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高橋 かなえ

1 バレンタインなんか

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 バレンタイン。バレンタイン。バレンタイン。

 一月のカレンダーをめくると、クラスの話題はバレンタイン一色になる。
 だれにあげる? どんなの作る? どうやって渡そう?
 女子トイレでは、特に話に花が咲いた。
 今日もクラスの一軍女子たちが髪をいじりながら鏡の前を占拠して、きゃあきゃあ大さわぎしている。

「手。洗いたいんだけど」

 ため息をつき背後から主張すると、鏡の前の彼女たちは大げさに両手をあげてスペースをあけた。

「ごめーん」
「もー、あんたが前髪気にしすぎるからぁ」
「だって、変なとこに分け目ができちゃったんだもん」

 一軍女子は一応よけてはくれたものの立ち去りはしなかった。このまま鏡の前に居座るつもりのようだ。手洗い待ちの列ができつつあるのだが、もりあがりすぎてまわりが見えていないらしい。

「あんた、早く洗いなよ」

 声をかけると、あたしの前に待っていたおさげの女子はふるえあがった。私にも、彼女たちにも、私の後ろで手洗いを待つ子たちにまで頭を下げる。

「す、すみません」

 なんでそんなにおどおどするかな。困っていたようだから助けたつもりだったんだけど。なんかあたし、悪いことをしたみたい。

「だまってないで、じゃまならじゃまって言えばいいのよ」

 通じてないようだからとあえて声を張り、聞こえよがしに言ってやる。あたしの言葉に女子トイレがシンと静まり返った。
 おさげはあごが胸につくほどうつむいて、手に水滴をつけたまま逃げるようにして出ていく。
 まちがったこと言ってないよね? なんなの。どいつもこいつもムカつく。 
 洗面台に置かれたワックスのチューブをチラ見して、ゆっくりと手を洗い、冷えてこわばる手をハンカチで拭きながらトイレを後にする。

「……何あれ。感じわる」
「こっちもいけなかったかもだけどさぁ……」

 彼女たちの不満の声が外まで漏れ聞こえてきた。
 わかってる。待ってたおさげも、一軍のあの子たちだって別に大して悪くない。あんなとげとげしい言い方して、良くなかった。
 あたしが不機嫌だったんだ。バレンタインムードにうんざりしてて、浮かれているのを見るのもイヤだったから、ついきつい口調になってしまった。
 みんな、ノリ気になれないあたしの問題。あたしにとってバレンタインは憂鬱でしかないから。

 なければいいのに、バレンタインなんか。

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