上 下
5 / 21
高橋 かなえ

5 あたしの中の黒い声

しおりを挟む
 鍵を差そうと玄関とびらに手をのばすと、内側から勢いよく開いてママが部屋から飛び出してきた。

「かなえ。どしたの、早いじゃん」

 ダッフルコートの上から保護者カードをかけている。幼稚園に弟をむかえに行くのだ。

「っていうか手ぶら? 冷蔵庫開けといたのに」
「材料は由美ちゃんが持って帰った。どうせあっちの家で作るからって。ところでママ、前髪上げたまま行くの?」

 指摘されたママはあとずさり、玄関横の鏡でハデな色のヘアクリップが差してあるのを確認する。

「ぎゃー、危なかったわ。さっきまでミシンしてたからじゃまで……」

 クリップを外すと素直に前髪がおりてくる。あたしとちがってママと弟はストレートヘアだ。
 くせがない髪っていいな。うらやましい。

「そういうわけでリビング散らかってるから、おやつはテレビの部屋で食べて。ドーナツをカウンターに置いてある」
「わかった。いってらっしゃい」

 ママは、あたしの声に応えるように顔の前で子ども乗せ自転車の鍵を振って出て行った。

 もうすぐ園のおゆうぎ会か。あたしが杏たちとともに通った園には、今は弟が行っている。
 ここでは毎年、クラスごとにおとぎ話の劇をやるのだ。当時はそれが普通だと思っていたから何とも感じていなかったけど、うちの園のおゆうぎ会はものすごく豪華らしい。
 小学校で新しくできた友達にふりふりドレスを着たあたし達の写真を見せて「ママが作ったドレスだ」と言うとひどく羨ましがられたものだ。

 うちの園では衣装を母親が子どもの体型に合わせて型紙を取って一から作る。
 不器用を自覚しているママはこの時期型紙を手に半泣き状態だったらしい。
 たった一度しか着る機会のない衣装だけれど、わが子のステージがかかっているとなれば手をぬくわけにはいかない。寝る間も惜しんで必死だったわよ、とママは言った。

 テーブルの上のまち針のささった王子様の着るようなキラキラ衣装に目を落とす。
 写真館に貸し衣装として置いても問題ないくらいきれいに仕立てられている。


 十年前、あたしもママの作ったドレスを着てステージに上がった。
 でき上がるまでうんざりするほど試着させられたのをうっすら覚えてる。
 あのころは他の子も同じようにしてもらっているし、やってもらって当然だと思っていた。
 ありがたいとなんて思わなかった。
 むしろ、ちょっとでも形がちがうと半泣きになってもんくをつけていたっけ。

「お姫様なんていまだけよ。いつかはかなえも作ってあげる側になるんだからね」

 あまりに偉そうだったからだろう、お遊戯会を見にきてくれたおばあちゃんにそう釘を刺されたのを覚えてる。
 ママは「おかあさん、晴れ舞台なのにそんなこと言うのやめてよ」って怒ってくれたけれど。

 最近になって、もしもママになったらあたしも将来同じようにすることを当たり前に求められるのかと想像し、とんでもないなって感じるようになった。できっこない。
 でもやっぱりステージに上がる子どものことを考えたら、やるしかないって思うんだろうな。どの親もやってるんだしって。

 バレンタインと同じだ。みんなそうだしって思って差し出す。差し出すことを求められる。
 愛してたら、どんな苦労もなんとも思わないでできちゃうものなのかな。
 ママは嫌じゃないのかな。試されているみたいって思わないのかな。

「変なこと思い出しちゃった」

 暗い気持ちになりたくなくて、わざと口に出して頬をたたいた。
 ドーナツを皿にのせテレビの前のローテーブルに運ぶ。
 小さなお姫様になって、頬に手を当ておとめなポーズを決めているおゆうぎ会の写真は、今もテレビの上にかざられている。

 あのころは良かったな。かわいい? なんて何度も確認しながらポーズをとって、なんの抵抗もなかった。
 親におだてられるがまま、あたしはかわいいって信じてた。
 あたしはわが家のお姫様だったのだ。なのに、今はそう思えない。

