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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』その(34)艶やかな着物姿。

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花道から静かにゆっくり村椿和樹はリングに向かっている。一匹狼となりチームのない村椿の背後から歩いて来るのはダン嶋原だ。
夏の大会でNOZOMIへの挑戦権をかけて戦った両者だが、どちらが勝ってもNOZOMI戦では敗れた方がセコンドを務めるという約束がなされていた。

村椿和樹とダン嶋原。

二人は同じキックボクシングの舞台で競い合ってきたライバルであるが、それ以上の友情も芽生えてきたようだ。
それは、共通の敵?(標的)を持ったことも大きかったのかもしれない。

NOZOMIを倒す!そんな共通の目的と悲願があったからだ。

村椿が総合ルールでNOZOMIと戦うと聞いた時、嶋原は自分の耳を疑った。

「村椿さん!アナタは俺に勝って挑戦権を得た。村椿さんの悲願は俺の悲願でもあるんです。そんな俺の思いも背負ってリングへ上がるんですよ。なのに、なんで負けると分かっているルールで戦おうとするんですか?」

「嶋原、お前にだから言うけど...」

その後に聞いた村椿の話は意外なものであった。嶋原は黙って聞いているしかなかった。

「分かりました。俺はもう何も言いません。完全燃焼して下さい!」


リングインする村椿と嶋原。
村椿は思い詰めたような目でNOZOMIが入場してくる花道を見ている。

リングアナ

「NOZOMI選手の入場です!」


場内が薄暗くなる。

そして、落ち着いた琴の音、和楽が流れてきた。スポットライトに照らされたシルエットに観客がざわついた。

こ、この衣装は!

(実況)

「な、なんだ? こ、これは着物のようだぞ。おおっと、着物だ!NOZOMIがなんと、、花魁道中の如く着物姿で入場してきたぞぉ~!」


ウオオオオオ!

場内が異様にどよめいた。
これから殺伐とした戦場であるリングへ向かおうとするファイターが着物姿で入場してきたのだ。真紅の生地に浮世絵の柄である。髪は後ろで束ねてありどう見ても和風美人である。
それを見ていた村椿の目が一瞬光ったようだが、あとは冷めたような視線を
送っているだけ。

お付きの美女二人がロープを上げるとNOZOMIは悠然とリングインした。

リングインしたNOZOMIと村椿和樹が向かい合った。艶やかな着物姿の美女と、既にガウンを脱ぎキック用トランクス姿で戦闘態勢にある男が睨み合っている光景に場内がざわつく。
その対比はあまりにも異様である。

“本当にこの二人が戦うのか?”


NOZOMIのお付き美女二人が、シュルシュルっと着物の帯を解き、束ねてある後ろ髪もほどくと、その髪は肩口までストレートに伸びている。
そして、さっと着物を脱衣させると蛇革の(スポーツ)ビキニ姿になった。


(実況)

「これは、、着物の中のNOZOMIは蛇革蛇模様のビキニだ! あの堂島源太郎戦の時と同じです。今日はNOZOMIが堂島源太郎と戦った日から丁度5年。その思いもあるのでしょうか?」


村椿と一緒にNOZOMIの着物姿の入場から、蛇革ビキニの戦闘スタイルに変身するまでの一連の演出を見ていたダン嶋原は、敵?ながらその美しさに圧倒された。髪もいつもより長くストレートに肩まで伸びている。

(NOZOMIは益々その美しさに磨きがかかってきたな? 幻想的だ...)

嶋原はそんなNOZOMIの美しさに銀河鉄道999のメーテルを連想した。

しかし、村椿和樹は微動だにしない。
一瞬NOZOMIの姿に目が光ったようだったがその後は落ち着いている。
嶋原はそんな村椿の決死の覚悟を知っている。(村椿さん、悔いの残らないよう燃え尽きて下さい...)


