4 / 21
高橋 かなえ
4 どうしていつもこうなっちゃうの?
しおりを挟む
それぞれよろしくとラインにスタンプを送り合うと、凛花がしみじみと言った。
「由美子もようやく告白する気になったか。大葉南朋を追ってわざわざバスケットクラブに入ったり、けなげだったもんね」
「ちょっと待って。なんで告白するなんて話になんのよ」
だまって首をかしげる由美子の代わりに、あたしが反応する。言われっぱなしで押されるのなんか見てられない。
「ラッピング見てるってことは、そういうことでしょ」
凛花がしれっと決めつける。
「違う。たまたま可愛いのが目に入ったから」
「かなえは百瀬くんよね! お似合いだったなぁ。イケメン女子のかなえと、かわいい系男子のももちゃん」
凛花のいきおいにのって杏まで決めつけトークを始める。
「似合ってなんかない。勝手にくっつけないで」
いくら言ってもニヤニヤするばかりで二人は聞く耳を持たない。
そうだ。あたしは昔からこれにうんざりしてきたんだ。
しょっちゅう変わる杏の推しの話とか、凛花の演じるちっとも似てない王子の立ち振る舞いとか、二人の恋バナならいくらでも聞いてやるのに、どうして嫌がるあたしたちに話をふるかな。
杏がうれしそうにたずねる。
「二人は中学入っても、変わらずキャンキャンやってんの?」
「やってません。だいたい、なんで百瀬が出てくんのよ」
「そらぁ、出るでしょ」
「あのねえ。あたしはっ……」
興奮してつい声が大きくなった。由美子がくちびるに指を当てる。
「かなえちゃん。しーっ」
買い物客が大騒ぎするあたしたちを振り返って見ていることに気づく。周囲の視線が痛い。
フォローするつもりか、凛花があたしをひじでつく。
「もームキになって。かなえったらおとめなんだからぁ」
いや、あおっているんだ。反応しちゃいけないってわかってるのにあたしの口は止まらない。
「あんたたちが変なこと言うからじゃん。ももちゃんなんてありえない。ばっかじゃないの」
「ばっかじゃないの、だって。それ、ももちゃんが王子に向かってしょっちゅう言ってた」
「ほーら。くちぐせが移るなんて意識してる証拠じゃん」
杏が同意すると凛花がオニの首を取ったように得意げになる。あたしの言うことなんかぜんぜん聞いてない。
思い返せば王子も百瀬に対し、凛花や杏とよく似た絡み方をしていた。
顔を真っ赤にした百瀬に「ばっかじゃないの」と捨て台詞を吐かれても、きょとんとした顔をして「怒らせちゃった」と舌を出している。何一つ懲りないのだ。
王子も、凛花も、杏も、どうして相手の気持ちを無視するんだろう。
友達だと思ってくれているなら、ちゃんと聞いて欲しい。
ほんとにイヤなのに。好きな人なんかいないって言ってるのに。
ふと頭に百瀬の姿が浮かんで、くちびるを噛む。
百瀬薫。通称ももちゃん。
由美子の好きな大葉南朋のくっつき虫。名前も見かけも女みたいなやつ。
ワイングラスのあしの付け根みたいなカーブの細い首や、なめらかな桜色の頬をもつ、とてもきれいな男の子。
たくましさなんてかけらもないうすい胸を張って、誰に対しても物おじせずにズケズケものを言う、きゃしゃなくせに気の強い子。
あたしは自分が大柄なことも、素直に気持ちを表現するのが苦手なことも、コンプレックスに感じていたから、百瀬のそんなところがうらやましくて、それから腹が立った。
本人にとっちゃ美点でもなんでもない、むしろ私と同じコンプレックスの種なんだろうけれど、それでも憎らしいことに変わりはない。
心の成長に見合わないグラマラスな身体なんていらない。百瀬みたいな無駄のない綺麗な身体が欲しい。
百瀬が近くにいるとあたしはあたしじゃなくなってしまう。
彼のことが話にのぼると、それだけでペースがくずれるんだ。
凛花が下から顔をのぞきこむ。
「お。かなえ、顔赤くない?」
「はぁっ? もういい。チョコ作りなんかやんない。三人で勝手にやれば」
あたしはみんなに背を向けた。
「あっ、かなえちゃん。待って」
「好きじゃないって言ってんのに、しつこいんだよ」
「かなえ!」
凛花の声を無視して走り去る。
意に反して赤くなった顔を見られたくなかった。泣きそうなのもイヤだった。
