヒューゴがいた。
私はヒューゴを見据えながら言った。
「ヒューゴ。私に媚薬のことを教えてくれない?」
するとヒューゴが驚いた顔をした。きっと私が媚薬のことを教えろなんて言うとは想像もしていなかったのだろう。私は言葉を発せずに驚くヒューゴに向かって言葉を続けた。
「私、媚薬って一体どんな物なのか全くわからないの。イメージだけが大きくなって、とっても怖い。でも、わからないから怖いってこともあると思うの。だから教えてくれない? きっと私の立場だったら今後も媚薬を避けて通れないと思うからこの機会に、媚薬のことを知って対処できるようになりたいの」
黙り込むヒューゴを見ていると、視界の端にブラッドが映った。
真剣にお願いする私のことをなぜかブラッドが嬉しそうに見ていた。
なぜ、普段無表情なのに今、こんなに嬉しそうな顔をしているのか、不思議だった。
私がブラッドの不意な笑顔に心を奪われていると、ヒューゴが覚悟を決めたように声を上げた。
「クローディア様自らそのように……承知いたしました。仰せの通りに、クローディア様」
こうして私は、ヒューゴに媚薬について学ぶことになったのだった。
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