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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』その(44) 立ち直れ!龍太。
しおりを挟むその朝を迎えた。
龍太は格闘技大会を運営する『G』のリングに立つ。
まだ高校三年とはいえ、実質プロ格闘技デビュー戦ということであり、また一歩NOZOMIに近付いたのだ。
否、その入り口をノックするだけ?
龍太はずっとこの日を夢見てきた。
天国の父源太郎は見ているだろうか?
誰もが戦場であるリングへ、その初陣に臨むのは緊張する。龍太とて例外ではなく、しかもワンナイト・トーナメントという過酷なもの。
勝ち進めば一夜に三試合戦うのだ。
開場に入り控え室で気持ちを集中させていると訪問者が現れた。
「今日はお兄ちゃんと柳さんのデビュー戦。楽しみにしてるよ」
妹の麻美が天海瞳を伴って挨拶に訪れた。なぜか龍太は天海瞳を見てドキッとしてしまう。彼女とスパーリングして以来忘れられない存在。天海瞳も龍太と目が合うとニコッとした。
「麻美、おまえ 背が伸びたな...」
「うん。173ちょっとあるかな? そんなことよりお兄ちゃん、柳紅華さんは強いよ。油断すると苦戦しちゃうよ」
麻美が帰ったあと、龍太はあらためてデビュー戦の相手が自分より二つ年下の女子であることに気が重くなった。
それでもそれを意識しないよう気を引き締める。何がなんでも勝ち進み三試合戦わなければならない。そんなことに気を取られたくないからだ。
(万が一、今日の一回戦で、高校一年の女の子に負けるようなことがあれば、
俺はデビュー戦にしてNOZOMIさんと戦うという夢を諦める。そんな覚悟でこの日を迎えたんだ)
トーナメント一回戦。
堂島龍太vs柳紅華は三試合目。
(実況)
「さあ! このトーナメント。なんと女子選手が一人参戦しました。真紅の水着(ビーチバレー風ビキニ)に身を包んだ韓国からやってきた少女。まだ高校一年だというのだから驚きです。対する堂島龍太は、かつてNOZOMIと死闘を繰り広げた堂島源太郎の息子です。
NOZOMIが立ち上げたNLFS所属 柳紅華相手のデビュー戦になります。なんという因縁なのでしょうか!」
柳紅華は二年前の春にNOZOMIが韓国からスカウトして連れてきた。
年齢は紅華が一つ上だが、麻美と同期ということになる。
彼女は韓国相撲シルムの小学生女子王者であって、中学に入ると一年生ながら中学生女子王者になり、同学年なら男子に混じっても全国上位の実力。
併行してやっているテコンドーも、将来五輪を狙える逸材だということだ。
龍太はテコンドーのことは知るが、シルムという格闘技の知識はない。
それにこの少女のことはまったく情報がなくどういう戦い方をするのか?
NOZOMIが認めた逸材なのだ。そこが妙に不気味だ。謎すぎる...。
計量では。
龍太176.5cm 69kg
柳紅華 175cm 69.5kg
ゴングは鳴った。
ファーストコンタクトは手四つからの力比べ。お互い相手の様子を見て攻撃の機をうかがう体勢。
(なんだこの握力は? これが高校一年女子の力なのか? 握力だじゃないな。
体幹も足腰も異常に強いのが手四つだけで分かる。すごい...)
それでも龍太は紅華に組むとそのまま強引にコーナーへ押し込んだ。
そして紅華の身体から一旦離れると拳を構え打撃戦に備える。紅華もテコンドー流の構えになった。
このまま打撃戦で一気に決着をつけようと思ったが、龍太は変な違和感を覚えた。男である自分が女子を、それも年下の少女を相手にリング上で真剣勝負しているという違和感だ。
シルヴィア滝田や天海瞳と相対したことはあったが、あれはヘッドギアを装着してのスパーリング。
それも組技なしの打撃戦のみで、練習であると割り切っていた。
(お父さんは、NOZOMIさんと戦う前に
“ 俺は女を殴れるだろうか?”と、周囲に漏らしていたらしい。そんな気持ちを振り切って戦ったんだ。キックボクサーとして実績のあった当時35才だったお父さんが、17才の女子高生と真剣勝負する違和感。その絶対負けちゃいけないプレッシャーは相当なものだったんだろうな?)
龍太はいまさらながら、そんな亡き父の気持ちが分かったような気がする。
父とは比較出来ないが、今、自分もそれを感じているからだ。
戦いの場で無駄なことを考えてはならない。無心にならなければ。
そんなことを考えている時だった。
テコンドーの構えから再び紅華が龍太に組む付いてきた。そのまま龍太を倒そうとするのだが、龍太も柔道で全国ベスト8までになったのだ、投げの打ち合いになった。
(こ、この女の子、足腰が強い!それに柔道での道着がないと掴んで投げられない。柔道と勝手が違う...)
戸惑っている龍太の首を紅華はホールディング。そのままヘッドロックから首投げ。龍太は紅華の腰に乗せられそのまま倒された。
相手を先に倒した方が勝ち。
これがシルムのパワーなのか?
