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その12 本気

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静江は昨夜のことを思い出していた。
夕食時、陽介がミニスカートを穿いて薄化粧にロングヘアーのウイッグ。女の姿で降りてきたものだから、夫である栄治の驚きようといったら...。

(ああ、、陽介、開き直ったのね?)

驚きで絶句している両親を前に、陽介はいきなり言い放った。

「僕はトランスジェンダー(性同一性障害)なんです。だから、女装することを認めて下さい...」

夫はそのまま黙ってしまった。
夫は怒り出し陽介を殴るのではないかと思ったが、その表情は困惑動揺しているようにも見えた。
黙って陽介の話しを聞いていた夫は最後に意外なことを言うと部屋を出た。

「分かった。もういい、、陽介、そういう格好は家の中だけにしなさい。世間ではまだまだ偏見の目がある。こういうことを言うのは違うかもしれないが近所の目もあるからな...」

夫は保守的で頑固な面もあるけど、勉強家でLGBTに関する知識もあるのだろう。それを否定することは差別につながり何よりも本人を傷つける。
栄治も静江も、幼い頃からの様子で陽介にその傾向があると疑っていた。
静江も渋々夫に同意した。

しかし、問題はもっと深刻だ。

女に化身した陽介と、実の兄である孝介が深夜に淫らな行為をしていた。
ふたりとも否定していたが、明らかに秘密を共有するかのように目で合図しながらの言い訳だった。それに、状況からあれは性行為のあとそのもの。
ふたりの母である静江の目はいくら言い訳してもごまかせない。

(陽介の女装はともかく、孝介としていたことは、いくら何でも夫には話せない。知られたら大変なことになる)



あの日から一ヶ月が過ぎた。

家の中での女装を許された陽介だったが、最初は自分の部屋から出られなかったものの、最近では平気でキッチンやリビングにその格好のまま入ってくるようになった。
ミニスカート姿で足を組んで座っていると目のやり場に困る。父は見てみぬフリをしているし、それは孝介も同じだった。益々陽介の女装は大胆になりエスカレートする一方。
夜中にセクシーな下着姿で降りてくるとトイレの前で父とバッタリということもあった。孝介はそんな陽介の危うさをヒヤヒヤする思いで見ていた。

「陽介! 女装は許したけど、そんな短いスカート穿いて、派手な下着を身に着けて風俗嬢にでもなるつもり?」

呆れた母に注意も受けていた。


孝介も陽介も、あの夢のような初体験の夜を忘れることが出来ない。
でも、母に行為のあとを目撃されたのだからもう家の中では無理だ。
ふたりは母に「そんな関係じゃない」と否定したが信じていないことは分かっていた。

「お兄ちゃん、ドライブ行こうよ」

家の中ではやれないので、孝介と陽介は度々外で会うと車を人目のない所に止め、お互い愛撫し合うのだ。
孝介は何度も陽介の手の中、口の中に射精した。してもらうばかりでなく陽介のスカートの中に手を侵入させ扱いてやることもあったが、さすがに口に含むのは抵抗がある。

「こんなことばかりじゃなくて、ちゃんとしたセックスしたいね?」

「ああ、、今度ラブホでも行くか?」

「う、嬉しい!」

孝介、陽介は畜生道まっしぐらだ。


そんな小林家はあれ以来ぎごちない関係になってきたように感じる。
男姿の陽介はともかく、女装のまま食卓に入ってくると父も孝介も照れくさいのか?話しかけづらい。母も困惑の表情で黙っていることが多い。
女装するにも、父や母の前ではせめて
スカートやワンピースはやめてほしいと孝介は思うものの、陽介のそれはエスカレートするばかりだ。

兄は家の中では女装した弟に母の目もあり素っ気ない態度をするがたまには親しげに話すこともある。

「なんかお前たち、、兄弟というより兄妹、 否、恋人同士みたいだね?」

母は相変わらず疑っているのだ。

それでも兄と弟は外で逢瀬を重ねた。
お互いの空いた時間をメールで確認すると別々に出掛け別々に帰った。
ふたりの間にはもう同性、兄弟という壁はない。ラブホでお互いにその身体を求め快楽に耽った。

この頃、弟は兄に様々な体位を求めるようになると、変態的、アブノーマルなことを要求することも...。
行為は今では弟が兄を常にリードするようになり、そのテクニックの上達に兄はついていけない程だ。

(陽介、否、陽子は完全に“魔性の女”と化したな。どんどんオレは陽子の虜になってゆく。もう彼女?なしではいられない。逃れられない、、)


そんなある日のこと。
孝介と陽介は母に呼ばれた。

「お前たち、この頃よく同じ時間に出かけてることが多くないかい? まさかとは思うけど、外で逢って変なことしてるんじゃないだろうね?怪しいよ」

「お母さん、そんなことないよ...」

陽介が必死に否定する。

「陽介、本当に最近のお前は派手になってきたよ。それより、お前たちがいくら言い訳しても、あの夜、ふたりでしていたことはお母さんには分かるのよ。あれは一度だけの過ちであればいいけれど、いいかい!本気にだけはならないでよ。ふたりは血の繋がった兄弟なのよ。私とお父さんを悲しませるようなことにならないでよ」

母の『本気』という言葉が、孝介には心にズシン!と響いた。


孝介にも気になることがあった。
母の言うとおり陽介の女性化はどんどんエスカレートし、最近では派手過ぎるのではないか? ああいう刺激的な格好は自分とふたりきりの時だけにしてほしい。高校時代までは、引きこもりかと心配するほど内気で大人しかった陽介が、まるで別人かと思うほど積極的になってきたのだ。

それはいい。

最近、女装で孝介以外の人に会っている形跡があったので尋ねた。

「うん、たまに二丁目(新宿)に遊びに行くこともあるよ。でも、それは同じ趣味同士の交流、遊びだから心配しないでいいよ。セックスする相手はお兄ちゃんだけ。妬いてるの?」

本当だろうか?

弟には自分だけを見ていてほしい。今の彼は糸の切れたタコのようにどこか遠くへ行ってしまいそうで心配だ。

弟との関係は、単なる快楽ではなかったのか? 他に男がいたのなら...。

孝介に嫉妬の感情が芽生えた。

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