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第一章 転生令嬢、王都にて

9 過酷な王妃教育(2)

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 私が王妃教育のラスパートをかけ地獄の強化期間を過ごして2ヶ月が経った。
 結婚式まで、あと4ヶ月。私の王妃教育の部屋では……。

「時間です。クローディア様。覚えましたか? では、確認致します。レナン公爵家の円卓会議での場所は?」

 私は、先ほど必死で覚えたことを政治担当の女官イリアから、テストされていた。

「え~と、陛下の向かって左隣…」

 私は、先ほどまで必死に覚えた紙を思い出しながら答えた。

「正解です。では、そのレナン公爵家のお隣は?」
「……ロウエル公爵家」
「正解です!!」
「よかった~~!!」

 最近では、王妃教育担当の女官とも随分と仲良くなった。これまでの私は彼女たちの名前を一切覚えていなかったが、王妃教育の度に会うのに名前を覚えないという方がどうかしている。本当にこれまでの私は何もしていなかったというのが、ここ2ヶ月で痛いほどわかった。
 彼女たちの名前を覚えていなかったこともそうだが、王妃教育は、真面目にやればそれほど大変というわけではない。一気にやるから大変なのだ。なぜ3年も時間があったのに、何もしていないのだろうか、以前のクローディアは?! 半分でも済ませてくれれば、随分と楽だったのに!!

 私が過去のクローディアに心の中で恨み事を言いながら、イリアと喜びを分かち合っていると、結婚式担当の女官マリアがノックをして部屋に入って来た。

「クローディア様。結婚式のドレスの打合せの時間です。すでにデザイナーは応接室で待っております」
「今、行くわ!! では、イリア行って来るわ」
「はい。戻ったら続きを致しましょう」
「ええ」

 私は、結婚式担当の女官マリアと護衛騎士と共に部屋を出た。

 忙しい!!

 毎日分刻みのスケジュールが組まれて、寝る時以外休む時がない。ちなみに食事やお茶の時もマナーの時間なので、ゆっくりはできない。

 私は、『正直ドレスはなんでもいい、それより休みたい』と思いながら、デザイナーとの打合せに向かった。

 部屋に入ると、デザイナーはとても緊張した様子で震えていた。もしかしたら、私の悪評をどこかで聞いたのかもしれない。それにドレスを決めるだけだというのに、いつもの記録書記官がいた。きっと後々ドレスで揉めないようにだろう。すでに顔見知りになっている記録書記官は、私を見ると嬉しそうに会釈をしたので、私も微笑みを返した。
 そしてすぐにデザイナーがあいさつしてくれた。

「はじめまして、クローディア様。この度は、私にドレスのデザインをお申し付けくださり光栄でございます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「クローディア様。どのような、ドレスがよろしいですか?」

 どんなドレス?
 私にとってこの式は、心なんて何もない。ただの貴族令嬢としての義務を果たすデモンストレーションだ。どんなドレスでも構わない。
 それに記録書記官の彼がこの場にいるということは、ドレスというのは何か面倒事のタネになる可能性もある。
 時間もないし、私はここは全面的にプロであるデザイナーに任せることにした。

「あなたがこれまで作られたドレスは、どれも素晴らしいとお伺い致しました。王家の決まり事を踏まえて、私に似合いそうなドレスを作って下さいますか? どんなデザインでも構いませんわ、お願いします」

 私の言葉を聞いたデザイナーが頬を赤めて興奮気味に言った。

「私に任せる?! それほどまで、私を信頼してくれているのですね!! デザイナー冥利につきます!! 私の人生で最高傑作だと言われるドレスをお作り致します」

 手を握られて喜びを表現する彼にブンブンと手を揺すられた。それを女官が慌てて止めた。
 私は愛想笑いをしながら言った。

「あ、ありがとうございます。では王家の決まりは、担当のマリアに聞いて下さい。それでは、楽しみにしていますわ」

 私はドレスは彼に任せて、部屋を出ようとすると、デザイナーの彼が嬉しそうに私に手を振りながら叫んだ。

「はい!! クローディア様のご期待に添えるように致します!!」
「ええ。マリア、後はよろしくね」
「かしこまりました」

 私はマリアに詳しい説明を任せて、護衛騎士と共に廊下に出て息を吐いた。
 これで記録書記官は『クローディア様はドレスをデザイナーに託された』とか『ドレスについての規定は担当者を通すようにと指示をした』などと書かれただろう。
 うん。きっと記録を見ても私が誰かに責められることはないだろう。
 そんなことを考えていると、私のマナー担当の女官シンシアが私を迎えに来て口を開いた。

「クローディア様。少し時間がございます。フィルガルド殿下もご休憩中ということで、お茶にお誘い致しますか? ずっと会われていないのでしょう?」

 この忙しい時に、殿下になんて会っているヒマはない。
 そんなことより、王妃教育を一分でも早く終わらせて寝たい。
 だが、シンシアが呼びに来たということは……マナーの勉強も兼ねているのだろうか?
 殿下とお茶をなんて……この2ヶ月で初めて提案されたので意図がわからない。

「イリスを待たせているの。もしかして……これはマナーのお勉強なの?」

 私が少し眉を下げて尋ねると、シンシアは両手を前に出して首を振った。

「いえ、クローディア様が大変頑張っておいでですので、少し殿下とごゆっくり過ごす時間が取れればと思ったのです。イリスも了解しておりますので、ご安心下さい」

 シンシアは、どうやら私に気を遣ってくれたようだが、王宮内に私がお飾りの王妃だという噂はないのだろうか?
 私は不思議に思いながらも、今後こんな風に気を遣われるのは面倒だと思いはっきりと言った。

「シンシア。私、フィルガルド殿下とお会いするのは、最低限でいいわ。殿下だってお忙しいでしょうし、私もやることがあるし。そうね……殿下にお会いするのは、記録書記官様がいらっしゃる正式な場だけにしてくれないかしら?」
「え?! よろしいのですか?」
「ええ。では、イリスも待っているし、部屋に戻るわ」

 私が歩き出すと、シンシアが慌てて声を上げた。

「お待ち下さい、クローディア様!」
 
 こうして私は殿下にそれほど会うこともなく、これまでサボっていたクローディアの穴を埋めるために過酷な日々を過ごしたのだった。


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