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第1章

104話 招かれざる客 Ⅰ

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いくつかの貴族家の当主と関係者が会いたいと押しかけてきた。伯爵ほどになれば通常は使者に事前に確認を取らせてから行くものだが、どうもこの世界の貴族は人と会うための必要な手順を飛ばしている節があるな。

ベルン伯爵様も跡取りのアルベルトさんも「嫌な客が押しかけてきた」という表情をしている。彼らは招かれざる客なのだろう。もうすでに部屋の前まで来ているそうなので出て行けない。

「伯爵様、本来であれば退席するのが礼儀なのですが」

「そうなのだが、奴らの要求はユウキ殿と関係が無いとは言い切れん」

済まぬが家臣の一人として振舞って欲しいと。アルベルトさんも同じ意見だ。仕方なく佇まいを直して脇に控える。

「ベルン伯爵様、お久方ぶりでございます」

先頭の男が部屋には入ってくる。身なりは豪華だが華美過ぎる、たかだか男爵程度でその身なりと装飾品の数々はどう考えてもおかしい。よほど資金があるのか?だが、礼儀作法や言動には荒が多すぎる。あまり人望や信頼があるとは言えそうにない人物だ。

そもそも、男爵ごときが伯爵とまるで対等のような振る舞いは貴族社会において最悪だ。ベルン伯爵様は温厚だから許しているかもしれないが出るところに出れば即座に首が飛ぶかもしれない。

地方貴族でありがちな中央を無視した独自政権ゆえの傲慢、彼らはそれを当然と思っている。

僕もいくつかの大貴族と知り合いだが、僕が礼儀作法を遵守すればそれに対して適切なもてなし方をしてくれた。窮地を助け信頼を勝ち取り大切な品々を僕に譲ってもくれた。

だが、こいつらには傲慢が出すぎていてまともに付きあう価値はない。自己中心的で身勝手、しかも無能ときている。

世襲貴族の全てがこうだとは思わないがこいつらは反面教師でしかなかった。

「おお、アルベルト殿も一緒か?ならば、話が早い」

その気さくさが礼儀作法どころか上位者に対する敬意というもの完全に踏み潰していた。お前ら何様だ?伯爵とその跡取りに対してその付き合い方はどうなの?そう言いたい。事前に連絡無しで来たことといいこの礼儀作法といい即座に抹殺されてもおかしくない。

僕と親しい関係にある大貴族がこんな光景を見れば激怒して、

『お前らは上位者に対してその態度と行動はあり得ない!無礼すぎる!縛り首だ!』

声を荒げて家臣に命令するだろう。それぐらいに最悪である。

国から指示を受け取り領地を維持したり生活をしたりする程度の相手ではそうした人付き合いを学ぶ機会が無いのかも知れないがこいつらの横暴は度し難い。親の顔を一度見てみたいぐらいだ。

ベルン伯爵様もアルベルトさんも顔から表情が消えている。たぶん、怒りで一杯なのだろう。この様子では一度や二度ではなさそうだ。何もかも最悪な世襲貴族、そんな連中でも付き合わないといけないことを考えるとある意味平民という立場が羨ましくなるかもしれない。

なにしろ、難しい言葉も作法も無く気軽に話せるのだから。納税さえすればどこにでも行ける。

それに対して貴族は多くの領民の命と財産を背負わされている。まるでピラミッドを逆にして背負うかのように。こういう手合いは「贅沢をして当然」などと本気で信じている。下の領民からすれば一見立派かもしれないが彼らが敵に回れば身包み剥ぎ取られて路頭に迷う。それどころか無能な統治者ということで公開処刑されかねない。

こいつらにはそんな恐怖など知らないのだろうな。

「おお、実はな。儲かる話を考え出したのだよ!我ら貴族の叡智でな」

それでさらに二人との間の空気が冷える。それにすら気が付かない馬鹿。たしかに、儲かる話は貴族の間で分けることもあるが大半は失敗に終わる。根本的に計画性が無い思いつきで利益の循環という鉄則を無視しているからだ。

それに、ジーグルト伯爵家は僕が教えた灰吹き方を使って貴金属の大規模生産に舵を切ることになったからだ。人手も技術者も足りないので冒険者ギルドに応援を要請している、それの見込みが十分あると確認は取れているのでもてるものは全て使って行わなければならない。

そんな大事な時に「同じ貴族だから分け前を与えましょう」という誘いになど誰も乗らない。沈んでいく船に乗りたがる客がいないのと同じだ。だれだって窮地には逃げるだろ?それと同じだ。

そんな程度の話で約束無しに来た連中が憎くて仕方が無い二人だった。

「どのような話、なのかな?」

ベルン伯爵様は一応話は聞くようだ。無視して追い返してもまたやってくるだけ、今回でこの話は終わりにするようだ。

「さすが伯爵、先見の明がありますな!」

煽てる周囲だが前半はともかく後半はまるで「口車に乗った」道化が馬鹿にしているかのようだ。こいつらをどうにかして始末したい気持ちが如実に現れているが相手はそれにすら気が付かない。あくまで話を聞くといっただけで投資するとは明言していない。

