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ルジェク ルート(王子ルート)
Ⅳ 記憶って何?
しおりを挟むルジェク王子に別れを告げて、公爵邸に戻った私は、窓辺のソファーに座り考えを巡らせていた。
そして、ふと窓に映った自分の姿を見ていると、あの有名な考える人を彷彿させるようなポーズを自然に取っていた。研ぎ澄まされた芸術家の観察眼は素晴らしいと、感嘆……している場合ではない!!
私は……悩んで、困って、そして考えていたのだ。
ルジェク王子の記憶を取り戻すとは言ったものの……私の元の人、フォルトナは、王妃教育ばかりしていたので、そもそもほとんどルジェク王子との関わりがないのだ。
それに私になってからは、むしろルジェク王子との接触を極力避けていたので、ルジェク王子との想い出などないのだ。
――ルジェク王子が、私を覚えていないのは当然なのでは?
ルジェク王子とクレアの出会いの方が、私と出会ったよりもずっと後だが、あの二人はダンスの特訓という濃密な繋がりがある。学生の時の記憶も、日常の何気ないこと、というよりは、みんなで何かを成し遂げた文化祭とか体育祭とか特別なことの方が覚えていることが多い気がする。
そう考えるとダンスの特訓なんて、絶対記憶に残るランキング上位の出来事だろう。
もしかしたら、文化祭や体育祭などのイベントで恋人が出来る理由も、記憶に残りやすいかどうかに関係されるのかもしれないとさえ思える。
そう考えると、フォルトナとルジェク王子殿下は、記憶に残るような鮮烈な思い出はないかもしれない。
つまり、私は思い出して貰えるような想い出がないのだ!!
「どうしよう……記憶を取り戻すお手伝いをするとは言ったけど……ルジェク王子にとって、私との記憶は、なくても全く問題ないくらい薄い記憶だったのかも……? 言ってて悲しくなったけど……事実だから何も言えない……」
自分で言って、自分でダメージを受けている自分に気付いて落ち込みそうになり、顔を上げた。
「明日、学園にいらっしゃるとおっしゃっていたし……その時にまた話してみようかな……」
夜に一人で考えていても、悪い方向にばかり考えてしまうように思えて、今日はとりあえず眠ることにしたのだった。
◆
「おはよう、フォルトナ」
私は、目を大きく開けて驚いていた。
なぜなら、ルジェク王子が馬車で、私の家まで迎えに来てくれたのだ。
ちなみに、何度かルジェク王子と一緒に学園に行ったことはあるが、兄もいたし、二人で登校するのは初めてだ。
私は動揺するあまり、少し早口で尋ねた。
「あの……どうして、ルジェク王子殿下にこちらに? 私の記憶はないのですよね?」
すると、ルジェク王子は、朝の爽やかな朝日も霞んでしまうほど、世界を浄化してしまいそうな明るく輝かしい笑顔で答えてくれた。
「フォルトナ。昨日は、すまなかった。城の者にフォルトナは、私の婚約者だと聞いたのだ。それなら当然一緒に登校するだろうと思ってな……迎えに来たのだ」
ルジェク王子の言葉を聞いて、私は見知らぬ城の人へテレパシーを送った。
城の人へ
ルジェク王子への虚偽の情報は、詐欺罪、及び不敬罪、及び謀反の疑いがかかる可能性がありますので、どうぞ情報は正確にお伝え下さるようよろしくお願い致します。切実に!!
私は頭を押さえながら虚偽の情報を訂正することにした。
「ルジェク王子殿下、私は殿下の元……」
そこまで言うと、ルジェク王子が微笑みながら言った。
「フォルトナ。話は馬車の中でもいいだろうか? 遅れてしまうぞ」
ルジェク王子に言われて、懐中時計を取りだして時間を確認した。すると確かに、もう家を出た方がいい時間だった。
「え、ええ。そうですね。参りましょう」
「ああ」
私は、ルジェク王子殿下のエスコイートを受けながら、馬車に乗り込んだ。
なぜかルジェク王子は、私の前ではなく隣に乗り、腰を抱き寄せているのだが……婚約者だと思っているので、当たり前のことなのだろうか?
婚約したことがないからわからない!!
彼氏はいたが、エスコートもされたことがないのでわからない!!
無知な自分が恨めしい!!
ルジェク王子との距離に、心臓が早くなり、動悸も激しい。
心臓の負担を軽くするためにも、少し離れてほしいと思いながら、私は隣に座るルジェク王子を見上げると、ルジェク王子と目が合って微笑まれた。
くっ!! 何これ、記憶喪失、凶悪過ぎる!!
私は思わず胸を押さえてしまったのだった。
ルジェク王子殿下って、婚約者にはこんなに甘いの?!
こんな状況にもう少し浸りたいと思ったが、すぐにそんな甘い甘すぎる考えを捨て去った。
いつまでもルジェク王子に誤解をさせたままではよくない。私は、何度も深呼吸を繰り返し、ルジェク王子に話かけた。
とにかく毎日一緒に登校していたはずだ、という誤解を解かなければ!!
「ルジェク王子殿下。殿下と私は、毎日一緒に登校してはおりませんでした」
私が意を決してルジェク王子に真実を伝えると、ルジェク王子は不思議そうな顔をしながら尋ねた。
「そうか……ではなぜ、婚約者なのに一緒に登校していなかったのだ?」
ルジェク王子は、城から直接学園に向かった方が早いのだ。フォルトナは毎日殿下に遠回りをさせてしまうのは、お互いに効率が悪いので送り迎えを辞退したのだ。
私は、フォルトナの意図を説明することにした。
「お城から学園に行くのに、私を迎えに来ては、遠回りになります。朝の貴重な時間をもっと自分のために活用して頂くために別々に登校しておりました」
私が説明すると、ルジェク王子は目を大きく開けた後に一瞬、声を出したかと思えば、私に聞こえないような声で呟いた。
「え?!(……そうだったのか……)」
「殿下、良く聞こえなかったのですが、さきほどは、何とおっしゃったのですか?」
私が聞き返すと、ルジェク王子はまたしても爽やかな笑顔で答えた。
「いや、なんでもない。フォルトナ。そのような気遣いは不要だ。今度からは一緒に登下校をしよう」
私は思わずルジェク王子の提案を聞き返してしまった。
「え……? ルジェク王子はそれでよろしいのですか? 遠回りになりますけど……」
ルジェク王子は満面の笑みで答えた。
「もちろんだ」
ルジェク王子のよくわらない圧に押されて私は思わず頷てしまった。
「で、では……よろしくお願いします」
「毎日迎えに来るからな」
私は、なぜかルジェク王子と一緒に登下校をすることになってしまった。
婚約者ではないことを伝えるはずが、思わず方向に……。
会話が意図しない方向に進んだ気がして首を傾けたが、馬車はもうすぐ学園に到着する。
また機会は訪れるだろう。
私がそんなことを考えていると、ルジェク王子が少しだけ私を強く抱きしめたように感じたが、きっと馬車の揺れのせいだろうと思ったのだった。
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