そして、ゴングは鳴った。


いつもはゴングが鳴ると同時に前へ前へと猛然と出てくる村椿だが、今日は距離を取り慎重だ。
やはり総合ルールなのでNOZOMIの組技を警戒しているのだろうか?
そこへNOZOMIの長いリーチからジャブが伸びてくる。ビシッとローキックも村椿の下半身を襲う。

慎重だった村椿が、マイク・タイソンばりのダッキングからNOZOMIの懐に入ってくると、そのボディに狙いを定めパンチを放ってきた。
長身のNOZOMIは上からのクリンチでそれを防ごうとするのだが、それでも構わず村椿は下からアッパーを突き上げるとNOZOMIの顎にヒットした。

たまらずNOZOMIはダウン。

(実況)

「おお! 1ラウンド1分42秒、村椿の接近戦からのアッパーがNOZOMIの顎を捉えました。NOZOMIはダウン。しかし、クリンチ状態からのパンチで決定打にはなりません。NOZOMIがゆっくり立ち上がります。それにしても村椿はNOZOMIの組技を警戒している様子がありません。逆にガンガン前に出てNOZOMIの懐に入っていきます」


NOZOMIは村椿に異様で不気味なものを感じていた。

前回の対戦ではNOZOMIの入場シーンから落ち着きがなかった。それは、こんなセクシー衣装姿の女と戦わなければならない戸惑い、、様々な雑念、邪念があったのが表情から窺えた。
女に負けてしまったら大変なことになる。絶対に負けられないというプレッシャーもあったのだろう。あの時は内面の緊張感を隠すかのように闘志を全面に出しギラギラしていた。

今日はNOZOMIが着物姿で入場してきても、空疎な視線を送ってくるだけで驚いている様子が全くない。

底なし沼のような暗い目?
妙に落ち着いている。

落ち着いている? 
何かを覚悟している目なの?
達観?まるで何か悟ったような静かな目がNOZOMIには怖くてならない。

否、そんな単純なものではない。
NOZOMIは村椿の諦念にも似た暗い目の奥に、炎のように熱いものが燃え滾っているのを感じた。

こんな目をした相手と戦うのは初めてだ。アナタは何を考えているの?


試合は総合ルールで行われているというのに、なぜか打撃戦になった。それも、お互い蹴りはあまり出さず時折足を止めて拳で殴り合う。まるで大昔の拳闘のような試合だ。
打撃での攻防では村椿に一日之長がある。再三、NOZOMIをロープ際、コーナーに追い込むがその度に巧みなクリンチで逃げられる。

なぜか、クリンチになってもNOZOMIは村椿の身体をホールディングして組技に移行しようとしない。

NOZOMIにも女の意地があった。

「総合ルールで戦いましょう。男には負けると分かっていても挑まなければならない意地があります」

村椿和樹はそう言った。

何が “男の意地” だ!

男には男の意地があるように、女にも女の意地があるのよ。そんな男の意地なんて粉々にしてあげるわ。

NOZOMIは「男(女)とは○○○であるべきだ!」という保守的な考え方が大嫌いだ。そんなジェンダーギャップ、女性差別につながりかねない考え方と戦うためにNOZOMIはリングに上がっていると言っても過言ではない。

(村椿さんがその気なら、私だって組技は防御だけで攻撃には使わない。それは女の意地なのだから)


1ラウンドも3分が過ぎた。
キックボクサーである村椿にとって、これからの2分間は未知の世界だ。
それでもペース配分なんか無視するように村椿はガンガンNOZOMIを攻め立てる。33才になる村椿は息が上がってきてはいるがそれでも前に出る。
攻め込まれるとNOZOMIはクリンチで逃げ、逆に長いリーチからジャブ、パンチで逆襲する。

村椿は自分をつかまえるチャンスがありながら、NOZOMIが組技に持って行こうとしないことに気付いていた。

村椿は自分の方からNOZOMIの首をつかまえると首投げから袈裟固めに持っていく。(さあ!オレを絞め落とせ!)
なんと村椿の方から組み付き寝技に持っていったのである。

蛇のように柔軟なNOZOMIはそれをニュルニュルと抜け出すと立ち上がり拳を構えた。寝技に付き合わずあくまでスタンドで勝負するつもりなのだ。

村椿和樹はニヤっと笑うと、両手を広げ “殴ってきなさい!” のポーズ。
そこへNOZOMIのストレートが伸びてくるとヒットした。村椿は後方に飛びロープにもたれると膝がガクンと落ち膝を付いた。ダウンである。

カウント8で立ち上がるとそこで1ラウンド終了のゴングが鳴らされた。
村椿ににとって5分間は長かった。

第2ラウンドはお互いの意地がぶつかり合う壮絶で異様な戦いになる。

両者、既に顔に血が滲んでいる。

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