からかわれたくらいで、泣くなんて。でも、泣きたくないと思えば思うほど、のどがきゅっとつまった。
あたしはだれも好きじゃない。
百瀬なんか特に。絶対に好きになんかならない。
***
「ごめんね、かなえちゃん」
ショッピングモールの出入口で呼吸をととのえていると、由美子にパーカーのそでを引かれた。さがしにきてくれたんだ。近くに杏と凛花の姿はない。
「寒いでしょ。いっしょに、帰ろ。ね?」
「杏と凛花は?」
「このあと塾だって。二人とも心配してたよ」
顔を合わせずにすむことにホッとする。
「あたし、百瀬なんか大っ嫌いだよ。あんな、大葉南朋のひっつき虫。由美ちゃんが大葉を好きだから、いつもべったりなあいつともしょうがなく話してたんじゃん。なのに、勝手にくっつけられて、ホントめいわく」
「うん。ごめんね」
八つ当たりしたのに謝られて、もうしわけなくなる。由美子はなにも悪くないのに。
「でも、百瀬くん、ぜんぜん悪い子じゃないと思うけど」
「そういう問題じゃない。ムリやりくっつけられるのがイヤなのっ」
「あ、うん。そうだよね」
あたしの気持ちなんて関係なく、無責任に。
腹を立てながら自分も由美子に同じようなこと言ったじゃないかとも思う。
昔から二人とも学校でも平気であんなふうにやるから、百瀬だってきっとめいわくしてた。
恥ずかしくて、惨めで、悔しい。
隣の壁に背中をつけて由美子がつぶやく。
「やっぱり二人だけで作ろうか。トリュフ」
せっかく再会したんだ。みんないっしょにやりたいと思ってるはず。こんなことくらいで意地を張るなんておとなげない。二人のことを許してあげるべきだ。
そう思うのに由美子の提案にうなずくことも、首をふることもできなかった。
「心配かけて、ごめんね。バレンタインはあたしぬきでやってよ。みんなとちがってあたしにはあげたい人もいないし、作らなきゃいけないわけでもないから」
「ううん。かなえちゃんとやりたいの。凛花ちゃんたちにはそれとなく言ってみる」
由美子の提案に罪悪感を持った。せっかく復活しようとしていた仲があたしのせいでこわれるんだって。
だけどすんなり自分のいうとおりになっても、きっともやもやしてた。
「いいよ。ほんとは、別にやりたくなかったし」
「かなえちゃん……」
由美子がそっとあたしの肩に頭を寄せる。
どうしてこんな言い方しかできないんだろう。由美子の顔が見られない。
あたしはどうすればよかったのかな。
「由美子もようやく告白する気になったか。大葉南朋を追ってわざわざバスケットクラブに入ったり、けなげだったもんね」
「ちょっと待って。なんで告白するなんて話になんのよ」
だまって首をかしげる由美子の代わりに、あたしが反応する。言われっぱなしで押されるのなんか見てられない。
「ラッピング見てるってことは、そういうことでしょ」
凛花がしれっと決めつける。
「違う。たまたま可愛いのが目に入ったから」
「かなえは百瀬くんよね! お似合いだったなぁ。イケメン女子のかなえと、かわいい系男子のももちゃん」
凛花のいきおいにのって杏まで決めつけトークを始める。
「似合ってなんかない。勝手にくっつけないで」
いくら言ってもニヤニヤするばかりで二人は聞く耳を持たない。
そうだ。あたしは昔からこれにうんざりしてきたんだ。
しょっちゅう変わる杏の推しの話とか、凛花の演じるちっとも似てない王子の立ち振る舞いとか、二人の恋バナならいくらでも聞いてやるのに、どうして嫌がるあたしたちに話をふるかな。
杏がうれしそうにたずねる。
「二人は中学入っても、変わらずキャンキャンやってんの?」
「やってません。だいたい、なんで百瀬が出てくんのよ」
「そらぁ、出るでしょ」
「あのねえ。あたしはっ……」
興奮してつい声が大きくなった。由美子がくちびるに指を当てる。
「かなえちゃん。しーっ」
買い物客が大騒ぎするあたしたちを振り返って見ていることに気づく。周囲の視線が痛い。
フォローするつもりか、凛花があたしをひじでつく。
「もームキになって。かなえったらおとめなんだからぁ」
いや、あおっているんだ。反応しちゃいけないってわかってるのにあたしの口は止まらない。
