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高橋 かなえ

12 ゴリラとお姫様

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 あの時起きたことをみんな話してしまうと、なあんだ、と言う感じがした。
 なあんだ。あたしはなにも変わってなかったんだ。

 あれからずっと、自分がうんと醜く汚いものになったような気がしていた。
 みんなにもそれがいつかわかってしまうんだって思って、ずっと怖かった。

 だけど違った。
 
 三人の目にうつる、怒りや、いたわりが、あたしがほんとうに大事にされてきたことを教えてくれる。
 ママやパパが過保護なまでに心配し、大切にあつかってくれた、あたしのままだったんだってことを。
 あのことが起きる以前と、ほんとはなにも変わってなかった。
 あたしはゴリラなんかじゃない。ちゃあんとずっとお姫様だったんだ。

 
「なあんだ。結局、ももちゃんがかなえの王子様だったって話か」
「ごちそうさま~♪」

 話を聞き終えた凜花が半ばあきれ気味に言うと、杏がニヤニヤ笑ってあたしをこづいた。

「あーもう、王子様とかそういうんじゃなくて」

 否定しながら、でも以前みたいなペースを崩されるような嫌な感じが湧いてこないことに気づいた。
 杏や凛花の態度が変わったわけでもないのに。

「でも、百瀬くんって勇気あるね。自分だってなにされるかわかんないのに」

 由美子が深く感心する。本当にそうだ。あたしにはとてもできそうにない。

「実際、百瀬もからまれてたし。助けてくれたのはレトリバーなんだけどね」
「またまたぁ。素直じゃないな。かなえがももちゃんを好きになった理由、これではっきりしたわ」
「好きじゃないってば。なんでそうなるのよ。からかうのやめてって言ってんじゃん」

 あたしの指摘に凛花の目が点になり、ああ、これもいじりか……とつぶやく。

「なんかしゃべるの怖くなるな。あれもこれもダメなのかって考え出したら、な~んもしゃべれない。こんなの、ただのノリだよ?」
「冗談って言われても面白くないって、凛花だって言ってたじゃん」
「そうだけどさー」

 あたしの指摘に凛花はため息をついた。

 「ただのノリだよ」と言う言葉から、ふと凛花のパパの姿が浮かんだ。
 運動会で会ったときのことだ。同じ白組だったから、四年生の時だろうか。
 徒競走で凛花がはじめて一着をとった。
 うれしくてたまらなかったんだろう。ちょうど待機席近くに現れたパパに、とびはねながらそのことを報告しに行ったんだ。
 でもパパは、開口一番に凛花の帽子が飛んで髪が乱れたことをからかった。
 「まるでメデューサが呪いながら追いかけてきたみたいで、気持ち悪かったぞ~」って。
 
 あたしは瞬間、凛花が泣くんじゃないかと身構えた。
 けれど無言で笑っていた。
 隣で聞いていた凛花のママもにこにこしているだけで、だれもなにもとがめなかった。

 周囲にいたメデューサを知らない男子に聞かれて、凛花のパパは画像を検索して見せた。
 髪の毛がヘビになってるかいぶつの姿に「メデューサ、やべ」とはやしだすと、パパはまるで良いセンスだとほめられたかのように得意げな顔をして「こいつはギリシャ神話の怪物で、姿を見たものを石にするんだ。きっとみんなこのメデューサの呪いで失速したんだぜ」と笑いをとった。
 せっかくの凛花のがんばりを笑いのネタにしてしまったんだ。

 あんまりひどいとおもったからあたしは凛花に慰めの言葉をかけた。
 するとこう返ってきたんだ。
 「あんなの、ただのノリじゃん」って。


「ただのノリでも冗談でも、イヤなものはイヤ。あたし、凛花のことは好きだけど、イヤなことをがまんしながら付き合いたくはないよ」

 口にしてはじめて気がついた。
 あの日百瀬に言われた「言われっぱなしでいるな」という言葉は、ゴリラのお前ならやっつけられるだろうなんて意味じゃない。
 やつらの言葉なんか聞くな。ちゃんと自分を守ってやれってことだったんだ。
 あたしは大事に育てられたお姫様なんだから。
 相手の言葉を真に受けて、すっかり自分がゴリラであるかのような気持ちになっていたあたしには、素直に受け取れなかったけれど。

 運動会の日のあたしも凛花に怒って欲しかった。自分のために泣いて欲しかった。
 百瀬も、きっと同じ気持ちだったんだ。

 だから言わなきゃいけない。こんなことを言ったら嫌われるかもしれないと思うことでも。勇気を出して自分を守らなきゃいけない。

「だから、ほんとにやめて」

 凛花は口をとがらせ、しぶしぶと言った様子で約束した。

「わかった、なるべく気をつけてみる」
 
 ふてくされた凛花の横顔を見て思う。
 凛花は、ちゃんと自分のことをお姫様だって思えているんだろうか。
 あたしを大事なお姫様だと思わせてくれたのはママやパパだ。
 その肝心のパパが凛花をメデューサだと言い、ママがちっともかばってくれなかったら、凛花はどうやって自分をお姫様だと信じればいいんだろう、と。
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