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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

64 薬草保管へ(2)

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 普段から侍女が通い問題になっていた薬草保管室の前の廊下は、ガルドとラウルの登場でちょっとした騒ぎになった。普段は黙認していた者たちも、さすがに目に余るということで侍女長に報告した。 それを聞きつけた侍女長カトレアの登場により、薬草保管室の前の廊下には誰も居なくなっていた。

 薬師はガルドたちと薬草保管室を出る時に、首から下げていたカギを取り出して三箇所にカギをかけた。ガルドもラウルも『随分と厳重だな』と思った。
 そしてガルドたちは、誰もいなくなった廊下を薬師を連れてブラッドの待つ執務室に戻ったのだった。

「ブラッド様、薬師を連れて参りました」

 ガルドが薬師をブラッドの前に連れて行った。
 ブラッドは執務机に座ったまま無表情で、薬師に尋ねた。

「名はなんという?」

 薬師は飄々とした様子で答えた。

「ヒューゴと申します。はじめまして」

 ブラッドは表情を変えずに答えた。

「ヒューゴか。会うのは初めてだな。ヒューゴ、早速聞きたいのだが、なぜクローディア殿に媚薬を用意した?」

 ヒューゴは、ブラッドの問いかけに胸ポケットから書類を取り出してブラッドに渡した。

「ブラッド様を筆頭公爵家の方と見込んでお見せいたします。ご確認下さい」

 ブラッドは、ヒューゴから書類を受け取ると眉を寄せた。
 そして、ガルドとラウルにも書類を見せた。

「これは!!」

 ラウルが声を上げて真剣な顔をしながらブラッドを見た。ブラッドもそんなラウルを見て頷いた。

 書類は――薬師宛てに届いた脅迫文だったのだ。
『近々、クローディア王太子妃が公務としてシーズルス領に向かう。彼女の常備薬に媚薬を紛れ込ませろ。何か聞かれたら必要だから用意したと言え。王太子の同行も伝えろ。さもなくば、三日月草を燃やす。外部の者に伝えても燃やす』
 
 ブラッドはヒューゴに鋭い視線を向けながら尋ねた。

「三日月草とは、王妃殿下の発作を抑えるというあの三日月草か?」

 ヒューゴは、大きく頷きながら答えた。

「はい。実は、数日前に三日月草が盗まれました。三日月草は我が国の国境付近でしか手に入りません。薬草保管室室長と、室長補佐と薬師数人で採取に向かい、実はすでに三日月草を入手しています。ですが室長判断で『犯人を刺激したくない』ということで、『クローディア殿がシーズルス領に行かれるまで』は三日月草を城の薬草保管室以外の場所で保管することにしております」

 ガルドとラウルも薬草保管室には本来数人の薬師がいるが今日は一人だったことと、ヒューゴが薬草保管室を出る時に厳重にカギをしていたので不思議に思っていたのだ。
 
「王妃殿下の薬が人質か……盗まれたのは、三日月草だけか?」

 新婚のクローディアに媚薬を用意したからと言って、大きな問題にはならないだろう。だが、王妃殿下の発作を抑える薬が無ければ、命に関わる大問題だ。
 クローディアへの媚薬と、王妃殿下の三日月草。薬師が天秤にかけるのなら、間違いなくクローディアへ媚薬を用意することを選ぶだろう。
 ブラッドがジロリとヒューゴを睨みながら尋ねると、ヒューゴは観念したように言った。

「……媚薬となる薬草も数種類盗まれております」
「やはりそうか……。だが……媚薬ではなく、媚薬になる薬草が盗まれているのか……厄介だな」

 ブラッドの言葉に、すぐにガルドが口を開いた。

「媚薬となる薬草が盗まれているということは、盗んだ者は自分で媚薬が作れる程の知識を持っているということですね……」

 それを聞いたラウルも顔を青くした。

「何?! ではクローディア様は、どこかで誰かに媚薬を飲まされる可能性も?!」

 ブラッドが眉を寄せながら言った。

「それだけではない。薬草の知識があるのなら、毒さえも作れる可能性がある」
「毒……」

 ガルドとラウルが顔を青ざめた。
 薬と毒とは紙一重だ。しかも相手は王宮の薬草保管室に忍び込んで貴重な薬草を得るということまでやってのけたのだ。
 ブラッドが無言で考えていると、ヒューゴが口を開いた。

「室長たちはすでに王都内におりますので私は動けます。そして私は、媚薬の中和剤や、解毒薬が作れます」

 ブラッドがじっとヒューゴを見つめながら尋ねた。

「何が言いたい?」
「私もクローディア様と共に、シーズルス領に同行させて下さい」

 ブラッドは考えた。
 正直に言うと、この飄々とした男を信用することは出来ない。
 だが、万一この男が本当のことを言っているのなら、恐らく監視がついているだろう。
 だとしたら、リリアが媚薬を見抜いたことも、薬師がここに連れて来られたことも知られている可能性がある。
 リリアは今回、薬師からの薬は一切受け取らずに戻って来た。
 三日月草は確保出来ているとはいえ、リリアが媚薬を拒絶したのを知っていれば、室長が言うように相手がどんな手段に出るかわからない。
 しかも、この場合、相手も媚薬を持っていると考えるのが自然だ。それにこの男をクローディアに同行させれば、監視の目はクローディアと共に移動するこの男に付き、三日月草には被害が及ばない可能性がある。

「ガルド、秘密裏に薬草保管室室長と連絡を取れ。この男には見張りがついている可能性がある。ラウル、明後日のシーズルス領行きまで、この男を騎士団で監視しろ。私はこのことを陛下にご報告する」

 ラウルが驚いたようにブラッドに尋ねた。

「ブラッド様。クローディア様に媚薬を用意した、この男を同行させるのですか?」
「相手が薬の知識を持っているとわかっているいる以上、それに対処する必要がある」

 ラウルは少し不満そうにしながらもブラッドの言葉に頷いた。

「はっ!」

 こうして、薬師のヒューゴがシーズルス領に同行すると決まった時、扉がノックされてジーニアスが執務室に入って来たのだった。







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