「あんたたちが変なこと言うからじゃん。ももちゃんなんてありえない。ばっかじゃないの」
「ばっかじゃないの、だって。それ、ももちゃんが王子に向かってしょっちゅう言ってた」
「ほーら。くちぐせが移るなんて意識してる証拠じゃん」
杏が同意すると凛花がオニの首を取ったように得意げになる。あたしの言うことなんかぜんぜん聞いてない。
思い返せば王子も百瀬に対し、凛花や杏とよく似た絡み方をしていた。
顔を真っ赤にした百瀬に「ばっかじゃないの」と捨て台詞を吐かれても、きょとんとした顔をして「怒らせちゃった」と舌を出している。何一つ懲りないのだ。
王子も、凛花も、杏も、どうして相手の気持ちを無視するんだろう。
友達だと思ってくれているなら、ちゃんと聞いて欲しい。
ほんとにイヤなのに。好きな人なんかいないって言ってるのに。
ふと頭に百瀬の姿が浮かんで、くちびるを噛む。
百瀬薫。通称ももちゃん。
由美子の好きな大葉南朋のくっつき虫。名前も見かけも女みたいなやつ。
ワイングラスのあしの付け根みたいなカーブの細い首や、なめらかな桜色の頬をもつ、とてもきれいな男の子。
たくましさなんてかけらもないうすい胸を張って、誰に対しても物おじせずにズケズケものを言う、きゃしゃなくせに気の強い子。
あたしは自分が大柄なことも、素直に気持ちを表現するのが苦手なことも、コンプレックスに感じていたから、百瀬のそんなところがうらやましくて、それから腹が立った。
本人にとっちゃ美点でもなんでもない、むしろ私と同じコンプレックスの種なんだろうけれど、それでも憎らしいことに変わりはない。
心の成長に見合わないグラマラスな身体なんていらない。百瀬みたいな無駄のない綺麗な身体が欲しい。
百瀬が近くにいるとあたしはあたしじゃなくなってしまう。
彼のことが話にのぼると、それだけでペースがくずれるんだ。
凛花が下から顔をのぞきこむ。
「お。かなえ、顔赤くない?」
「はぁっ? もういい。チョコ作りなんかやんない。三人で勝手にやれば」
あたしはみんなに背を向けた。
「あっ、かなえちゃん。待って」
「好きじゃないって言ってんのに、しつこいんだよ」
「かなえ!」
凛花の声を無視して走り去る。
意に反して赤くなった顔を見られたくなかった。泣きそうなのもイヤだった。
からかわれたくらいで、泣くなんて。でも、泣きたくないと思えば思うほど、のどがきゅっとつまった。
あたしはだれも好きじゃない。
百瀬なんか特に。絶対に好きになんかならない。
***
「ごめんね、かなえちゃん」
ショッピングモールの出入口で呼吸をととのえていると、由美子にパーカーのそでを引かれた。さがしにきてくれたんだ。近くに杏と凛花の姿はない。
「寒いでしょ。いっしょに、帰ろ。ね?」
「杏と凛花は?」
「このあと塾だって。二人とも心配してたよ」
顔を合わせずにすむことにホッとする。
「あたし、百瀬なんか大っ嫌いだよ。あんな、大葉南朋のひっつき虫。由美ちゃんが大葉を好きだから、いつもべったりなあいつともしょうがなく話してたんじゃん。なのに、勝手にくっつけられて、ホントめいわく」
「うん。ごめんね」
八つ当たりしたのに謝られて、もうしわけなくなる。由美子はなにも悪くないのに。
「でも、百瀬くん、ぜんぜん悪い子じゃないと思うけど」
「そういう問題じゃない。ムリやりくっつけられるのがイヤなのっ」
「あ、うん。そうだよね」
あたしの気持ちなんて関係なく、無責任に。
腹を立てながら自分も由美子に同じようなこと言ったじゃないかとも思う。
昔から二人とも学校でも平気であんなふうにやるから、百瀬だってきっとめいわくしてた。
恥ずかしくて、惨めで、悔しい。
隣の壁に背中をつけて由美子がつぶやく。
「やっぱり二人だけで作ろうか。トリュフ」
せっかく再会したんだ。みんないっしょにやりたいと思ってるはず。こんなことくらいで意地を張るなんておとなげない。二人のことを許してあげるべきだ。
そう思うのに由美子の提案にうなずくことも、首をふることもできなかった。
「心配かけて、ごめんね。バレンタインはあたしぬきでやってよ。みんなとちがってあたしにはあげたい人もいないし、作らなきゃいけないわけでもないから」