袈裟固めになった紅華が絞め上げてくると必死にガード、逃れようとする龍太。(俺は高校一年の女の子に力負けして組み伏せられているのか? このままじゃまずい。油断していた)
しかし、シルムに寝技はなく紅華は袈裟固め以上の攻撃に移れない。グラウンドでの攻防は得意ではないらしい。
紅華が素早く立ち上がった。
龍太も追撃に警戒しながら立ち上がろうとしたその時だった。
紅華がテコンドー仕込の踵落としのように脚を高々と上げた。がっしりした下半身の割に身体もかなり柔らかい。
そのまま紅華は龍太を踏みつけた。
そして蹴り上げた。
それは龍太の頭部、顔面のみならず身体のあらゆる部位に襲ってきた。
必死に身体を丸め防ごうとする龍太だが何も出来ない...。
グギッ!
肋骨にひびが入った感覚がした。
見上げるとレフェリーが両手を大きく振っている。
そのまま龍太はセコンドに就いている
継父となった今井トレーナーに支えられコーナーに連れて行かれた。
勝ち名乗りを上げる柳紅華を呆然として龍太は眺めている。
今井も何も声をかけられない。
(実況)
「これは大変なことになりました!まだ高校一年の韓国少女柳紅華が、男子にレフェリーストップによるTKOで勝利しました。それにしても堂島龍太。そのデビュー戦で、父源太郎と同じように父子共々女子選手に敗れるとは何という残酷な運命なのでしょう。無念なことでしょう!」
俺は負けたのか?
二学年も下の女の子に何もさせてもらえず一方的に負けてしまった。
もう、俺はだめだ...。
肋を抑えコーナーに座り込みながら龍太はショックで悔しさもない。
目の先では紅華がセコンドに就いていたNOZOMIの胸に飛び込んで喜びを爆発させている。
茫然自失で心ここにあらず状態の龍太の元へ、NOZOMIがツカツカと歩み寄ってくると歩みを止めた。そして龍太と目が合うとしばらく見つめ合った。
龍太とNOZOMIが直接向かい合うのはあの時以来である。
(雌蛇の罠、その19、20参照)
(このNOZOMIさんの目は軽蔑の眼差しだな。でも、もうどうだっていい。
俺は弱いんだから...)
「龍太君久しぶりね。負けたけどデビュー戦おめでとう。アナタ、お父さんと同じでやさしいのね? 今日の試合観て堂島源太郎さんを思い出したわ」
「・・・・・・」
龍太は侮辱されたと思った。
でも、もう関係ない...。
「アナタ、格闘技をやめようと考えているでしょ? それは自分で決めることだけど断言してもいいわ。必ずアナタはこの敗戦から立ち直る! 年下の女の子に負けたからって決して恥ずかしいことじゃないのよ。むしろ私は、今夜のトーナメントに優勝して慢心する龍太君より、一回戦で女の子に負けてドン底を味わう龍太君の方が怖い。先々NLFSにとって手強い存在になると思っているのよ。期待してるわ...」
そう言って、NOZOMIは龍太の元から離れた。龍太は(何を慰め言ってやがるんだ?)と思うのだった。
柳紅華はその後のトーナメントを棄権した。龍太戦で足首を痛めたというのが理由だったが、本当のところは一回戦に全集中させ、あまり無理をさせたくないというNOZOMIの意向だった。
これで、異性格闘技戦は通算で女子勢の26勝8敗になった。
男子どうした!
そんな声に男の威信をかけて、最軽量級トーナメント決勝が行われた。
大本命、王島守に挑むのは桜木明日香である。前王者がケガを理由に電撃引退したのは王島を恐れていたからという噂があり、王島はトーナメントに臨むまでの9戦、全て打撃によるKOで相手を祀ってきた。このトーナメントも一回戦、準決勝と相手を秒殺。レスリングをベースに打撃で相手を倒す。
スモール・モンスターとの異名。
(実況)
「いよいよこのトーナメントも決勝を迎えました。男子のトーナメントに女子である桜木明日香が参加し、決勝まで勝ち進んできました。この試合に勝てば男子の階級で女子がベルトを巻くという前例のない歴史的快挙になります。でも相手はスモールモンスターこと王島守だ。ゴングが鳴った!」
さすがの王島も女子相手にやりにくそうだ。それに、その女子特有のリズム感、間合いに戸惑う。
低い姿勢独特の間合いから、明日香が王島の足元に飛び込んだ。得意の高速タックルが炸裂か?
次の瞬間倒れたのは明日香だった。
タックルが決まる寸前に王島の膝が明日香の頭部にヒット。
そのままマウントパンチになるとタオルが投げ入れられた。
王島が男子の威信を守ったのだ。
桜木明日香はあの膝のことは知っていたので警戒していた。それでも殺られたのだから仕方ないと納得した。
この勇気が次に繋がるだろう。
明日香は打倒王島守を目指す。
いよいよメインが行われる。
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総合ルールで行われるこの異色対決。
いったい、どうなる?
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