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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』その(23) 村椿和樹 vs シルヴィア滝田

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いつもは真紅の道着で戦うシルヴィアだったが、今夜の村椿との一戦、スポーツブラとブルマでリングイン。
上下ともNLFSカラーの真紅である。

シルヴィアは前回の敗戦での教訓を胸にこの日を迎えた。翔龍道戦は相手を見下した戦い方であったと思う。そんな驕り高ぶりが一瞬の油断に繋がり逆転KO負けになったのだ。
前2戦は相手が元力士であり、自分より圧倒的に大きかった。今回の相手は自分より一回り小さい村椿和樹であるが、一度引退宣言したとはいえ実際は現役でありダン嶋原と並ぶキック界のレジェンドだった男だ。

村椿和樹は空手少女だったシルヴィアにとって憧れの存在でもあった。そんな村椿と戦えることは光栄だ。

シルヴィアはリング上から村椿和樹の入場を待ち構えた。


(リングアナ)

「村椿和樹選手の入場です!」

どちらかと言えば自己主張が強く入場パフォーマンスも派手であった村椿が静かに入ってきた。キックボクシング団体『F』を辞め、今ではフリーの立場でチームもなく一匹狼。
しかし、その背後にはダン嶋原の姿が見える。嶋原はセコンドにつくのだ。

リングで向かい合った両者。
いつもは挑発気味に相手を睨みつける村椿がシルヴィアの目を見ない。
逆にシルヴィアが睨みつけている。

(実況)

「シルヴィア滝田、いつもは道着で隠されていましたが、今日のリング衣装から覗く肌は浅黒く精悍だ。女子とは思えない鍛えられた肉体、腹筋もバリバリに割れている。それに更に成長しています。身長で3cm、体重も6kg以上の差があります。こうして両者が並ぶと一回りシルヴィア選手の方が大きいぞ!  対する村椿選手はいつもと雰囲気が違います。冷静です。この無表情さは何を意味しているのか?」

ゴングが鳴る前に村椿は嶋原とヒソヒソ話をしている。そして、シルヴィアに目を向けるとニヤッと笑った。

シルヴィアは気合を込めて「押忍!」と叫ぶとぴょんぴょん飛び跳ねた。


ゴングが鳴った。


壮絶であっけない試合になった。


いつもはガンガン前に出るブルファイターである村椿がじっくり構える。
そこへシルヴィアがゴングと同時に凄い勢いで突進してくる。
ガードを固める村椿に向かってジャブからパンチを繰り出し、それを上下左右に使い分け前傾姿勢になった村椿の顔面に上から強引に拳を振り下ろす。さすがの村椿もコーナーに追い詰められた。シルヴィアのフックが村椿の左顎を掠りそれを避けようとガードが上がったところを、シルヴィアのレバーブローがまともに決まった。
シルヴィアの見事な先制攻撃だ。

村椿はたまらずボディを抑えて膝をついた。ダウンである。

ボディ攻撃は地獄の苦しみだ。

NOZOMI戦での悪夢が蘇ったかのような光景の再現に観客は息を呑む。もう終わりなのだろうか?

(実況)

「どうしたことか! 開始早々24秒だ。シルヴィアのレバーブローにたまらず村椿ダウン。やはりNOZOMI戦で受けた心の傷は癒えていないのか?全く精彩がありません。それにしてもシルヴィアは大きい。それにパワーもありリーチ差も歴然です。村椿がモンスターならシルヴィアはモンスターガールだ。強い! 村椿はこのまま秒殺されてしまうのか?  頑張れ村椿和樹!」

空手少女であるシルヴィアが今日は何とボクシングスタイル。
彼女の父は元ボクシングライトヘビー級世界ランカーであり、彼女はその教えを日々受けてきたのだ。

「ワン・ツー・スリー...」

ダウンを奪われながら村椿は正直シルヴィアの強さに驚いていた。
黒人の血が流れているこの少女は恐るべき身体能力だ。パンチのスピードもパワーも想像を遥かに超えている。それにアテ感も鋭い。

(出方を見る余裕はないな...)

村椿はカウント9で立ち上がると不敵で暗い笑みを浮かべた。


立ち上がった村椿に向かって、シルヴィアの猛攻が再び始まった。

シルヴィアは切なかった。
かつて憧れの存在であった村椿和樹をこうして自分が倒してしまうのだ。
あまりにも手応えがない。

(それとも、NOZOMIさんとのトレーニングで私が強くなっているのかしら?
否、そんな気持ちで戦ってはダメ!どんなに優勢でも確実に相手を仕留めなくては、翔龍道さんとの試合でそれは学んだはず。相手を見下してはダメ)

それでも、かつてのレジェンドキックボクサー、怪物村椿和樹を自分の手で引導を渡すのは心が痛む。

そんな気持ちを振り払い、シルヴィアは鬼に、否、鬼女になった。
シルヴィアのローキックが村椿の下半身を襲い、再び父譲りのボクシングスタイルから村椿を追い詰める。

コーナーに追い込むと、村椿の顔面に狙いを定め決着の右ストレートを一閃させようと全身に力を込めた。
(これでお終いよ。村椿さん...)

しかし、シルヴィアのストレートが伸びるより少し前に、村椿のボディブローが彼女の内蔵を抉った。
ボデイを打たれ苦しそうにするシルヴィアだが、少し浅かったのか?ダウンまでは至らず踏み止まった。

ビシッ!

村椿のローキックがシルヴィアの下腿部を襲った。
シルヴィアも対抗して下段蹴りを出そうとするが、それより早く村椿がシルヴィアの懐に踏み込んできた。

ビシッ!

本気の男子キックボクサー、それも村椿のような伝説級のキックを受けたのは初めてであった。
自分より一回り小さいといっても、やはり男子のキックは重く強い。

シルヴィアと村椿の目が合った。
村椿はニヒルな笑みを浮かべると、渾身のローキックがシルヴィアの膝をぶち抜く鈍い音がした。

シルヴィアが苦痛の表情で倒れた。
それと同時にタオルが投げ込まれた。


(実況)

「おお~! シルヴィア選手のセコンドからタオルが投げ込まれました。1ラウンド2分36秒、村椿和樹選手の逆転TKO勝ちです。攻勢に出ていたシルヴィアでしたが、一瞬の隙をついた村椿のボディブロー。それで流れが変わりました。これがモンスターだ。来年のNOZOMI戦に向けて絶対負けられない一戦でした。それにしても、敗れたシルヴィアも強かった!」


(まだ私は戦えるのに...)

タオルを投げられ、シルヴィアは不満そうにセコンドに目を向けた。
セコンドについていたタイから招いたムエタイトレーナー、ミスター・バッキーが首を横に振った。
シルヴィアは立ち上がると膝に激痛が走った。これでは戦えない、、、。
バッキーの目は確かだったのだ。

悔しそうに唇を噛み締めているシルヴィアの元に、村椿がやってくると彼にしては珍しくハグをしてきた。

「君は恐ろしく強い女子空手家だね。否、総合格闘技のトレーニングも積んでいるのかな?  総合ルールで俺は君と戦うのはごめんだが、機会があればまたキックで戦おう。ありがとう...」

ガッチリと握手を交わす両者。
場内から惜しみない拍手が送られた。


それを控室のモニターでジッと観ていたNOZOMIは思った。

シルヴィアは決して油断したわけでも一瞬の隙を突かれたわけでもない。
村椿和樹の落ち着きキャリアが、そして底力が彼女を上回っていたのだ。

(私だって、今度キックルールで村椿さんや嶋原さんと試合すれば勝てる自信はない。分が悪いと思っている)

あのルールでNOZOMIが彼らに勝てたのは、彼らに女に負けたら恥ずかしいというプレッシャー、それに女を殴ることに躊躇、罪悪感も無意識にあったのは確かだ。もう、あの二人にそんな雑念はないだろう。
それにしても、雑念を捨てた村椿からダウンを奪ったシルヴィアも強い。
このままいけば、彼女はどこまで強くなっていくのだろうか?

(シルヴィアは負けながらも強くなっていくタイプなんだわ...。それに、彼女は総合のトレーニングも積んでいる)


試合を終え勝利インタビューを受けていた村椿和樹が観客に向けて言った。

「今日、勝つことは出来ましたが、自分はシルヴィア選手に一度ダウンを奪われました。NOZOMI選手と戦うにはまだまだです。そこで、セコンドについてくれた嶋原君と、来年の夏の大会でNOZOMI選手への挑戦権をかけて戦いたいと思います。勝った方が年末に彼女とリベンジマッチです」

場内が大きく湧いた。

それを聞いてNOZOMIは苦笑した。


さて、NLFSの男子格闘家との三番勝負は、これまで鎌田桃子が、シルヴィア滝田が敗れ男子側の連勝だ。

そして大将戦が始まる。

渡瀬耕作 vs NOZOMI

渡瀬はつい3~4年前までは全格闘技全階級を通じて総合ルールならば、日本最強の男であったのだ。

前日本最強の男vs日本最強の女。

どんな試合になるのだろうか?

渡瀬耕作が、NOZOMIが、、大一番を前に全神経を集中させている。

まずはNOZOMIがリングに向かう。


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