「(ある意味、幸せなのかもね)」

自分らがどのように転落していくのか知らずに遊び呆ける愚か者、その最後は哀れだがこれはこれで面白い部分がある。伯爵様からすると彼らが破滅したとしても一銭も貸さないだろうな、そんなのを出すぐらいなら他に投資する候補はいくらでもあるわけなのだから。

そうして、彼らのご大層な説明は一時間を越えて続く。

「(もういい加減にして欲しいところなんだけど)」

奴らはまだ説明を続けていた。こんな長時間取らせるぐらいなら事前に予約しておくのが礼儀だろう。伯爵ほどになると書類仕事は相当な数をこなさなければならないはずだ。こんな長時間も取られたら仕事に不具合が出てしまう。

伯爵様らはメイドにお茶を入れさせて聞いている。内容の大半は右から左へと流れている。そのぐらい無意味な内容なのだ。

「(気張った社員が会議で大法螺を吹いて大失敗する構図だね)」

僕はこいつらの内容をある程度チェックしていた。特に見るべきところは無い、内容はコピー商売だ。ある場所で成功した商売をそのままなぞるだけ。このぐらいなら多少かじれば誰にでも出来る。

一見すると成功しそうだが所詮はコピー、その分野で一番のシェアを有している人間には勝てないのだ。さらに言うと大儲けしたからそれを真似すればいいという安直な考えだけ。そこに起こる問題点への対策がまったくされていない。

彼らは条件を緩和して広く対応すれば成功すると考えているようだが広く入り口を作ると無駄に流れが出来る可能性がある。それに対応できずあれこれ手を出して失敗して閉店する。大体そんなもんだ。

なので、これはただの「無駄な他人の自慢の話」なのだ。

奴らの説明は二時間を少し越える頃にようやく終了した。

『我らが考えた叡智、ご理解いただけましたか!これはとっても有望な話ですよ』

さもすばらしく最高な方法であると絶賛する、そして投資を行うべきだと。ベルン伯爵様とアルベルトさんは僕を側近く呼んで、

「((ユウキ殿、この方法は成功する見込みがあるのだろうか?))」

小声で率直に回答を求めてきた。

僕は自分の経験と知識を動かして嘘偽りない回答をする。

「(彼らの考えた方法は”特定された地域とルールと情報”によって出された極めて限定的な方法です。どこで何をやるのかまでは分かりかねますが無駄金になる可能性が極めて高いです)」

これは他者が考案した商売を真似てやっているだけ。その分野でトップにいる人間には勝てないし真似している人間も多数存在する。その中で大きな利益を上げるのは難しい。大きな利益を独占したいのならば”誰もが参入していない新市場”を見つけ出すほうが良いと進言した。

彼らの説明は口頭だけであり計画書に作成されたものを用意してないのは大きな減点であることも指摘する。明確にやり方とそこに起きるトラブルの解決手段が書かれているならまだしもその場その場でツギハギして出したような説明では不信感しか出てこない。

さらに言うならば、彼らは「投資しろとは言うが回収できるとは明言していない」点である。ある程度回収の見込みがあること説明するのは計画段階で入れておかねばならない。しかし、彼らの説明にはどこにもそれは存在しなかった。

なので、計画だけか。されても回収できない赤字を抱えることになるだろうと。最悪金だけを取り逃げる可能性もある。僕は嘘偽り無く進言した。

元から好きではない相手にこんな無意味で無計画で将来性の無い投資話を聞かされた二人は、

「(こんな無駄な話を延々と聞かされてもううんざりだ。奴らとは手を切る)」

「(ユウキが言うことに間違いは一度たりとてありませんでした。奴らとは今後距離をおきましょう)」

二人は僕の進言に同意して門前で追い払うことを決定する。

僕が与えた灰吹き方や新鉱脈の開発だけでも領地は格段に潤うからだ。こんな無計画な投資に無駄な金を出す必要性は無いと判断して彼らを帰す。

「まったく、ユウキ殿とは良い別れ方をしたかったのだが。邪魔しおって」

せっかくの出会いと別れが台無しだと、愚痴をこぼす。

「無駄に長い話にウンザリしておろう、しばらくここに滞在していかれてはどうかな?山々しかないが自然は豊富だぞ」

「そう、ですね。せっかくいい空気に浸れそうなので」

しばらくゆっくりしてみるのいいか。リサさんとしては出来るだけ早く帰ってきて欲しいかもしれないけど。ここで断るのは失礼だと考え体を休めることにした。

「そうかそうか。アルベルト、ユウキ殿を客室に案内しなさい。美味い食事も用意しよう」

「わかりました、こちらへ」

しばらくのんびりしよう。
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