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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
66 海辺の街へ(2)
しおりを挟むシーズルス領に向かう馬車には、私の前にブラッド。そして私の隣にリリア、そしてリリアの前にジーニアスが座っていた。広々とした馬車の中は、折り畳み式の簡易テーブルまで完備されている。かなり揺れるのでお茶などを置いたままには出来ないが、それでもテーブルがあると書類を確認するにも便利だ。
今は、今後の打合せが終わってジーニアスが水筒に入れて持ってきてくれたお茶を飲んで休憩していた。
「ジーニアス。このお茶、香りだけじゃなくて味もとてもいいわね……」
私はジーニアスが持参してくれた社交界で話題だ、というお茶を飲んで感想を伝えた。
「クローディア様に喜んで頂けると、私も用意した甲斐があります」
ジーニアスも嬉しそうに笑っていた。
「本当に美味しいですね」
リリアも顔をほころばせていた。ブラッドも飲んでいるのが、いつものようにノーリアクションだ。
こういう場合は感想を言うのが気遣いというものなのに……。
「ブラッドはどう? 美味しい?」
「……美味しいから飲んでいる」
「それ……普通、言葉にしないとわからないからね?!」
私がブラッドをじっと見ると、ブラッドが無表情に言った。
「いいお茶だな」
「ブラッド様にそう言って貰えると嬉しいです」
ジーニアスが嬉しそうに言った。
よかった。これでブラッドのコミュニケーションスキルが微量に上昇したはずだ。
それにしても刺客に狙われているというから、一体どうなることかと思ったが、馬車の旅は想像以上に平和でのんびりとしていた。
「ん~~。少し心配だったけど、旅は問題もなく快適ね。ところで、さっきから時々聞こえるこの金属音は何かしら?」
私はお茶を飲みながら先ほどから馬車の外で、定期的に金属音が聞こえてくるのが気になっていたのだ。私の横の窓には大きな日よけのような物がついていて外の様子が余り見えなのだ。
「ああ、これは剣の音ですよ。進行方向、向かって右側から聞こえてくる少し高い音が兄の愛刀のシャルフの音ですね。そして、左から聞こえてくる少し低い音は、ラウル様の愛刀シュランクの音ですよ」
「へぇ~~え?」
私は思わず、リリアをじっと見ながら尋ねた。
「剣の音? ……リリアって、剣の音で誰が戦っているかわかるの?」
「はい。クローディア様も耳を澄まして聞いてみて下さい。結構剣の音にも個性がありますから……」
「剣の音に個性……ね……確かに違う……かも?」
確かにそう言われて耳を澄ませると、剣の音はどれも違っていて個性があるが、私にはその音を聞き分けられそうになかった。
「結構違いますよね!」
リリアが嬉しそうに答えると、ブラッドが大きなため息をついた。
「……本当にクローディア殿が解決したかった疑問は、それで合っているのか?」
私はそう言われて、はっとした。
「そうよ。確かにリリアが音で誰が戦っているのかわかるのは凄いけど、そうじゃなくて……。どうして、移動中の馬車のすぐ近くで、剣の音が聞こえるの?」
私が尋ねると、ジーニアスとリリアが当たり前のように言った。
「それはこの馬車が襲われているからです」
「それはこの馬車が先ほどから攻撃を受けているからです」
馬車が襲われている?!
攻撃を受けている?!
どうしよう!!
アドラーやラウルが必死で戦ってくれているのに、何も知らずに呑気にお茶なんて飲んでる場合じゃなかった!!
「そ、そんな!! どうしたらいいの? このままじゃ危険よね?」
私がオロオロすると、ブラッドが無表情に言い放った。
「落ち着け。元々この辺りで一斉に刺客を誘き出す作戦を立てていたんだ。そろそろ刺客の証言も集めたいからな。想定通りの展開だ」
え?!
ここで刺客をおびき寄せる?
そもそも、そんな物騒な作戦立ててたの?
もしかして……また私、エサにされたんじゃ……。
私がブラッドをジロリと見ていると、リリアが慰めるように言った。
「クローディア様、ご心配には及びません。ブラッド様のいう通りです。それに始めに比べると、シャルフの音が軽やかになってきました。兄はきっと訓練を怠っていたのだと思います。訓練にはいい機会です。それにガルド様の愛刀のオルロージュの音は聞こえないので、まだまだ余裕だと思います」
え~と、確かシャルフとは、アドラーの愛刀の名前だったはず……。剣の名前で言われると中々誰かを特定するのが難しい。ぜひ、人名で話を進めてほしいと思うのは私だけだろうか?!
それとも私もアドラーや、ラウルやガルドの愛刀の名前を覚えるべきだろうか?
私が悩んでいるとジーニアスがフォローをしていた。
「リリア嬢、仕方ないですよ。最近アドラーは、大変忙しそうでしたから……」
「そうだな……」
ブラッドがぬけぬけと頷いたが、きっと大半の忙しさはブラッドが原因だと思われる。
そんな疲れているアドラーとガルドにさらに護衛をさせるなんて申し訳なさすぎる!!
目的のシーズルス領邸についたら、アドラーたちを労おうと心に決めたのだった。
こうして私はみんなに守られながら、無事にシーズルス領邸に到着したのだった。
◆
「海だ……」
私は馬車を降りると思わず呟いた。
ずっと日よけのような物に覆われた馬車の中にいたので、外の様子が見られなかったのだが、シーズルス領邸からは、海が見えた。生憎の曇り空だったが、曇りでも十分に美しい光景だった。
そうよね……船の披露式に来たのだもんね……海か……久しぶりに見たな。
海に面して段々に建物が並んだ街並みは、行ったことはないがナポリの街のようだと思った。
シーズルス領邸は、建物が並ぶ一番上にあるので、まさに絶景だった。
「いかがです? 明日の朝、水平線から朝日がゆっくりとが昇って海が淡い紫から山吹色に変わって……世界を明るく照てらしていく光景はなかなかのものですよ」
私が馬車を降りて、景色に見とれているとこの家で生まれ育ったラウルが目を細めながら言った。
「それは……素敵でしょうね……ぜひ見たいわ」
私は隣に立って優しく微笑むラウルを見上げながら言った。
「明日、晴れるといいですね」
「そうね!!」
私がラウルと微笑み合っていると、アドラーがやって来た。
「それはぜひ、私もご一緒いたします」
アドラーの顔を見て、私は重要なことを思い出した。
「アドラー、ラウル。守ってくれてありがとう!! 馬での移動だけでも大変なのに、刺客まできたのでしょう? 大変だったわね」
私が二人にお礼を言うと、アドラーとラウルが爽やかな笑顔を見せてくれた。
「いえ、いい訓練になりました。刺客は全員捕らえましたので、いい情報が聞けるといいですね」
アドラーは恐ろしいことをさらりと言った。私がアドラーの爽やかさとセリフが合っていないことに少しだけ違和感を感じていると、リリアが声を上げた。
「クローディア様。ライナス様がお出迎えをして下さっています。ブラッド様が先にあいさつをされています」
ライナス様とは、ラウルの兄で私たちがお世話になるこのシーズルス領邸の持ち主で、このシーズルス領の領主でもある。
「ライナス様が? すぐに行くわ」
私は急いで、領主のライナスの元に向かったのだった。
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