 ふと、由美子のタンポポの花をさかさにしたようなあざやかな色のシフォンスカートが頭に浮かんだ。
 凛花がまとっていた上品なもも色のマドラスチェックのロングスカート。
 それから杏のハードなデニムのタイトスカートと、ロングブーツ。
 花のような女の子たちをいろどるために生まれた、かわいい衣装。

 見下ろすあたしの服は、ダボダボのパーカーにみっともないくらいひざの布地がうすくなったブラックデニムのジーンズ。ひどいコーディネートだ。
 女の子なのにって親にも言われる。
 あんなにかわいいものが好きだったのに、どうしてそんな作業着みたいな服ばっかりえらぶようになったのかしらって。
 ダメだ、そんなこと考えちゃいけない。

——もしかして、自分のことかわいいって思ってる? ——

 頭の中でひびく声に首をふった。からかうようなふくみ笑いが浮かんで、それだけで心が凍る。
 あたしはもう二度とおしゃれなんかしない。かわいくなろうだなんて望まない。

——かんちがいしないほうがいいよ。イタイから——

 かつて向けられた心ない言葉がグルグル回り、頭をかかえる。
 わかってる、わかってる、わかってるから、もうやめて。
 いつまでも引きずってバカみたいだって思うのに、いや思うほど、声はどんどん大きくなった。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

風景屋~最期に貴方は心に何を思い浮かべますか?~

土偶の友
青春
 誰とも関わろうとしないし、何にも執着しようとしない女子高生の日下部 悠里(くさかべ ゆうり)。彼女はある時母に呼び出されて家に帰ると病院に行くという。詳しく聞くと昔よく遊んでもらった祖父が倒れたらしい。して病院へ行き、その祖父が寝言で呟いた言葉。悠里はそれを叶えてあげたいと思い行動する。それ行動が自身の価値観を揺るがし始め奇怪な運命を紡ぎ出す。  エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

HAPPY CROWBAR

冨山乙女♪
青春
椎名純、17歳。 流れる雲の様にただ、日々を過ごしていた怠惰な少年は、ある日写真部部長に「半年間のうちに、フォトコンテストで3回入賞しろ」と無理難題を突きつけられる。

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

ほら、誰もシナリオ通りに動かないから

蔵崎とら
恋愛
乙女ゲームの世界にモブとして転生したのでゲームの登場人物を観察していたらいつの間にか巻き込まれていた。 ただヒロインも悪役も攻略対象キャラクターさえも、皆シナリオを無視するから全てが斜め上へと向かっていってる気がするようなしないような……。 ※ちょっぴり百合要素があります※ 他サイトからの転載です。

きんのさじ 上巻

かつたけい
青春
時は西暦2023年。 佐治ケ江優(さじがえゆう)は、ベルメッカ札幌に所属し、現役日本代表の女子フットサル選手である。 FWリーグで優勝を果たした彼女は、マイクを突き付けられ頭を真っ白にしながらも過去を回想する。 内気で、陰湿ないじめを受け続け、人間を信じられなかった彼女が、 木村梨乃、 山野裕子、 遠山美奈子、 素晴らしい仲間たちと出会い、心のつぼみを開かせ、強くなっていく。 これは、そんな物語である。

気まぐれの遼 二年A組

hakusuya
青春
他人とかかわることに煩わしさを感じる遼は、ボッチの学園生活を選んだ。趣味は読書と人間観察。しかし学園屈指の美貌をもつ遼を周囲は放っておかない。中には双子の妹に取り入るきっかけにしようとする輩もいて、遼はシスコンムーブを発動させる。これは気まぐれを起こしたときだけ他人とかかわるボッチ美少年の日常を描いた物語。完結するかは未定。

傍観者ーBystanderー 二年B組

hakusuya
青春
傍観者は存在感を消し去り、人知れず視線を登場人物に送り続ける。決して介入することはない。 彼が客観視をやめ、ひとたび舞台にあがるとき、物語はあやうい方向へ動き出す。それは果たして創作者の意図なのか、はたまた演出家の綾なのか。それとも、彼自身の意志なのか。

眩魏(くらぎ)!一楽章

たらしゅー放送局
青春
大阪城を観光していた眩魏(くらぎ)は、クラシックギターの路頭ライブをするホームレスの演奏を聞き、感動する。 そして、学校の部活にクラシックギター部があることを知り入部するも、、、 ドキドキワクワクちょっぴり青春!アンサンブル系学園ドラマ!

処理中です...