「ううん。かなえちゃんとやりたいの。凛花ちゃんたちにはそれとなく言ってみる」
由美子の提案に罪悪感を持った。せっかく復活しようとしていた仲があたしのせいでこわれるんだって。
だけどすんなり自分のいうとおりになっても、きっともやもやしてた。
「いいよ。ほんとは、別にやりたくなかったし」
「かなえちゃん……」
由美子がそっとあたしの肩に頭を寄せる。
どうしてこんな言い方しかできないんだろう。由美子の顔が見られない。
あたしはどうすればよかったのかな。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
HAPPY CROWBAR
冨山乙女♪
青春
椎名純、17歳。
流れる雲の様にただ、日々を過ごしていた怠惰な少年は、ある日写真部部長に「半年間のうちに、フォトコンテストで3回入賞しろ」と無理難題を突きつけられる。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
神様記録
ハコニワ
青春
有名な占い家系の娘、玲奈(れな)は18歳で跡取りになる。その前に…あたし、占いとかそんな力ないんだけど!?
跡取りにはなりたくない一心で小さい祠に願いをぶちまけた。その結果、なんと祠から神様が!
その日を堺にあたしの日常は神様という合間見れない日常になってしまった。そこで、占い師として力をみにつけるか、又は願いの通り跡取りから逃げるか、神様と触れ合い玲奈がどのような人間になるのか…
友情と神と恋愛と織りなすファンタジーな青春物。
―ミオンを求めて―最後の世界×蓮の花姫の続編、繋がる作品です。作品を見てなくても楽しめる作品だと思います。
ほら、誰もシナリオ通りに動かないから
蔵崎とら
恋愛
乙女ゲームの世界にモブとして転生したのでゲームの登場人物を観察していたらいつの間にか巻き込まれていた。
ただヒロインも悪役も攻略対象キャラクターさえも、皆シナリオを無視するから全てが斜め上へと向かっていってる気がするようなしないような……。
※ちょっぴり百合要素があります※
他サイトからの転載です。
きんのさじ 上巻
かつたけい
青春
時は西暦2023年。
佐治ケ江優(さじがえゆう)は、ベルメッカ札幌に所属し、現役日本代表の女子フットサル選手である。
FWリーグで優勝を果たした彼女は、マイクを突き付けられ頭を真っ白にしながらも過去を回想する。
内気で、陰湿ないじめを受け続け、人間を信じられなかった彼女が、
木村梨乃、
山野裕子、
遠山美奈子、
素晴らしい仲間たちと出会い、心のつぼみを開かせ、強くなっていく。
これは、そんな物語である。
気まぐれの遼 二年A組
hakusuya
青春
他人とかかわることに煩わしさを感じる遼は、ボッチの学園生活を選んだ。趣味は読書と人間観察。しかし学園屈指の美貌をもつ遼を周囲は放っておかない。中には双子の妹に取り入るきっかけにしようとする輩もいて、遼はシスコンムーブを発動させる。これは気まぐれを起こしたときだけ他人とかかわるボッチ美少年の日常を描いた物語。完結するかは未定。
空を見ない君に、嘘つきな僕はレンズを向ける
六畳のえる
青春
高校2年の吉水一晴は、中学ではクラスの中心にいたものの、全校生徒の前での発表で大失敗したことでトップグループから外れてしまう。惨めな思いをした彼女は、反動で目立たないように下を向いて生活するようになっていた。
そんな中、クラスメイトで映画制作部の谷川凌悟が、映画に出てくれないかと誘ってきた。でも撮る作品は、一度失敗してクラスの輪から外れたヒロインが、前を向いてまたクラスの輪に戻っていくという、一晴と似ている境遇のストーリーで……
傍観者ーBystanderー 二年B組
hakusuya
青春
傍観者は存在感を消し去り、人知れず視線を登場人物に送り続ける。決して介入することはない。
彼が客観視をやめ、ひとたび舞台にあがるとき、物語はあやうい方向へ動き出す。それは果たして創作者の意図なのか、はたまた演出家の綾なのか。それとも、彼自身の意志なのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる